よろめく蛇のように手足を

verschlungen und verschmolzen /
試訳:くんずほぐれつ

手っ取り早く外国語を学ぶにはポルノを読むといい、と最初に言ったのは誰だろうか。けだし至言だ。ご家庭にヴィデオが普及したのもレンタルショップにアダルト・コーナーが常設されているからだしー(をひ

いやね……ヘフト通販のカタログをながめてると、やっぱりそーゆーコーナーにも目がいくわけで(笑)
洋の東西を問わずというか、「名作もの」が並んでたりして。『ガリベラ』とか『ピノッキア』とか。なぜに女性形。これが男なら、ウソをつくとアソコがぐんぐんと(爆)
残念ながらまだ実物を拝んだことはないのだが。たぶん、スラングとかそっち系のボキャとかいっぱいで手も足も出ないと思うんだけどね。実際、はじめて『ミュトール』や『ジョン・シンクレア』を読んだときは、ファンタジー系やホラー系の用語がわからず四苦八苦したもの。そりゃポルノにも当然あるはず。局部描写とか(笑)
まあ、それはそれで新たな境地が拓けるかもしれない……って単に欲望に忠実なだけじゃん。

ちなみに、用例は『ソラー・ステーション』冒頭、宇宙ステーションのリネン室で新たな境地の開拓にいそしむ主人公レナードとヒロイン美子さんの一幕から。「地上400キロを周回しながらこの美しいけものと絡みあい融けあうのだ。」という文章だが、下世話に訳そうとすると、こんなんかなー、と。

■原典:アンドレアス・エシュバッハ『ソラー・ステーション』

恥ずかしいオタマジャクシの話

Kaulquappe /
オタマジャクシ、【ペ】60m級搭載艇
Korvette /
コルヴェット艦、【ぺ】60m級搭載艇

初期ローダン世界で幅をきかせた60m級搭載艇のコードネームと、ギャラクシス級登場時にリニューアルされた搭載艇の名称。略すと、どちらも”K”になるわけで。

で、何が恥ずかしいかというと、わたし、つい先週まで、Kaulquappe = Korvette だとばかり(汗)
シボレーの某有名車も、「あの形状、オタマジャクシっつーよりプラナリアだよなあ」と(爆)
元王子様の著名な曲も、そーゆーものだと曲解して納得していたとゆー(をひ

「コルヴェットって、フリゲート艦より小型の快速艇のことなんねー」と、マガンとの電話で話したら、おっそろしく冷たい沈黙が返ってきた。
……もの知らずって怖い。ちゃんと辞書ひこうっと。

訃報:クラウス・フリューアウフ

旧東ドイツ出身のSF作家、クラウス・フリューアウフ(Klaus Frühauf)が、11/11(金)、脳腫瘍のため亡くなったとのこと。享年72歳。

1933年10月12日、現ザクセン=アンハルト州の商業都市ハレに生まれる。設計技師の教育を受け、1972年からロストック在住。1974年から余暇に小説を書き、1980年からフリーの作家。東ドイツ・統一ドイツ時代を通じて、20編の長・短篇の作品を遺した。ただし、代表作として挙げられるのは、『アンドロメダのミュータント』『さいはてに住む野人たち』『最後の真実』等、主として東ドイツ時代のもの。Amazonで調べてみても、現在入手できる作品の大半は、どうやら自費出版とおぼしい。あるいはすでに過去の人……であったのかもしれない。
遺作は病床で書きあげた『世界を跳びこえるもの』(Weltenspringer)で、第二次大戦後の少年時代を題材とした非SFらしい。

訃報記事には「かれの愛した庭園ではなく、ロストックのホスピスで息をひきとった。」と書かれているが、その庭園の写真は、フリューアウフ自身のサイトに掲載されている。

地方紙とはいえ記事になるくらいだから、ドイツではそれなりに知名度のある作家なのだろう。残念ながら邦訳はなし。d-infoの「わたしの知らない作家」でもまだ未紹介。わたし自身、作品を読んだことがない。Amazonもjpでは取扱いがない……残念な話である。

■Berliner Kurier紙の訃報: Klaus Frühauf ist tot (リンク切れ)
■Klaus Frühaufのサイト: nord-sf (リンク切れ)

rlmdi.新刊&イベント情報

性懲りもなく参加するコミケット。冬コミの日時・ブースだが、

●12/30 (金) 西館ま‐41a

で、新刊は既報のとおり、

●『労働者階級の手にあるインターネット』
/アンゲラ&カールハインツ・シュタインミューラー

きょう――例によって、すでに昨日だが――見本誌が手元に到着した。
A5判40頁(表紙除く)、腰巻き付きというむやみに豪勢な装丁で、お値段は200円ぽっきり。非営利というか、赤字確実なのはもやはなんと言ったらよいものやら。
購入ご希望のかたは、詳細については下記のサイトを参照いただきたい。

■ユンバルト.com (リンク切れ)

以下余談:エシュバッハの『髪織絨毯職人』はとりあえず翻訳終了。これが次回……ということは、十中八九ないと思うが。もしかしたら、校正ボランティアを募るかもしれないので、そのときは何卒よしなに。

サイナック脳の謀略 -5-

仲間たちは、かれの論拠をしりぞけようとして苦慮している。この場にいるものの多く――特に、ヤアンツァル滞在歴の長いもの――にとり、トゥールトを無慈悲な殺戮マシーン以外とみなすことは困難なのだ。だが、それはトゥールトの身を守り、任務の遂行を容易にするための作り話に惑わされているのだろう。とにかく、トゥールトといえど他の種族同様、理性もあれば感情もある存在と考えられる。相手はとうに今回の事例の特異性を認識しているはずだ。

原典:317巻『サイナック脳の謀略』 p63

317巻『サイナック脳の謀略』

ハヤカワ版・今月の新刊は、317巻『サイナック脳の謀略』である。著者は前半「サイナック脳の謀略」がクルト・マール、後半「ムクトン=ユルの叛乱」がエーヴェルス。訳者は天沼春樹氏。

故郷銀河の探索に行き詰まったローダン脳が、起死回生の一手として、自分を追跡するサイナック・ハンター、ユーロクのトリトレーアから情報を得るべく、逆に罠をはる前半。
一方の後半では、トリトレーアの行動に不審を抱いたヤアンツァルの元首チャトロが、もう一体のユーロク、ノクに肉体を与え、状況を明らかにしようと試みるが……というもの。

思うのだが、ローダンはアンドロ脳に支配された自分の肉体を、ゼロ時間ブリッジ経由で逆乗っ取りしておきながら、どーして一番肝心なことを言わないのだろうか。そら、独立要求をつきつけた惑星を殲滅しないことも大切かもしらんけど(笑)
ともあれ、脳オデッセイも折り返し地点。次巻、ナウパウムを震撼させる事件が起きる。

einとderの法則

Psytoh Reiji ist ein Terraner. /
西塔玲司は(初出の)テラナーである。
Perry Rhodan ist der Terraner. /
ペリー・ローダンは(既出の)テラナーである。

rlmdi.の間でのみ通用している経験則である。
ローダン公式サイトやArchivの各話内容紹介において、登場人物欄で、“ein ~” と紹介されているキャラクターは、その巻で初登場、ということ。若干の例外もあるにはあるが、おおよそはそう考えてまちがいない。

昔、マガンに開陳した時には、大爆笑されたもの。
当時のわたしのセリフは、「このキャラは、以前に登場してるはずなんだよ。だってderだもん」だったか……(笑)
とはいえ、未刊行の内容を妄想したり、現物が未入手で二次資料(本国ドイツの要約サイト等)をもとにストーリーを再構築する必要がある場合など、意外と実用的だったりする。
なお、上記例文は(c)マガン。「1000話のネタをやったなら、これも対でないとダメでしょ」とは、当人の弁。

それを取り去って……

take it away /
さあ、はじめよう

……昔(高校時代)使っていた英和辞典には、ちゃんと載っていた。いま手元にあるライトハウス(研究社)には掲載されてないなー。つまり、今回のこれ、証拠が何もないので、ほんとに戯言である。ここ重要(笑)

なんでそんなことをおぼえているかというと、当時洋楽派だった自分は歌詞カードを見ながら、対訳がないときは辞書を引いたりしていたわけだが……。
この場合、すばり、対訳が変だったのだ。冒頭いきなり、「それを取り去っておくれ。きみのプレイが聞きたいんだ。……」 え? って。辞書を引いたら、上記のような用例が載っていた。エクスクラメーション・マークつきで『さあ、はじめよう!』

プロモーション・ビデオを見ると、まさにバンドが演奏をする。
さあ、はじめて! きみの演奏が聞きたいんだ。街の明かりが消えるまで……』
その方が、よほどしっくりくる。なんか、この対訳、CD化されてもそのままなんだけど……誰もおなじこと思った人はいないんだろーか。

思えば、わたしゃそんな昔から似たよーなことを(以下略

■原典:ポール・マッカートニー「テイク・イット・アウェイ」

わしがテラナー、ペリー・ローダンであるっ

Psytoh Reiji ist ein Terraner. /
西塔玲司もまた、テラナーである。
Perry Rhodan ist der Terraner. /
ペリー・ローダンは、テラナーなのだ。

昨年末に少部数、つーか、見本合わせて20部つくらなかった、1000話『テラナー』。各章ごとに「グラフィティ」なる挿話があって、ローダン世界でない、現実のわれわれの世界の人々の生きようが描かれている。各グラフィティの結びが、上記「……もまた、テラナーである。」なわけ。
独語einは英語のaに相当する不定冠詞なので、直訳すると「西塔玲司は(ひとりの)テラナーである。」になる……のだが。

第二外語の授業で、「『わたしは日本人です』というときには、Ich bin Japaner.になります。Ich bin ein Japaner. とやると、『わたしだって日本人です』になるから注意してね~』と教えてくれた先生がおられた。いや、人生半分以上昔のことなんで、ご芳名は失念してしまった。なんとも申し訳ない。
とにかく、その伝でいくと、上記文章は「西塔玲司だってテラナーである。」なのだ。グラフィティに登場するわれわれの同時代人は、あるいは苦境にあえぎ、あるいはいわれない差別に苦しみ、あるいは意に染まぬ行動を強いられ、どれもローダンのような理想に邁進する人間にはほど遠い。けれど、かれらもまた、テラナーたりえるのだ……と、そういう文脈であると、わたしは理解した。

また、その流れからいって、ローダンをあらわす際に定冠詞derがつくのは、ある意味ローダンがテラナーの雛型であるからだろう。グラフィティの内容も、かれの抱く夢、理想が描写されている。直訳すれば「ペリー・ローダンはそのテラナーである。」となるが、「(前述の理念を抱く)そんなテラナー」あるいは「(前述の理念を抱くからこそ)テラナー」であるのだと思う。
「ペリー・ローダンこそテラナーである。」も考えたが、ちょっと語感が強すぎたので、上記例文のように決定した。

原典:ウィリアム・フォルツ『テラナー』

対等の存在はいずこ?

seinesgleichen sucht /
【形容句】比べるもののない、頭ひとつ抜きんでた

太陽系政庁、観光客向けロビーに出現したローダンの歓迎3D映像の描写のひとつ。当初、「ブルーグレイの瞳には、対等の存在をもとめる英知がきらめいている。」と訳したもの。なんだそりゃ。
どうやら、抜きんでた状態で、まわりを見まわしても同じ高みに到達した存在がいないことをあらわしているようだ。そらそーだ、政府首班がいきなり観光客相手にメンチきったりしませんて(笑)

結果的には「比類ない英知」に落ち着いた。めでたしめでたし。

原典:ウーヴェ・アントン「太陽系政庁破壊計画」