テル女:誤訳チェック (8)

800話、なんとか予告どおり、最後の誤訳チェックとなる。

気になったのはクレノホ編、Frage も Verdacht も Zwang もぜーんぶ「疑問」なのね……。疑問、懸念、強迫観念じゃろ。文脈的に。

ハヤカワ版:(p230)
なにも動かず、なにも変わらず、超光速飛行をつづける艦内の変化のなさは、まるで悪夢だった。

原文:
Nichts schien sich zu bewegen, nichts schien sich zu verändern, das Dahingleiten der Schiffe auf der Überlichtspur glich einem bösen Traum.

試訳:
何も動かず、何も変わらず、ただ艦が超光速シュプール上を滑りゆくのは悪夢に等しかった。

一応、単に直訳しただけ。名称だけのことだけどね。
6次元並行シュプールあたりも、「超光速航行」とかばっさりやってないことを祈りたい。

ハヤカワ版:(p231)
 旅が長びくほどに、ホプザールがコンプのそばにいる時間も長くなった。年老いて幻想をなくしたチョールクの、希望のない皮肉な休息だった。それを見ていて、副長が気づいた。はっきりとは指摘できないものの、艦長はどこか還付に似てきている、と。

原文:
Je länger die Reise dauerte, desto häufiger hielt Hopzaar sich in der Nähe des COMPs auf, und mit jenem hoffnunglosen Rest von Ironie, zu der ein alter, illusionsloser Choolk noch fähig war, bemerkte einer von Hopzaars Stellvertretern, daß der Kommandant auf eine nicht erklärbare Weise dem COMP immer ähnlicher wurde.

試訳:
 旅が長引くにつれ、ホプザアルはいっそう頻繁にコンプを訪れるようになった。そして、老いて幻想をなくしたチョールクスにまだ可能なかぎりの、皮肉の絶望的な残滓でもって副長のひとりが指摘したように、艦長はいわく言いがたい形でコンプと似通ってきていた。

接続詞 und の前後で、文脈は切れている。副長の指摘……「兄弟みたいだ」にかかる。また、ドイツ語の Rest は休息ではなく「残り、余り」。
直訳すると「~似てきていることを指摘した。/~似てきていることに気づいた。」である。

ハヤカワ版:(p232)
 そして、理由を考えるたび、生きているいうちにわかる日がくるのだろうかと思った。

原文:
Wie immer der Grund beschaffen sein mochte, Hopzaar war überzeugt davon, daß er lange genug am Leben bleiben konnte, um ihn zu erfahren.

試訳:
 いかなる理由であれ、ホプザアルは確信していた。自分の生きているうちに、知る機会は訪れる。

「それ(理由)を知るために充分なだけ長く生きられることを確信している。」が直訳。乗員が死に絶えたら、着陸もできんし、必ず寿命の範囲内と確信しつつ、執念で生きちゃる、といったところか。
むしろ、「それ(理由)を知るまで、死んでたまるものか!」が適訳かもしれない。

ハヤカワ版:(p233)
 ホプザールは副長とともに着陸場所をはなれ、背後の低い丘の上を飛びながら、この世界のようすにゆっくりと失望を感じはじめていた。

原文:
Für Hopzaar, der zusammen mit einem seiner Stellvertreter über die flachen Hügel hinter dem Landeplatz schwebte, war der Anblick dieser Welt eine unsagbare Enttäuschung, von der er sich nur langsam erholte.

試訳:
 副長のひとりといっしょに着陸地点後背のなだらかな丘の上にホバリングしたホプザアルにとって、この世界の光景は形容しがたいほどの失望そのものであり、気を取りなおすまでかなりの時間を要した。

「それ(失望)から、ただひたすらゆっくりと回復した。」が直訳。
んで、気を取りなおしたところで、「着地しよう」になるのだ。

ハヤカワ版:
「ここでなにをするんです?」副長がたずねた。

原文:
“Was sollen wir hier?” erkundigte sich Germaiter müde.

試訳:
「いったいここで、何をしろと?」ゲルマイテルが疲れた声でたずねる。

名前が出ているのは、ここともう1ヵ所だけだが、どちらも訳されなかったのはちょい哀れ(笑)
どこかしらで、「副長のひとりゲルマイテル」とフォルツが書いていてくれたら、ぜんぶ彼に押しつけてもいいくらいなのに >副長(のひとり)

ハヤカワ版:(p235)
ホプザールは胸のクリスタルをひっぱるような力を感じた。

原文:
Hopzaar spürte eine ziehende Kraft, die von ihm Besitz ergriff.

試訳:
ホプザアルは自分をわしづかみにする吸引力を感じた。

クリスタルをひっぱる、というより、クリスタル「が」ひっぱってるんじゃないかな。
von だれそれ(3格) Besitz ergreifen は「取り憑く、乗っ取る」とか、“支配する”系の熟語である。

ハヤカワ版:(p236)
報告はすべて、コンプがその一部である、超越知性体に送られた。

原文:
und er war in der Lage, einen umfassenden Bericht an die Superintelligenz zu geben, deren Bestandteil er war.

試訳:
そして、コンプがその一部である超知性体への包括的報告が可能となった。

報告は、1回。

ハヤカワ版:(p237)
 多様化した宇宙では、超越知性体といえども熟慮が必要だった。

原文:
In einem Universum der Polarisation gab es auch für eine Superintelligenz keine Möglichkeit, ohne Reflexionen auszukommen.

試訳:
 二極化する宇宙では、超知性体といえど反照なしではすまされない。

ここは、もともと誤訳とはいえない。
Polarisation は、主として経済学でいう貧富の二極分化(Bipolar)で、フォルツ宇宙では秩序と混沌の二極化ととらえたい。もっとも、フォルツのプロットの全容はまだ見えてこない時期であるし、超知は女帝やバルディオク以外にも……というあたり、政治的な多極化(multipolarization)である可能性も、わりとある。ただし、執筆年代の冷戦がらみでは東西の(Bi-)Polarisation が一般的。
Reflexion は、おそらく哲学でいう「反省」。言ってみれば、まあ「熟慮」なのだけど(笑) ここでは「反射」と近い意味合いで、なおかつ、次の段落とすり合わせて「反照」とした。

ハヤカワ版:
 ほんとうに宇宙全体を力の集合体におさめることができれば、すべては女帝の意のままになる。
 ここで超越知性体の思考の連鎖にも矛盾が生じた。
 不正な存在を認めるのは、テルムの女帝の“外”に、あるいは“上”に存在するものを想定するということだった。

原文:
Wenn es ihr tatsächlich gelingen sollte, ihre Mächtigkeitsballung irgendwann über das gesamte Universum auszudehnen, würde alles in ihrem Sinn nivelliert sein.
Selbst für die Superintelligenz entstand an dieser Stelle ihrer Gedankekette ein unlösbares Paradoxon.
Darauf zu stoßen und es zu akzeptieren, bedeutete gleichzeitig die Anerkennung von etwas, das “außerhalb” oder “über” der Kaiserin von Therm existierte.

試訳:
 もし、ほんとうに力の集合体を全宇宙にひろげることができたなら、すべては彼女の意図のもと一様となってしまう。
 超知性体にとってすら、思考連鎖のこの個所で、解き難いパラドックスが生じる。
 これに向き合い、受けいれることは同時に、テルムの女帝の“外”あるいは“上”に存在する何かを認めるということ。

意のままになる、というより、一様になる=「正しか存在しない」ことが問題。最後の文章で「不正な存在を~」とやっているから、そこはわかっているはずなのだが。
また、文意的に「受けいれる」のは「矛盾」。で、最終的に女帝は、正面切って「矛盾と向き合う」ことを避けたわけだ。

ハヤカワ版:(p240)
 近くのテーブルには数人の乗員がすわっているが、ローダンはほとんど目をむけなかった。

原文:
An den Tischen in der Nähe saßen Besatzungsmitglieder, die Rhodan zum Teil noch nicht einmal gesehen hatte.

試訳:
 近くのテーブルに数名の乗員が座っているが、一部にはローダンが見たことのない顔も混じっている。

《ソル》生まれの顔を、さすがのローダンも全員知っているわけではない、のだ。

ハヤカワ版:
 テラナーとソラナーは生まれた場所が違うため、多くの点でべつべつの順類になっていた。

原文:
Terraner und Solgeborene waren durch die verschiedenen Orte ihrer Geburt in vielen Dingen zu unterschiedlichen Menschen geworden.

試訳:
 テラナーと《ソル》生まれは、出生場所の違いから、多くの点で異なる人類になっていた。

うーん……「ソラナー」って言葉は、もっと後で出てくるもののはずだけど……見落としたか?
下手するとアトラン500話が最初かと思ってたんだけど。
確認したところ、726話で初出とのこと。意外と早かった……orz >ソラナー

ハヤカワ版:(p243)
 ブジョの姿がドアの向こうに見えなくなった。
「それはどうでしょうか」ローダンが考えながらいう。
「なんだって?」

原文:
Rhodan sah Bjo durch den Ausgang verschwinden.
“Ich glaube, daß er uns gelogen hat!” sagte er nachdenklich.
“Was?”

試訳:
 ローダンは出口に消えるビョーを見送ってから、思案するように、
「かれは嘘をついていると思いますね!」
「なんだって?」

そら、アトランは「なんだって?」だよね(笑) びっくり度が全然ちがうよ。

ハヤカワ版:(p246)
 テルムの女帝の故郷星系からべつの星系にクリスタルを輸送するため、親衛隊の一団がスタートして以来、クレノチはずっと、女帝は物資の損耗をどう思っているのかと考えていた。

原文:
Seit er jene Gruppe der Leibwächter auführte, die den Transport der Kristalle aus dem Heimatsystem der Kaiserin von Therm zu anderen Welten organisierte, hatte Crenoch sich mit der Frage beschäftigt, wie die Herrscherin den Substanzverlust ersetzte.

試訳:
 テルムの女帝の故郷星系から他の惑星へのクリスタル輸送を組織する親衛隊の一グループを指揮するようになってから、クレノホはずっと、女帝が物資の損失をどう補っているのかという疑問をかかえていた。

同じページで、ちゃんと訳してるじゃない。「輸送部隊の指揮官」って。

ハヤカワ版:(p247)
 クレノチはひとりで、クリスタルを積み込む前の艦内にはいった。

文:
Er ging persönlich an Bord eines Schiffes, das mit Kristallen beladen werden sollte.

試訳:
 クレノホはクリスタル積載にむかう艦にみずから乗り込んだ。

艦自体を動かす要員がいるかいないか、原文を読んだかぎりではわからない。ここは、「指揮官じきじきに」と読んだほうがすっきりする。

ハヤカワ版:
 そこに行った理由は、あとでなにか口実を設けるつもりだった。
 クレノチが輸送部隊を指揮するようになってから、クリスタルが同じ場所に二度運ばれたことはない。

原文:
Später würde er einen Vorwand finden, um abermals hierher zu kommen.
Seit Crenoch die Verladearbeiten leitete, waren niemals von einem Platz zweimal Kristalle abgeholt worden.

試訳:
 もう一度ここへくるために、あとで口実を設けなければ。
 クレノホが積載作業を指揮するようになってから、同じ場所で二度クリスタルが採取されたことはなかった。

時間をおいてもう一度計測しないと比較できないから、なのは、この章後半を読めばおわかりだろう。

ハヤカワ版:(p248)
 日ごろの精勤が認められ、回収部隊の指揮官に任命されたのである。

原文:
Seine Kompetenzen gestatten ihm, sich selbst zum Anführer des Abholkommandos zu bestimmen.

試訳:
 回収コマンドの指揮官に自らを任ずることも、クレノホの裁量のうちだった。

直訳すると、「かれの権限が許した、自分を回収部隊の指揮官にさだめることを。」となる。
自演乙、なのであった。精勤、ってなんやねん……。

ハヤカワ版:(p250)
 テルムの女帝の精神能力は、長らく十分に活用されていなかった。

原文:
Die geistige Kapazität der Kaiserin von Therm war längst nicht ausgelastet,

試訳:
 テルムの女帝の精神的処理能力にはまだ余裕があったが、

副詞 längst に「長らく」の意味は確かにあるが、この場合は「とっくに」+否定で「まだまだ」。

動詞 auslasten は、Web検索すると「積載能力ぎりぎりまで荷重をかける、(比喩的に)能力を十分に活用する」と出るが、要するに、「能力限界まで使いきる」である。この文章の場合、直訳すると「まだ負荷がかかりきっていなかったが」。CPU(女帝)の処理能力自体には余力があるけど、至急処理案件がごろごろしてるので、宇宙船1隻ぽっち後まわしでええわー、という文章である。

ハヤカワ版:(p252)
 ローダンの信頼を裏切ったら、どうなるだろう?

原文:
Was wäre passiert, wenn er Rhodan die Wahrheit verraten hätte?

試訳:
 もしローダンに真相を話していたら、どうなっただろう?

だから、なんで Wahrheit を削るかな? そこがキモじゃん。
動詞 verraten には確かに「裏切る」という意味がある。ただ、この場合は、die Wahrheit「真実」があるので、真相を「漏らす」――要するに、ゲロする、が正しい。
ああ、まさかと思うけど、Wahrheit を「信頼」って訳したの?

ハヤカワ版:
ジョスカン・ヘルムートのメンタル放射を感じた。

原文:
Seine tastenden Sinne fanden die mentalen Ausstrahlungen Joscan Hellmuts.

試訳:
走査感覚でジョスカン・ヘルムートのメンタル放射をみつける。

ここは、能動的に「捜してみつけた」んじゃなかろうか。

ハヤカワ版:(p254)
 仕切られたキャビンで向かいあわせに腰をおろす。ブジョは非現実感にとらわれた。ヘルムートの思考を読んだだけでは不充分と思ったのだ。本人の口から話を聞かないと。

原文:
Als sie sich in der abgetrennten Kabine gegenübersaßen, kam Bjo das Unwirkliche der Situation zu Bewußtsein. Er brachte es einfach nicht fertig, Joscan Hellmut auf den Kopf zuzusagen, was er wußte. Ungeduldig hoffte er, daß Hellmut von sich aus darüber sprechen würde.

試訳:
 仕切られたキャビンで向かい合って座ると、ビョーは状況の非現実さに思い至った。自分には、ヘルムートに事実をつきつける心構えがまだなかった。そわそわと、ヘルムートの側から口火を切ってくれるのを待った。

auf den Kopf zusagen で「面詰する」という熟語。
「あなたを犯人です!」と言い切る勇気がなかった(なくていい)のだ。
しかし、もじもじされてもヘルムートはさぞ困っただろうな……(笑)

……というわけで、以上で800話『テルムの女帝』の誤訳チェックを終了する。
読者の脳内補完能力にどれだけ期待しているのか知らないが、非常に残念。いくら「一所懸命やっている」ったって、限度があるよね。当分は、御免だわ、これ。

2019/06/30 ハヤカワ版抜粋追加

テル女:誤訳チェック (7)

800話ツッコミ連載、今回はモイクリナ編とその前後でお送りする。
とりあげた数は少ないが、ちょっと原文が長めである。お付き合いいただくには我慢が必要かも。

ハヤカワ版:(p219)
 テルムの女帝は第三惑星(現地名ドラクリオホ)でケルセイレーンの進化に介入したが、それがクリスタル構造物によるこの生命体の奴隷化を正当化するわけではないだろう。

原文:
Obwohl die Kaiserin von Therm die Entwicklung der Kelsiren auf dem dritten Planeten (er wurde von den Eingeborenen Drackrioch genannt) beeinflußte, wäre der Vorwurf, das Kristallgebilde versklave diese Wesen, nicht gerechtfertigt gewesen.

試訳:
 テルムの女帝が第三惑星(原住種族にはドラクリオッホと呼ばれた)に住むケルシル人の発展に影響を与えたとはいえ、彼らを奴隷化したという非難は正当とはいえない。

非難(Vorwurf)という一語を削ってしまったがために、意味がまったく逆転してしまった。また、「奴隷化する(versklaven)」という動詞が、通常なら versklavte と三人称過去の形であるはずなのも見落としている。えっと……接続法I式? 「奴隷化した(という仮定)」なのだ。

ハヤカワ版:
 重要なのはみずからが定めた使命ではなく、ソベル人がその遺産にこめた警告を生かすことだ。

原文:
Dabei handelte es sich nicht einmal um eine selbstgestellte Aufgabe, sondern lediglich um die Manifestation jener Warnung, die von den Soberern ihrem Vermächtnis beigefügt worden war.

試訳:
 自ら決めた使命ですらなく、単に、ソベル人がその遺産に添付した警告の表出でしかない。

es handelt sich um … 「~に関わる、~である」。nicht A, sondern B … 「Aではなく、むしろBである」。lediglich 「~でしかない」。こう並べるとわかりづらいかもしれないが、実はそれほど複雑でもない。nicht um eine Aufgabe, sondern um die Manifestation が骨格となる。

超訳するのはかまわないけど、作者の意図を無視するのは勘弁してほしい。ここで述べられているのは、女帝というコンピューター・システムには、その企図するところと関わりなく、ソベル人のメッセージという縛りが、基幹部分に組み込まれているということだ。

ハヤカワ版:(p220)
 クリスタル構造物と魚類の末裔がドラクリオホで築いた連合は、部分的にティオトロニクスの本質をうけつぐ女帝が自信の目的を実現しようとしなければ、ほかの知性体にとって意味を持つことはなかっただろう。
 だが、システムに内在する要素が、孤立を許さなかった。

原文:
Vermutlich hätte das Bündnis zwischen der kristallinen Wesenheit und den Fischenabkömmlingen auf Drackrioch niemals Bedeutung für andere Intelligenzen gewonnen, wenn die Kaiserin nicht im Zuge ihrer Selbstvervollkommnung zu einer ihrer teilwese tiotronischen Abstammung würdigen Feststellung gekommen wäre.
Man durfte die Lage innerhalb dieses Systems nicht isoliert sehen.

試訳:
 クリスタル存在と魚類の末裔との結びつきは、おそらく他の知性体への意味をもつことはなかっただろう。もし、女帝が自己確立の過程で、自身の一部ティオトロニクス的な出自を誇り高く認識しなければ。
 状況をこの星系内のみで孤立させることは許されなかった。

うーん、固い文章だな……。もっと意訳してみると――
「もし、女帝が自己確立の過程で、自分がプリオール波動から生まれたことを誇らしく確認しなければ、クリスタル存在とケルシル人の連合体は、彼女たち以外の知性体にとって意味をもつことはなかっただろう。」くらいかな。
女帝は「ソベル人の惨劇」を防ぐ、という使命を、ものごっつー重要視した、と考えるべきだろうか。この時点でようやく女帝が主体となる。だから、ここだけじゃなく、「みんなの未来を守らねば」と奮起したのだね。

ハヤカワ版:(p221)
 巨大な枝と苔と大きな葉にかこまれた、ドラクリオホにあるほかの小屋と違ったところのない小屋の前で、ドナティアは足を止めた。

原文:
Vor der Hütte, die aus starken Ästen, Moos und großen Blättern zusammengefügt war und die sich damit in keiner Weise von den anderen Gebäuden auf Drackrioch unterschied, blieb Dnathia stehen.

試訳:
 強靭な枝や苔、大きな葉などを接ぎ合わせた、ドラクリオッホの他の建物となんら変わるところのない小屋の前で、ドナティアは立ちどまった。

原文の、「小屋の前で」と「ドナティアは立ちどまった」の間はすべて「小屋」の修飾節で、周辺の状況ではなく、小屋の素材・製法についてを述べている。修飾節後半の damit は、小屋の素材を受け、「したがって」他の小屋とまるでちがわないよー、とつながる。

ハヤカワ版:(p222)
人間がその姿を見たなら、身長一・六メートルの直立した魚だと思うだろう。尾びれは短くなり、脚は人間に似ていなくもない。

原文:
Ein menschlicher Beobachter hätte sie mit einem 1,60 Meter großen aufrecht gehenden Fisch verglichen, dessen Hinterflossen zu kurzen, Beinen nicht unähnlichen Gliedmaßen ausgebildet waren.

試訳:
人間が見たら、体長一・六メートルの直立歩行する魚と思うかもしれない。尾びれは、ヒトの両脚に似ていなくもない、短い下肢になっている。

尾びれ=脚である。尾びれ→脚、かな。

ハヤカワ版:(p226)
 理由はモイクリナにもよくわからなかったが、女帝の指示ははっきりしたものだった。

原文:
Der Sinn dieser Anordnung war Moykrina nicht ganz klar, aber die Kaiserin mußte schließlich wissen, was sie verlangte.

試訳:
 指示の意味するところはモイクリナにはわからないが、女帝なら自分の望みを承知しているにちがいなかった。

よくわかんねぇけど、女帝様のおっしゃることなら間違いなかんべー、というやつだ。
ハヤカワ版の訳文は、原文の単語をパズルのように組み替えた感じ。はっきりしてる(klar = クリアー)とは、どこにも書いてないのに。

ハヤカワ版:(p227)
 最初の艦の着陸で、勢力拡張の基盤ができた。

原文:
Mit der Landung des ersten Schiffes war die Grundlage für den Aufbau einer Mächtigkeitsballung geschaffen.

試訳:
 最初の艦の着陸をもって、力の集合体建設の礎石がおかれたのだ。

ちなみに ballen は集中する、凝集する。だから〈力の集合体〉が、意味的に正しい訳だ、といっている。まちがえるにしても、拡張ってなんやねんw

たぶん、次で終わる……はず。

2019/06/30 ハヤカワ版抜粋追加

テル女:誤訳チェック (6)

最後の誤訳チェック……とは、さすがに、まだいかない(笑)
少し短いが、今回はミトラ編とその前後。

ハヤカワ版:(p204)
「テラにイカロスという少年の話があってね」

原文:
“Es gibt eine alte terranische Sage von einem Mann namens Ikarus”,

試訳:
「テラにイカロスという男の伝説がある」

うーん、ちょっと記憶がアレで恐縮だが、ダイダロスの息子イカロスって……ショタ少年だったっけ。

ハヤカワ版:(p206)
 とてつもなく長い年月がすぎ、重力の法則が定めた軌道にそって、巨大なブルーの恒星のまわりを周回する惑星は、徐々に冷えていった。

原文:
Im Verlauf von vielen Millionen Jahren begannen die Planeten, die die große blaue Sonne umkreisten, ihre aufgrund der Gravitationsgesetze vorgeschriebenen Bahnen einzuschlagen und sich abzukühlen.

試訳:
 幾百万年がすぎゆくうちに、巨大な青色恒星を周回する惑星群は、重力の法則に各々定められた軌道におちつき、冷えはじめた。

軌道に入るのと、冷えるのと、時系列はともかく、文章的には並列。そして、惑星も軌道も複数形。ここで単数にしちゃったから、次のクリスタル構造の発生場所もまちがえたんじゃないか?

ハヤカワ版:
 だが、その星系の各惑星では、原始物質から粗い結晶体の構造が形成されていった。

原文:
Zusätzlich zu den Planeten jedoch bildeten sich innerhalb des Systems zunächst lose kristalline Strukturen aus der Urmaterie.

試訳:
だが、惑星に加えて、星系内部で原始物質から目の粗いクリスタル構造が形成された。

原文は、惑星(が形成されるの)に加えて、クリスタル構造が形成される。
惑星上、ではない。そのすぐあとに書かれているとおり、宇宙空間、特に第三・第四惑星軌道のはざまに、である。訳者さん、ふたつの惑星を結ぶクリスタルの「橋」を連想したのだろうか。

ハヤカワ版:(p208)
 群れに助けをもとめてプロニルを追いはらうのは、もうまにあわなかった。

原文:
Fast zu spät war ihr der Schwarm zu Hilfe gekommen und hatte den Plonyr abgedrängt.

試訳:
 あやうく手遅れになりかかったところで、群れが救援に駆けつけプロニルを追いはらったのだ。

……過去完了形である。この文章までが、数日前にあった、ケガの原因イベント。
Fast zu spät は、「ほとんど手遅れ」であって、「手遅れ」ではない。「もうまにあわなかった」ら、パックリいかれて第三部ミトラ編完、だよね?

ハヤカワ版:
 傷が癒えると、ミトラは陸地に近づき、島の内部を観察した。

原文:
Sobald sie sich erholt hatte, würde Mitra auch an Land gehen, um das Innere der Insel zu erkunden.

試訳:
ミトラは快復し次第、陸地に近づき、島の内陸を探るつもりだった。

接続法II式なので、仮定(予定)の話。これが210pでいう、「棚上げになった」計画、である。
訳文だけ読んでたときは、どこか読み落としたかと思ったが、例によって時制が読めてないだけなのであった。

ハヤカワ版:(p210)
あたりの水域と島々を探検するというミトラの計画は棚上げになった。

原文:
Mitoras Plan, das Wasser zu verlassen und die nahe Insel zu erkunden, geriet dabei in Vergessenheit.

試訳:
水から出て、手近の島を探索しようというミトラの計画は棚上げになった。

あたりの水域の調査は、すでに開始してるよね!

ハヤカワ版:(p211)
 だが、ここまでミトラをつきうごかしてきた、内心の衝動も強さを増していた。

原文:
Doch der innere Antrieb, der sie zu ihrem Vorgehen bewegte, erwies sich auch in diesem Fall als stärker.

試訳:
 だが、ここでも、ミトラをこの企てへとつきうごかしてきた内なる衝動の方が勝った。

枝葉を削れば、「衝動の方がより強いことを証明した」である。何より強いかとゆーと、雄より冒険、なのだった。

ハヤカワ版:(p212)
 青い恒星の光をうけて、クリスタルの柱が立っていたのだ。

原文:
Aus dem lichten Hellblau des Himmels hing eine Kristallsäule auf die Insel herab.

試訳:
 蒼穹から、一本のクリスタル柱が島へと垂れ下がっていた。

ライトブルーの空から、でええけどね。上から、「ほぼ地面に接」するまで伸びているのだ。
そもそものクリスタル構造の根っこを理解していないから矛盾した表現になる。“惑星で形成された”クリスタル構造→立っていた、なのだろうが、その場合、接地してないなら「浮かんでいた」だよね?

ハヤカワ版:(p214)
 これには副次的効果もあった。

原文:
Dabei kam es zu einem eigenartigen Rückkopplungseffekt.

試訳:
 その際、独特なフィードバックが生じた。

フィードバック Rückkopplung は、まあ、コンピュータだしね?
感化したはずのケルシル人の母権制を自分のものさしにしてしまった、のだ。

ハヤカワ版:(p216)
 人類は現実的で、つねに緊張をもとめ、本質的と考える方向につきすすむ。

原文:
Diese Menschen waren Realisten, es bedürfte immer einiger Anstrengungen, sie von den Dingen, die sie für wesentlich heilten, abzulenken.

試訳:
 人類はリアリストで、本質的と思った事柄から気をそらすのは、いつでも一苦労だ。

名詞 Anstrengung は、この場合「努力」だろう。
やべっ、「いなくなる」の部分にテラナーたちが反応しちまったっ、まだ話の枕なのに、どーやって注意をひきもどそう? と、ドブラクは苦慮しているわけで(笑)

とゆうわけで、次回はモイクリナ編から~。

2019/06/30 ハヤカワ版抜粋追加

テル女:用語チェック (3)

最後の訳語チェックとなる。
過去編は複数種族・幾世代にもわたるが、各々が短いから、こんなもんじゃろ。

■ケルシル人 die Kelsiren

男性単数が Kelsire 、女性単数(複数)で Kelsirin(nen) 、複数が Kelsiren 。男性複数で Kelsirer と表記することもあるようだ。タイプミスかもだが(笑)
他方の、歌声で船乗りを惑わす女怪サイレン(セイレーン、シレーヌ他)はドイツ語でジレーネ Sirene(n)。誘引信号と歌声、-siren と Sirene 、フォルツがわざと似せたことは想像に難くないが、セイレーンまで一足飛びだと、どうだろう。別にテラナーがつけた種族名じゃないのだ。

■テルムの女帝 die Kaiserin von Therm

ケルシル人が母権制だから「女」帝、なのは当然として。
唐突に出てきた「テルム」だが、おなじ綴りの「サーム」は熱量単位。昔のファンジンだと「熱き女帝」とか書いてあったものもあった……ように記憶してるんだけど。火力発電所もサーマルだし、ラテン語の thermae romae は「ローマの浴場(温泉)」。
一方、それらの語源であるギリシア語のテルモス thermos (熱)は、アナグラムが「母(たち)」 mothers になるそうな。ひょっとしたらそのへんも関係してるのかなあ。
#まあ〈温泉女帝〉だけはナシの方向で(笑)

■ビョー・ブライスコル Bjo Breiskoll
■ラレーナ・ブライスコル Lareena Breiskoll

ちなみにどっちも、ドイツ語読み。
母者はラリーナさんでもよかったんじゃないかと思うのだが……。マブデンの大公妃ぢゃないぞ?w (あれはRhalina)
息子の名前については、どこかで書いた気もするが、「猫(ビョウ)」なんじゃなかろうかと勝手に推測していたりする。いや、もはや妄想か(笑)

■その他
ミトラ Mitra
ヴォントラ Vontra
モイクリナ Moykrina
ドナティア Dnathia
バルロ Barlo
ヴェヤ Veya
誘引信号 Locksignale
聖杯の母 die Gralsmutter
聖杯の娘 die Gralstochter
プロニル ein Plonyr
クジョの樹 Kujo-Baum
チョールクス die Choolks
ホプザアル Hopzaar
ゲルマイテル Germaiter
クレノホ Crenoch
ルグ=プレ Lugh-Pure

誘引信号は、アンコウ等の「誘引突起」から。これを「誘惑~」としたのはサイレンの歌声のイメージだろう。
ちょっと気になったのは、英語読みの進行度。以前は、バアロル、のように、母音が並ぶときの表記がマニュアル化されていたようだが、ラレエナ、ホプザールと、いまいち統一感がないような。訳者間では訳語を共有しても、編者さんには伝わらないのかな、現体制。
ゲルマイテルは、名前が抹消された哀れな副官のひとり(笑)
ルグ=プレは……これもテラ名(英語)じゃないんだけどねぇ。

というわけで、本編照合につづく。

ラスヴィッツ賞ノミネート作に関して

すっかり放置気味だが、現在クルト・ラスヴィッツ賞2011年次が、2010年刊行の作品を対象に選考を進めている。
dinfoに丸投げして、ノミネート作品の一覧は(一応)紹介済みだが、今回はその中で長編部門の作品について。タイトルだけじゃどんな内容かわからんよなあという貴兄に、主にAmazon.deで紹介されているさわりの部分を、さらに要約した感じでまとめてみた。

Stefan Blankertz / Der Lamo-Kodex / ラモ法典 (Edition Phantasia)

――3600年前、激しい火山の噴火のすえ、アトランティスは海に沈んだ。生存者たちは、見も知らぬ不毛な〈内世界〉に漂着。以来、彼らは〈外世界〉へと戻る道を探しつづけたが、やがて成し遂げられた科学の発展とともに、外世界探索者は嘲笑や、いわれのない迫害をうけるようになっていった。そんな外世界探索者に、主人公ラモは、成人の祝いと同時に任命される。そして、ごくわずかな協力者とともにラモが見出した〈外世界〉は、予想だにしない不毛な場所だった……。

Andreas Brandhorst / Kinder der Ewigkeit / 永遠の子ら (Heyne)

――殺し屋エセビアンは、血生臭い生活に飽いて足を洗った。いまの彼は科学者であり、高価な“不死”を贖う道こそ困難なものとなったが、望んだ平穏な生活を手に入れた。だが、そんなエセビアンに、ある強大な存在が、銀河最重要人物の暗殺を強要してきたのだった。

Marcus Hammerschmitt / Yardang / 風紋 (Sauerländer)

――エンジニアである父が、実はヤルダン星系に地球からの独立を勝ち取ろうとする反乱組織の一員であることを知ったシルヴィアンは、味気ないステーション暮らしと、いけすかない父からおさらばするため、反乱組織が戦いにひきこもうとしている小艦隊の1隻を、仲間たちをかたらって乗っ取ることに成功した。だが、その結果、彼らは反乱組織と、事態を察知した地球当局との双方から追われる身となったのだった……。

Uwe Post / Walpar Tonnraffir und der Zeigefinger Gottes
/ ヴァルパー・トンラッフィルと神の人差し指 (Atlantis)

――神の人差し指が地球衛星軌道に出現した。宇宙探偵ヴァルパー・トンラッフィルは捜査を開始。くずシンガーや、弁護士の大群、あやしげなカルト予言者らが、物体の意味や所有権について係争をはじめる一方で、しかしヴァルパーは、DVD依存症の甥や冒険大好きな元・義理の母、フリーランスの女殺し屋等々、独自の問題にふりまわされていた……。

Thomas Thiemeyer / Korona / コロナ (Knaur)

――赤道直下でありながら、氷河を頂くウガンダの高山。生物学者エイミー・ウォーカー率いる研究チームは、調査行の際、没落した高度文明の廃墟を発見。一大センセーションを巻き起こすであろう発見だったが、彼女たちをさらなる予想外の自体が待ち受けていた。暴走する自然法則、狂ったような太陽の動き……エイミーたちは、異次元への門を踏み越えてしまったのだ!

Michael Marcus Thurner / Plasmawelt / プラズマ惑星 (Heyne)

――ローダン作家ターナーの、独立した商業作品第2弾。
半サイボーグ、グラモ・ダーン15は、荒涼とした惑星マレクを移動する都市カマンダルの最下層民。厳格な階級社会を営む都市の地下深くで働くグラモは、仲間の労働者と異なり、好奇心のかたまりだった。自らの素性をはじめ、彼が知ることを欲した数々の秘密は、やがてグラモを、惑星を揺るがす陰謀の渦中にまきこんでいく……。

と、まあこんな感じ。やっぱりタイトルだけじゃ内容は予想できないもの。
とはいえ、もちろん、女戦士の紹介だって、中身の実態が確実に反映されているかといえば、そうとは限らないのも当然のことだ。実際はどんなものなのかにゃあ(をひ
個人的には(偶然、マガンとも一致したのだが)、『~神の人差し指』が、あまりにも唐突な舞台設定に興味をひかれてしまった。だいじょうぶなんだろか、この探偵さん……。
一方で今月末まで、ファンタスティーク大賞の予選(ノミネート作品を決める投票)が開催されているし、そちらはどんな作品が挙げられるか、これまた楽しみである。

テル女:誤訳チェック (5)

ちょっと間が空いてしまった、ヴリション編の後編である。
いよいよプリオール波動発射!もとい発信と、テルムの女帝誕生秘話……なのだが。

ハヤカワ版:(p183)
科学者は宙航士たちに、感動的な感謝の言葉を述べた。

原文:
Der Wissenschaftler hatte den Raumfahrern in bewegten Worten gedankt.

試訳:
科学者は宙航士たちに、ふるえる言葉で感謝を述べた。

bewegt (動詞 bewegen 派生)には「感動した」もあるが、その場合、ソティウルが感動しているのであって、聞くものを感動させるのではないだろう。

ハヤカワ版:
 ソティウルがなにをさせたいのかは、数時間後に明らかになった。ある建物の屋上までいっしょに行き、そこから見えるティオトロニクス・センターを一望したときのことだ。

原文:
Was Sotiul allerdings von ihnen erwartete, war Vlission erst vor ein paar Stunden klargeworden, als er zusammen miti dem Tiotroniker auf das Dach eines Gebäudes gestiegen war, von dem aus man einen Überblick über eines der tiotronischen Zentren hatte.

試訳:
 それでも、ソティウルが彼らに何をさせたいのかヴリションが知らされたのは、ようやく数時間前、ティオトロニクス・センターのひとつを一望できる建物の屋上へいっしょに昇ったときになってからだった。

まあ……ここは、187pまでの場面すべてが、その「数時間前のこと」のはずなので、大きな問題はない。というか、そっちの方がわかりやすいんだよねえ(笑)

ハヤカワ版:(p185)
「死ぬのと殺されるのとでは、意味が違う」ヴリッションは反論した。
「恐いのか、友よ?」
「ソベル人を殺すのなら、われわれは手をひく」

原文:
“Gewaltsamer Tod darf nicht Gegenstand einer Philosophie werden”, protestierte Vlission.
“Hast du Furcht, mein Freund?”
“Meine Freunde und ich werden dich verlassen, wenn Gewalt angewendet wird”, kündigte Vlission an.

試訳:
「暴力による死を哲学の問題にすりかえてはいけない」
「怖いのかね、友よ?」
「暴力を用いるというなら、われわれは手をひく」

意訳としては間違いはない。ただ、「暴力抜きでどーしろってんじゃー」と呆れるソティウルや、「もっと哲学的問題なのだ(キリッ」とグヌルウォンを煙に巻くヴリション自身の矛盾とかと連動させることを考えれば、ふつーに直訳でいいと思うんだ。

ハヤカワ版:(p188)
 ヴリッションはグヌルウォンというナルヴィオン艦の一乗員とともに、いくつかある監視所のひとつにつめていた。場所は通信センターの本部ビルだ。

原文:
Vlission und ein Besatzungsmitglieder des Narvion-Raumers namens Gnurwon hatten eine von mehreren Beobachtungsstellen besetzt. Sie standen mit den übrigen Beobachtern und dem Hauptquartier in Funkverbindung.

試訳:
 ヴリションはグヌルウォンという名のナルヴィオン艦乗員とともに、いくつもある監視所のひとつに詰めていた。他の監視所や本部とは無線連絡をたもっている。

場所は、あくまで「監視所のひとつ」どまり。mit も in も、前置詞ガン無視かね。
無線連絡ってのは、おそらくは、トランシーバーは電源入れっぱなしレベルだろう。このあと本部を呼び出したりしてるし。

ハヤカワ版:(p190)
「ソベル人も一部は生きのこるだろう。われわれの遺産は宇宙を飛びまわることになる」

原文:
“Etwas von uns wir weiterleben”, sagte er. “Das Vermächtnis unserers Volkes wird durch das Universum wandern.”

試訳:
「ソベル人のなにがしかは生きのびる。われらが種族の遺産は大宇宙をさすらうのだ」

あえて誤訳と言っておこう。ソベル人に生存者……というか、未来があることを、この計画は想定していない。生きのびるのは、その存在を記したメッセージなのだ。

ハヤカワ版:(p191)
「プライアー波が最後に行きつくのはどこです? 虚無ですか?」
「もういい!」ヴリッションは無愛想にうめいた。「たぶん永遠にわからないことを考えて、なんの意味がある?」

原文:
“Wo wird diese Prior-Welle einmal enden? Im Nichts?”
“Komm jetzt!” rief Vlission unwirsch. “Was hat es für einen Sinn, sich über etwas Gedanken zu machen, was wahrscheinlich niemals eintreten wird?”

試訳:
「プリオール波動とやら、いったいどこで終わりを迎えるんでしょう? 虚空のただなかですか?」
「いくぞ!」ヴリションが無愛想に叫んだ。「起こりはしないことに頭を悩ませて、何の意味がある?」

第一の方法は充電をくりかえし、第二の手段は減衰しない。すなわち、プリオール波動は終わらない予定である。
直訳すると「たぶん絶対訪れないこと」……波は減衰しない、たぶんしないと思う、しないんじゃないかな、まちょっと覚悟は(ry

ハヤカワ版:(p192)
 なにか不具合が起きるだろうと思っていたのだ。どんな障害が発生するかはともかく。
 ティオトロニクスのランプが点滅するのを見て、計算・通信装置の故障を無意識に予期していたとわかる。
 ソティウルはつねに必死にとりくんでいたが、それも当然だろう。

原文:
Er hatte die ganze Zeit über damit gerechnet, daß noch irgend etwas schiefgehen könnte. Dabei war er sich nicht darüber klar geworden, von welcher Seite aus eine Störung hervorgerufen werden könnte.
Der Anblick der blitzenden Tiotronik brachte ihm die Erkenntnis, daß er unterschwellig auf ein Eingreifen der Rechnen- und Kommunikationsanlagen gewartet hatte.
Sotiul war diesem Thema immer krampfhaft ausgewichen, wahrscheinlich nicht ohne Grund.

試訳:
 何か不具合が起きるだろうとは思っていたのだ。どんな方向から邪魔がはいるかは、わからなかったが。
 ランプを明滅させるティオトロニクスを見た瞬間、自分が内心〈ティオトロニクスの秩序〉の介入を待ちかまえていたことに思いいたった。
 ソティウルがこのテーマに必死でとりくんでいたのも、故なきことではなかったのだ。

用語チェックで挙げた、〈計算・通信機構〉=〈ティオトロニクスの秩序〉である。
待っていた、ではなく、ハヤカワ版のとおり、予期していた、でいいかもしれない。試訳だと、ヴリションが計画を失敗させたかったみたいだし。

ハヤカワ版:(p193)
 その秘密が個々の存在をつきうごかすのだ。

原文:
Dieses Geheimnis rührte an die Ursachen jeder Existenz schlechthin.

試訳:
 その秘密とは、万物の根源に直結するもの。

動詞 rühren は確かに「(何かを)動かす」だが、rühren an … で「~に触れる」となる。話題にする、とかの、あの「触れる」にもなる。
schlechthin はこの場合「ただちに」と思われる。

ハヤカワ版:
「では、スイッチを入れる」
 全員に向かって宣告。

原文:
“Ich werde die Anlage jetzt einschalten.”
Er führte seine Ankündigung aus.

試訳:
「では、装置を起動する」
 そう宣言して、スイッチをいれた。

直訳すると、「では、装置のスイッチをいれる」 かれは宣言(どおりの内容)を実行した、となる。
うーん。中身的にタブるから、あえて削ったのかなー。
あ。今気づいた。宣言(そのもの)を実行した、と読んだのか。ausführen は「連れ出す、輸出する、排泄する、実行(完遂)する、執行する、完成する」だから……ちょっと、まちがいと断言しづらくなったけど(笑) そうね、「宣言を執行した」と考えれば、実行が伴うと思われ。

ハヤカワ版:(p194)
 ヴリッションは遠い目で部下を見つめた。
「われわれ、いつ古いぬかるみからぬけだした?

原文:
Der Kommandant schien durch ihn hindurchzusehen.
“Wann sind wir aus dem Urschlamm gekrochen?”

試訳:
 ヴリションは遠い目をして、ウォウルトーを見ていなかった。
「われわれが原始の海から這いあがったのは、いつのことだった?

かれ(ウォウルトー)をつきぬけて見ていた、である。

あと、Urschlamm であるが、直訳すると「根源の泥、原初のぬかるみ」くらいになるか。
少しWebで漁ってみると、バビロニアの「原始の海を司るラハム女神」がひっかかる。「原始の海」の部分が、ドイツ語だと Urschlamm になっている。また、独英変換をかけて出てくるのが primeval mud、「原始の泥」である。
原始の海の軟泥から、両生類か肺魚かしらんが、ソベル人の祖先が陸上に這いあがったのはいつのことであったろうか、という文章なのだ。単に「古い」じゃ伝わらんじゃろ。

ハヤカワ版:(p199)
 宇宙のなかでわれわれの歴史が刻まれているこの瞬間、原始星系の内部でガスの雲が星系へと進化することが“決定”された。

原文:
In dem Augenblick, da unsere Geschichte sich auf diesem Punkt des Weltalls konzentriert, hatten die ablaufenden Vorgänge im Innern des Nebels gerade “entschieden”, daß sich aus der diffusen Gaswolke ein Sonnensystem bilden würde.

試訳:
 この物語が宇宙のそのポイントに焦点をあわせた、まさにその瞬間、原始星雲内部で進行中のプロセスが、ガス雲から恒星系を形作ることを“決断”した。

名詞 Geschichte には確かに「歴史」の意味もあるが、「事件、事物、物語」の要素も大きい。また、ローダン・シリーズだと、Geschichtesforscher 「歴史研究家」とは言わず、Historiker 「歴史学者」で片づける例が多い。他にト書きで「歴史」に近い用法としては、Chronik 「年代記」が用いられることもある。
あと、200pの「歴史」も、わたし的には「物語」となる。

ハヤカワ版:
 星系の誕生は、宇宙にとって日常茶飯事だった。

原文:
Die Geburt von Sonnensystemen ist für das Universum etwas ebenso Alltägliches wie ihr Untergang.

試訳:
 星系の誕生は、その滅亡同様、宇宙にとっては日常茶飯事だった。

なんで削るのかなー。秩序と混沌、誕生と滅亡、興隆と衰退、すべては表裏一体じゃーん。

ハヤカワ版:(p200)
 だが、この順序が逆になり、精神から物質が生じたと考えるしかない知性体も、つねに存在する。

原文:
Zu allen Zeiten gab es jedoch intelligente Wesen, die davon überzeugt waren, daß die Entwicklung umgekehrt verläuft und Materie Produkt des Geistes ist.

試訳:
 しかしいつの時代にも、この発達は“逆”であり、物質こそ精神の産物であると確信する知性体が存在する。

いつの時代にも、しかし、知的存在がいる、彼ら(知的存在)はそのこと(daß以下)を確信している、発達が逆の経過をたどること、そして、物質が精神の生み出したものであることを。」が直訳である。
この知的存在たちが、数行後の「これに対抗する理論の信奉者」であり、どちらの理論も証明不能であることを鑑みると、「精神から物質が生じたと考えるしかない知性体」は、存在しちゃまずいんでないかい。

ハヤカワ版:
 それはただ、起きたのである……

原文:
Es zählt nur, daß es geschah …

試訳:
 重要なのはただ、それが起きたということなのだ……。

動詞 zählen 「数える、計算する」で、それが転じて「勘定にいれる、重きをなす」という意味もある。
「なぜ起きたか」は二次的で、数えるに足る事実は「起きた」ことなのだ。まあ、超シンプルに訳したというなら、それはそれでありだと思うけど。

ハヤカワ版:(p201)
 遠い過去にプライアー波をプログラミングして送出したソベル人が、自分たちの情報が“生きのびる”可能性を信じていたのかどうか、いまとなってはわからない。

原文:
Es ist nicht mehr feststellbar, ob die Soberer, die in ferner Vergangenheit die Prior-Welle programmierten und ausstrahlten, die Möglichkeit in Betracht zogen, daß ihre Botschaft eines Tages irgendwo “hängenbleiben” würde.

試訳:
 遠い過去にプリオール波動をプログラミングして送出したソベル人が、自分たちのメッセージがいつかどこかで“ひっかかる”可能性を想定していたかは、いまとなってはわからない。

いや、これ辞書に載ってる単語だけど。「ひっかかる」。
ひっかかる→死ぬとの対比→生きのびる? この後、プリオール波が原始星雲に吸収される描写がくることを考えると、超訳というより誤訳だろう。

ハヤカワ版:
 プライアー波は長い旅路を終え、もとの構造をたもったまま、星々のあいだに“埋没”していった。
 ソベル人の情報を持ったプライアー波の本質部分は、原始星系のあちこちで凝集し、物質を構成していった。

原文:
Die Welle war am Ende ihres langen Weges angekommen, was von ihrer ursprünglichen Struktur noch übrigblieb, “versandete” zwischen den Sternen.
Der wesentliche Teil der Prior-Welle mit der Botschaft der Soberer jedoch wurde eins mit der sich an verschiedenen Stellen des Nebels allmählich verdichtenden Materie.

試訳:
 プリオール波動は長い旅路の終点にたどりつき、なおも本来の構造を残していた部分は、星々のはざまに“埋没”していった。
 しかし、ソベル人のメッセージを持った本質部分は、原始星雲のあちこちで凝集しつつあった物質と一体化した。

プリオール波動が物質化したのではなく、物質に囚われた(ひっかかった)のである。

以上。次回は、ミトラ編・モイクリナ編あたりの用語チェックの予定。

2019/06/24 ハヤカワ版抜粋追加

テル女:誤訳チェック (4)

結局、1回でおさめるには不適当な分量になりそうなので、ヴリション編も前後編で。
今回は、人類III を含む前半……ソティウルによる計画説明会のくだりまで。

ハヤカワ版:(p161)
「それはわからない」と、ドブラク。「ただ、テルムの女帝は、強力なポジトロニクスの原理で自身の力を制御しているように見える。これは解としてはありえるが、その利用者についてなにかを確証するものではない」

原文:
“Die Frage stellt sich für mich nicht”, erwiederte Dobrak. “Vielmehr sieht es so aus, als würde die Kaiserin von Therm ihre Mächtigkeitsballung nach den Prinzipien einer gewaltigen Positronik kontrollieren. Diese Lösung bietete sich geradezu an und sagt in letzter Konsequenz nicht viel über ihren Benutzer aus.”

試訳:
「その設問は成立しない」と、ドブラク。「むしろ、テルムの女帝は強力なポジトロニクスの原理で力の集合体をコントロールしているように見える。この解はあくまでそこどまりで、結論として、その使用者についてはほとんど述べていない」

Vielmehr は「かえって、逆に、むしろ」。見た目では、ポジトロニクスが管理してるのか、誰かがポジトロニクスの計算にそって管理しているのかわからないよ、ということ。

Mächtigkeitsballung は、従来ファンダムでは〈力の球形体〉とされてきた、超知性体の勢力圏のこと。たしか、力の集合体と訳すんだっけ? 意味的にはそっち(ハヤカワ版)の方が正しいのにね、とはマガンの弁だが、ともかく単語として訳してくれないと。

ハヤカワ版:
ロボットなのか有機生命体なのかを明らかにしなかった。

原文:
Sie sind sich nicht darüber im klaren, ob sie Roboter oder organische Wesen sind.

試訳:
自分がロボットか、それとも有機生命体なのかわかっていなかった。

sich im klaren über … sein (werden) で、「~がはっきりわかる」(klarwerden)。darüber, ob … なので、ob 以下がわかる対象。
研究者たちは、アイデンティティの問題をかかえているのだ。超知性体ではないから。

ハヤカワ版:(p162)
長年にわたりセールコシュ星系をはなれていたソベル人には、友人知己との連絡はとだえていても、あらたな発見があるはず。

原文:
Soberer, die sich viele Jahre außerhalb des Seerkosch-Systems aufhielten, verloren den Kontakt zu Freunden und Bekannten, aber auch zu der stetig fortschreitenden Entwicklung.

試訳:
長年セールコシュ星系を離れていたソベル人は、友人知己とのコンタクトを失うばかりか、たゆまぬ進歩からも取り残されるもの。

補足すると、aber auch (den Kontakt) zu ….. (verloren) で、「しかし、進歩(とのコンタクト)をも失う」が直訳。

ハヤカワ版:(p165)
金にまだ価値があるってわけじゃないが、最後にはどうにかしないとな」

原文:
“Nicht, daß Geld noch einen Wert hätte, aber irgend etwas muß ich schließlich tun.”

試訳:
「カネにまだ価値があるわけじゃないが、結局、何かせずにはいられないのさ」

schließlich は副詞として「最後に、ついに」と辞書にある。体験的には、「とうとう、つまるところ、結局」が加わる。
で、後半を直訳すると、「しかし、わたしは何かをしなければならない、結局」。ただぼけっとしててもねー、というところか。別に、カネ稼いで何かを清算しようという殊勝な心がけなわけでもあるまい。

ハヤカワ版:(p167)
 まだ機能しているティオトロニクスが、部分的にでも秩序をたもとうとしているのか……たとえわずかな一部でも?

原文:
Begnügten sich die noch existierenden Tiotroniken damit, einen Bereich der von ihnen geschaffenen Ordnung aufrechtzuerhalten – auch wenn er noch so winzig sein sollte?

試訳:
 現存するティオトロニクスは、自らつくりだした秩序の維持で満足しているのだろうか――かくも小さなものでも?

ハヤカワ版ほど前向きな文章じゃないと思うんだ……。

ハヤカワ版:(p168)
建物のあいだで、数枚の壁に情報が表示された。無から出現したような映像が、壁面を踊りまわる。

原文:
und zwischen den Gebäuden flammten ein paar Informationswände auf. Bilder flimmerten über die wie aus dem Nichts entstandenen Wände.

試訳:
建物のあいだに数枚の情報壁が点灯。無から生じたかに見える壁面で、映像がちらつく。

ハヤカワ版だと、建物の壁に映像が生じたように読める。「無から生じた」は定冠詞と名詞にはさまれているので、名詞「壁」にかかる。
SFアニメによくある、モニタ画面だけ空間に投影されているようなイメージじゃないか……と思うんだけどなあ。まあ後で、スクリーンを破壊する、みたいな描写があるから、極薄モニタなのかもしれないけど。

■170p

ハヤカワ版:(p170)
 ソベル人は袋小路にはいりこんでしまったのだと思い、ヴリッションはぞっとした。

原文:
Vlission dachte entsetzt daran, daß sie am Ende eines Weges angelangt waren.

試訳:
 ヴリションは、自分たちの道が終点にたどりついてしまったと考え、ぞくりとした。

これが誤訳かどうかは微妙なところだと思う。しかし、いきどまり→どっちにいけばいい→することが必要、という流れは、ヴリションたち自身が路頭に迷っていると見たいが、どうだろう。
ハヤカワ版の場合、ミリュスのセリフを「どうにかせんとならん」と、どこか打開を模索する方向で訳しているので、種族の未来を憂う流れになるのは必然だが、はて。

ハヤカワ版:(p172)
「単刀直入にいおう。艦隊は崩壊した。艦長の大部分は、もう生きていない。各艦を指揮していた者たちがなにを考えていたのか、わたしにはわからない」

原文:
“Ich wage kene Vorhersage”, antwortete er. “Die Flotte hat sich aufgel&oulm;st, der größte Teil aller Kommandanten lebt nicht mehr. Ich weiß nicht, was die Soberer, die jetzt die Schiffe führen, vorhaben.”

試訳:
「わたしは予言はやらん。艦隊は解体され、艦長のほとんども存命でない。いま各艦を動かしている者たちがどうするつもりか、わたしにはわからない」

予言しないよ→知らないからね。まあ、意訳の範囲内……なのかな。
気になったのは、原文の「今」が抜けて、過去の伝聞みたいになっている点。艦隊崩壊以後コンタクトがとれていないから、と想定したのかな。

ハヤカワ版:(p173)
 ティオトロニクス科学者はいまかいまかと返事を待っているようだった。それでもせかすようなことはいわず、礼儀正しく黙っている。

原文:
Vlission hatte den Eindruck, daß der Ankömmling die Antwort gespannt erwartete, die ganze Haltung des Tiotronikers drückte Erwartung aus. Doch Sotiul schwieg hölich, wenn es ihm auch sichtbar schwerfiel.

試訳:
 (ヴリションの見たところ、)ティオトロン工学者は回答をじりじりと待ちうけている。しぐさの端々に期待が見てとれた。礼儀正しく黙っているが、いかにもつらそうだ。

誤訳とはいわない。ただ、「せかすようなことはいわず、」ってのは、いかにも超訳だなあ。

ハヤカワ版:(p175)
今度はロボットだけでなく、べつのソベル人も同道していた。長身痩躯の男で、コスペーリオルと自己紹介した。

原文:
diesmal hatte er außer dem Roboter einen zweiten Soberer bei sich, einen schlanken hochgewachsenen Mann, den er als Kospeelior vorstellte.

試訳:
今回はロボットのほかにもうひとり、長身痩躯のソベル人を連れており、コスペーリオルと紹介した。

いかにも重箱のすみだが、vorstellen sich (再帰動詞) ではないので、自己紹介ではない。主語 er 「彼」は、段落の頭からすべてソティウル。

ハヤカワ版:(p177)
全情報を、いわば“滅びかけた種族の遺産”として、プライアー波に乗せて宇宙に送りだしたのだろう」

原文:
Sie wollten es in einer Prior-Welle vereinigen und in das Universum schicken, sozusagen als Vermächtnis eines zum Untergang verdammten Volkes.”

試訳:
それ(全知識)をプリオール波動に統合して宇宙へと送り出したかったのだろう。いわば、滅びを運命づけられた種族の遺産として」

失敗した、のであり、後のソティウルの説明によれば、送信自体できなかった、のだ。

ハヤカワ版:
ティオトロニクスの秩序が許さなかったはず。全体がシステム・ダウンすることになっただろうから」

原文:
Das System der tiotronischen Ordnung hätte es nicht zugelassen, denn es wäre einem Eingeständnis des eigenen Versagens gleichgekommen.”

試訳:
ティオトロニクスの秩序のシステムが許すはずがない。自らの失敗を公言するに等しいのだから」

システムの Versagen は、確かにシステムダウンにも用いる表現。だが、そうすると、Eingeständnis「告白、自白」が宙に浮いてしまう。ついでに動詞 gleichkommen 「同等である、匹敵する」も(笑) 木村・相良(辞書)の頃から、gleichkommen と gleich kommen (すぐに来る)の区別は要注意らしい。

こういうはしょりすぎな個所が散見されるのは、誤訳じゃない場所でも、修飾節や形容詞を、わりかしさくさく削っているのが遠因。テンポ重視なのはいいんだけど。

ハヤカワ版:(p180)
「第二のモデルの技術条件は、もうすこしわかりにくい。

原文:
“Die technischen Voraussetzungen für das zweite Modell sehen etwas anders aus.

試訳:
「第二のモデルのための技術的条件はまた異なる。

ちょっと(etwas)ちがって(anders)見える(aus-sehen)のだ。どっちもわかりにくいよ(笑)

ハヤカワ版:
それでもなお、すくなくとも数十億の周波数を重ねることになるが。

原文:
Immerhin kommt es trotzdem noch zur Überlappung einiger Billionen Frequenzen.

試訳:
とはいえ、それでも数兆の周波数を重ねることになるが。

用語チェックで述べたとおり、まちがえやすいところ。
余談だが、オーバーラップ Überlappung はドルーフ宇宙との重積ゾーン等で、たまに見かける単語。HÜバリアの「重層」は Überladung 。

ハヤカワ版:
「やや独自のかたちになる」と、ソティウル。

原文:
“Das wäre wenig originell”, meinte Sotiul.

試訳:
「それでは独創性が足りないな」と、ソティウル。

仮定法である。主語の Das は前のセリフを受けて、「充電が最初の方法とおなじ」だと仮定したら、(ein wenig ではなく wenig なので)あんまりオリジナルじゃないね(否定)、となる。

まったく、これだから理系は……と、続くかどうかは知らない(笑)

ハヤカワ版:(p181)
 ゆえに、充電と反射のあいだをとらなくてはならない。

原文:
Wir haben uns also zwischen Aufladung und Reflexion zu entscheiden.

試訳:
 すなわち、充電と反射、どちらかに決めなければならないということ。

第一の手法がエネルギー充電、第二が空間歪曲による反射。直訳すると、「われわれは、すなわち、充電と反射のあいだで自分を決定しなければならない」くらいか。

ハヤカワ版:(p182)
「情報はできるだけ広範囲に伝えるべきだ!」ソティウルが反論。

原文:
“Wir halten die Botschaft so wertfrei wie möglich!” versicherte der alte Tiotroniker.

試訳:
「メッセージは可能なかぎり客観性を保っているとも!」ソティウルが請けあった。

んー……どうやら、weltfrei と読みちがえたっぽい(そんな単語があるかは知らないが)。ヴァリュー・フリー、ニュートラルを維持している、のだ。

ハヤカワ版:
「送信する情報が、それを読み解ける者たちに対する危険を内包しているという見解を、否定するつもりはない。それでも、送信することの利益のほうがはるかに大きいと思うのだ」

原文:
“Ich will gar nicht streiten, daß der Empfang der Botschaft für jeden, der sie entschlüsseln kann, auch Risiken in sich birgt. Sie sind jedoch im Vergleich zum Wert der Botschaft gering.”

試訳:
「メッセージの受信が、それを解読しうる者にとってのリスクをも孕むことは否定しない。しかし、メッセージの価値に比すれば微々たるものだ」

主語の sie は「メッセージの受信がリスクを孕むこと」というかリスク(複数形)それ自体。まァそれ差し引いてもウマーだからいいじゃない、という主張。「送信することの利益」じゃ、おいしいのはソベル人だけ。
原文が「受信」なのに送信、送信と連呼するから、訳がうまくつながらないような。

■182p

ハヤカワ版:
「ソベル文明が将来も生きのこれるかどうかがその決断にかかっていることは、忘れないようにな」

原文:
“Niemand sollte jedoch vergessen, daß eine Entscheidung gegen das Projekt die Existenz unserer Zivilisation im Nachhinein in Frage stellen würde.”

試訳:
「だが、忘れないでほしい。プロジェクトへの反対は、われわれの文明を後世に伝えることを否定するものだ」

im Nachhinein は「後々になって、後の時点で」、in Frage stellen で「異議をさしはさむ、問題にする」なので、直訳すると「後になってみると、われわれの文明の存在に異議をはさんでしまう」→「存在が伝わらない」というかなりの意訳。
もともと誤訳ではないが、「生き残る」という表現が気になったので取りあげてみた。まあ、ソベル人じゃなくて、ソベル人の文明、だから、いいのか別に。國破山河在。

そして、計画実行編につづく。

2019/06/23 ハヤカワ版抜粋追加