NEOの作家会合2018

公式Logbuchによると、去る12月7日、フランクフルトに於いてローダンNEOの作家会合が開かれたとのこと。

会場はフランクフルトのステーション・ラウンジ、“ルーム・プラトン”。貸会議室が8部屋用意されているのだが、“ルーム・アインシュタイン”は残念ながら予約が取れなかったそうだ(笑)

参加者は、編集部からクラウス・フリックともう1名、校正部から1名、作家陣が男性6名、女性2名の合計11名。作家で個人名がわかるのは草案チームの2名だけだが、先だってアップした執筆数リストからだいたいの想像はつくだろう。

10時に始まった会合は、前半が出版社からのマーケティング情報とか、従来の文法だと“間違ったドイツ語”だが現在一般的になりつつある用法を認めるかどーかみたいな話題が中心。プラチナ・エディションの打ち切りとかあったわりに、フリック曰く「草案チームの仕事には大変満足」だそうなので、全般的には好調みたい。
そのへんの一環として「日本のライセンス契約」の話が出たみたいだから、第3シーズンの出版も決定したのかな? >ハヤカワ版

お昼休憩を挟んで、シェーファー&ショルムの草案チームから、200巻以降の設定やらの解説と、ブレインストーム的な議論がおこなわれた模様。残念ながらその内容は詳らかでない。
会合は17:30で終了し、フリックらは帰途についたようだが、作家陣の数名はカフェで親睦を深めつつ議論を続けていたらしい。ふぁいと~♪

話はちがうが、以前の公式Newsで〈けだもの〉シュタッフェルは全9巻という記述があったのだが、第4期は200巻から、という理解でよろしいのかな?

■公式Logbuch:AUTORENTREFFEN BEI PERRY RHODAN NEO

作家別執筆数の統計(NEO編)

せっかくなので、NEOの分もアップしておこう。

……なんでATLANじゃないかというと、公式の統計と微妙にズレがあるから。こっちはまだタイトルリストExcel化していないので、確認&修正するのがめんどくs(ヾ(^o^;
#あ、あと惑星小説もあったか…… >Excel化

作家別執筆数(NEO版)(193巻時点)

ヘフト版の作家数累計47名にも驚いたが、NEOがすでに30名ってのはさらにすごかった。まだ200巻前なのに(笑)

第2期以降、明らかに作家陣の顔ぶれがちがうのだが、このへんはまず1期の草案担当ボルシュがVPMを退社した(作家兼編集だった)こと、同時期にフェルトホフ没後の草案作家がポイントリリーフ的なアントンから現在のモンティロン&ファンデマーン・チームにバトンタッチしたこと、ヘフト側のテコ入れでシュテルン、フレーリヒが移籍したこと等、複数要因がからむので、一概には言えない。しかし、固定メンツがブーフホルツ、シェーファー、ショルムの草案作家たちにカイ・ヒルトを加えた感じになっていることは見てとれる。2期以降は別モノと考えるべきだろう。

面白いのは、オリヴァー・プラシュカが2期以降も、2年に1巻程度ではあるがコンスタントに書き続けていること。このヒト、デヴュー作がファンタスティーク大賞の新人賞をとっているので、昔から名前だけは知っていたのだけど。基本ファンタジー畑のヒトなんだよねぇ……。近年はマルコ・ポーロを題材にした歴史小説が好評だったりする。
公式の紹介を見ると、少年時代に銀本でローダンに接して、ダールトン、フォルツ、エーヴェルスが好きだったとか。三つ子の魂百までだったりしたのだろうか。彼がNEOを執筆するときは公式で予告されたりするので、根強い人気があると思われる。

あとは、最近ヘフト本編も書くようになった人気作家カイ・ヒルトが、今後どの程度NEOも担当するか、かなあ。
基本、ヘフトを書く作家はNEOはほとんど書いていない。例外は、序盤のモンティロン、“レギュラーゲスト作家”時代のスーザン・シュヴァーツくらいだ。さてさて。

作家別執筆数の統計

保険代理店の内勤という前職を辞めてちょうど10年が過ぎた。
実際は春に退職してから、半年以上も定職につかずニートな生活を送っていた(笑)ので、いまの職について満10年なわけだが。なんで突然そんなどうでもいい話をしだしたかというと、「あ、このファイル10年近く更新してねえ(^^;」という代物をたまたま発掘したのだ。

作家別執筆数(2995話時点)

上記pdfファイルを参照してもらえばすぐわかるが、50話ごと(ほぼ1年分)の作家別執筆話数をExcelで一覧にしただけのものである。
これを放置していたのに気づいたのは、先のメーナートの訃報の際、公式サイトを調べていて、最近NEOで邦訳も出たマーク・A・ヘーレンが「元チーム作家」のくくりに入っているのを発見したためである。え、いつ脱退したの? と確認したら、最終担当話が3年も前のことだったのだ。
#ペリペでも言及がないので、公式発表はされていない……と思われる。

これがあると、他にもこんなことができる:

執筆数ランキング
1位 クルト・マール(253話)
2位 H・G・エーヴェルス(251話)
3位 アルント・エルマー(211話)
4位 H・G・フランシス(207話)
5位 ウィリアム・フォルツ(203話)

以下、ダールトン(192話)、ヴルチェク(177話)、ホフマン(133話)と続き、現役最多のアントンが現在128話担当となる。
現在のハヤカワ版で登場済みの作家は、すでに全員、鬼籍入りないし引退している(一応、エルマーは例外だが)ため、今後しばらくこの順位には変動がないはずである。

わたしが原書を読み始めたクロノフォシル・サイクル後半あたりでは、1984年に亡くなった、当時執筆数最多のフォルツを抜いたマールとエーヴェルスがデッドヒートを繰り広げていた。最終的に、1300話から草案作家の片棒を担いだマールがブッコ抜いたわけだが……あのへんのサイクルだけ、なぜか草案作家の執筆数が激増していたのだ。
#ふつー、草案担当になると執筆作は減る……。
#一応弁護しておくと、フォルツが亡くなり、後継草案作家ツィークラーも脱退。ヴルチェクが新たに世界観を構築するのに、マールの助力が必須だったのと、設定をつくった自分たちでの執筆が最善策だったのだろう。ドリフェルがらみとか。

上記マールの例のように、特定の作家が時々突出して執筆数の増えることがある(例:宇宙城サイクルのヴルチェク)。
これはその時のレギュラー作家の総数とか、他に抱えている仕事や健康状態等、作品内容以外のファクターもからんでくるので一概に言えないが、いろいろ妄想するネタにもなる。
昔、ホフマンがLKSに投稿したと思われる漫画があって、担当の割振りに頭を悩ませるフォルツのもとへ作家たちから次々に「不慮の事故」の連絡が入り、全部ひとりで書くハメになる……というオチだった(笑)

それにしても、気がつけば、『エスタルトゥへの道』をまとめた時の主力作家どころか、『無限架橋』の頃の作家もほとんどが姿を消している。現在の草案チームは時間ネタがお好きなようだが、ホント、時の流ればかりは誰にも止められないのだなあ(慨嘆)

訃報:アキム・メーナート

アキム・メーナート(Achim Mehnert)
1961.11.14 – 2018.11.07

本日付けPhantastik-Newsによると、昨日(11/7)ローダン作家アキム・メーナートが亡くなったとのこと。死因等は不詳。

1961年、古都ケルンに生まれたメーナートは、産業マネージメントの職業訓練を修了する傍ら、少年の頃に熱中したSF小説を執筆するようになる。
ローダンとの出会いは、どうやらコミック版が先であったらしい。11歳の頃からヘフト版を読みはじめ、ファンクラブを設立し、読者とのコンタクトページで紹介され……1982年には、現在も隔年で開催されているケルンのSFコンベンション〈コロニア・コン(ColoniaCon)〉の共同創設者のひとりとなる。ズブズブである(笑)

1997年に惑星小説405巻『デログヴァニアへの帰還』(→紹介記事w)を執筆したあたりから、商業ベースで作品を発表するようになっていき、2003年からはフリーの作家業に専念する。
一部犯罪小説や児童文学にも手を染めているが、主たる分野はやはりSF/ファンタジーで、『宇宙船プロメテウス』やローダン・アクションにアトラン関連の各種ミニ・シリーズ、『ザモラ教授』、そして、メーナートといえばの『レン・ダルク』の新シリーズである。
故クルト・ブラントが中心となって60年代に刊行された『レン・ダルク』は2度の重版を経て90年代後半から続刊の契機が盛り上がり、ファン出版を経て、現在もHJB出版から継続的にハードカヴァー版が、複数のサイクルを並行して発売され続けている。メーナートはその中心的作家のひとりだった。

ローダン関連の最後の作品は、2012年に刊行されたExtra14号収録の『カトメンの法』(→dinfo713号)となる。カンターロ・サイクル前史という思いもよらぬ題材に驚いたものだ。
謹んで故人の冥福を祈りたい。
#超久々にここ更新したとたん、こんな記事を書くことになるとは……。

■Phantastik-News:Gestorben: Achim Mehnert (1961-2018)
■Perrypedia:Achim Mehnert

ローダン作家会議2017あれこれ

公式サイト他の情報によると、2月27日(月)、謝肉祭に沸き立つラシュタットに於いて、今年の作家会議が開催されたとのこと。
残念ながら、今後のストーリー展開については一切触れられていないが、いくつか興味深い点を挙げてみたい。

まず、前日にあたる2月26日に、謝肉祭休暇終盤の混雑と交通規制まっただなかのインナーシティに集合したのが、草案作家両名、クラウス・フリックとヴェレーナ・テムゼンの4名であること。
テムゼンが物理学専攻であること、本業が工業機械製作会社勤務であること、文中に「彼女のデータペーパー」という表現があることから、2015年のカストル没後における“理系担当”であることが窺える。
#モンティロンやファンデマーンは、ペリペを見るに「聖歌研究」とか「オランダ語専攻」とか、もろ文系である。

そして、この陣容で「データペーパーの効果的な使いかた」やら「作家陣にわかりやすい草案のつくりかた」を打ち合わせているということは、この4名が現行の〈エクスポゼ・ファクトリー(草案工房)〉なのだと思われる。

また、会議当日の記事中ではさらりと「スーザン・シュヴァーツもまた臨席している」と書かれているだけだが、Infotransmitter(公式のメルマガ)最新号でははっきりと「再びレギュラー作家に」とある。シュヴァーツによるブログの見出しは「I’m back.」。I’ll be back. じゃないわねえ、とは彼女自身の弁である(笑)
シュヴァーツは2202話「ハイパーショック」(2003年)をもって作家チームを脱退。Bastei社のSFシリーズ『バッド・アース』『マッドラックス』に参加したり、自身も共同経営者であるFabylon出版からファンタジー・シリーズ『サン・クエスト』『エルフの時代』を刊行したりする一方で、2412話「アアルの水」以降、年に1~2話のペースでゲスト作家としてローダン(と、ローダンNEO)も執筆しており、“レギュラー・ゲスト作家”なる言いかたまであったらしい(笑)
正式レギュラーとしての復帰作wは2907話「若芽《イエト》」である。

さらにInfotransmitterでちらりと書かれているのが、参加者の中にいるアルント・エルマーについて「遠からず、彼の書いたものが読めると期待したい」という表現。エルマーは25年間務めたLKS担当を降板することを告知した2740話「ギャラクティカム掌握」以降、作品を発表していない。昨年の会合のポートレートにも姿が見受けられるので、必ずしも体調が悪いとか、そういうわけではないようだが……。
エルマーは1954年生まれ。まだ枯れるには早いし、彼のローダン第1作1155話「目覚めさせるもの」も、そう遠からずハヤカワ版が到達するはずである。がんばってちょ(^^)

Infotransmitterには、参加者の集合写真も掲載されている。
なんというか、個人的に、ぱっと見でわかる作家さんが少なくなったな……と。まあ、そうだよね。わたしがローダン原書で読むようになったのは1985年。公式サイトができて、作家さんの情報とか簡単にアクセスできるようになったのが96年。あのへんで大量に画像情報とか脳内インプットされてから、すでに20年だもんなあ。
それこそエルマーくらいしか残ってる作家いねぇ。
#某レギュラー・ゲスト作家さんと、フーベルト・ヘーンゼルもいます(ぁ

■公式Logbuch: Autorenkonferenz im Februar 2017
■Uschis Blog:I’m back.

訃報:ミハエル・H・ブーフホルツ

ミハエル・H・ブーフホルツ (Michael H. Buchholz)
1957.03.12 – 2017.03.06

公式サイトによると、ローダンNEOの草案チームのひとりミハエル・H・ブーフホルツが、3月6日、闘病生活の末、死去したとのこと。享年59歳。

ハノーヴァー生まれのブーフホルツがSFと出会ったのは10歳の頃。当時、本放送が始まったばかりのドイツ初のSFTVシリーズ『宇宙パトロール(宇宙船オライオン)』に夢中になったらしい。そして、これをノヴェライズしたハンス・クナイフェルがローダン作家であったあたりから、シリーズとの縁が(やや遠回りして)つながったみたい。

90年代にはリュディガー・シェーファーらと共にアトランのファンシリーズ(全23話)を執筆。ATLANヘフト完結(打切)に我慢ならず、“その後”のアトランの物語を自らひねり出したわけである。フェネルゾーン銀河を舞台に、コスモクラートが脅威とみなす謎の《ゴーア》をめぐる冒険は、後に書籍化もされている。
その後は、自己啓発本を書いたり、故郷ハノーヴァーに創設した団体でセミナーを開いたりしていたようだ。

2004年にATLANミニシリーズ〈オブシディアン〉で第11話を、翌年〈ダークスター〉で第7話を担当。2007年にはポケットブック版ATLANのルデュン三部作完結編『8日間の永遠(Acht Tage Ewigkeit)』を執筆している。
そして、若干の期間をおいて、2015年の89巻『豹のチャト(Tschato, der Panther)』からローダンNEOの作家チームの一員となり、2割程度を担当しつつ、101巻からは僚友シェーファーと共に草案作家を務めていた(NEO第2期、と呼称される)。

ぶっちゃけ、前任ボルシュが“やりすぎ”て事実上解任された後を両名はうまくひきしめ、立て直した感がある。ただし、別記事のコメント欄でも書いたが、現在のNEOは、ローダンの登場人物とガジェットを用いたまったく別の物語となっている。そのへんは賛否両論あるだろうが、ともあれ新サイクル〈メテオラ〉がはじまった(かつ、日本での翻訳プランが公表された)ばかりのところで、NEOは重要な舵取りを失った。今後どのような対応が取られるか、心配なものだ。

■公式サイト:Michael H. Buchholz ist verstorben
■公式サイト:Michael H. Buchholz
■Wikipedia:Michael H. Buchholz

新作家:カイ・ヒルト

公式サイトの発表によると、2903話「守護霊連盟(Der Bund der Schutzgeister)」より、カイ・ヒルト(Kai Hirdt)がレギュラーとしてローダン作家チームに加わるとのこと。

カイ・ヒルトは1976年、旧西独首都ボン生まれ。
小学校時代にはヘフトを読みまくっていたようだが、ローダンとの出会いはドラマCD(おそらくシルバー・エディション)だったらしい。続いて銀本。本人曰く、

「書籍版はヘフトよりも親や教師を言いくるめるのが簡単でした。個々のヘフト版を読むようになったのは20代になってからですね。一時は、初版・3版・5版を並行して読んでいました」

ミュンヘンでの兵役後、ハンブルクの学校で国語専攻、シアター・メディア関連で学位取得後、広告コンサルティングの職業学校を修了。ハンブルクの広告エージェンシーで働く。

ローダンとの職業的関わりは、コミック版『宇宙英雄ペリー(Perry – Unser Mann im All)』が2006年に復活したあたりから。カイ・ヒルトはテキスト担当で、一時出版元となった Alligator Farm Verlag では共同経営者でもあった。
#現在Cross Cult社から刊行されている後続版でもテキストを担当している。

続いては、2500話のプレ告知や、2011年のヴェルトコンにまつわるアレコレを担当する。
これ、実はごやてんでもチラッと取り上げているのだが、ペリー・ローダンがリアルタイムでツイッターでつぶやくという企画、アレもカイ・ヒルトが担当していたらしい。PRコンサルタントの面目躍如である(笑)
#ちなみにこのアカウント、現在も告知用として生きている(下記リンク参照)

2015年、92巻『オーロラの遺産』よりローダンNEO作家チームに参加、以後2割ほどを執筆して好評を博す。
翌年にはミニシリーズ・ローダン・アルコンで第9話を担当。さらに続くローダン・ジュピターでは全12話中7話に共著者としてクレジットが挙がっている。ジュピターは元々、ファンデマーン、ヘーンゼル、モンティロンの共著を下敷きにヘフト化したものなので、実質的にヘフト版の担当話を執筆したのはカイ・ヒルトなのだろう。

こうして着実に実績を築き上げ、いよいよヘフト本編への登場となるわけだが……実は、カイ・ヒルトの作品、すべて未読だったりする(汗)
NEOではずいぶんと人気がある様子なので、プロット段階からどうにも煮詰まった感じのローダン・ヘフトの突破口になってくれるか、期待したいところではある。

■公式サイト:Kai Hirdt steigt ins Autorenteam der PERRY RHODAN-Serie ein
■Perrypedia:Kai Hirdt
■ごやてん:ペリー・ローダンのつぶやき

ホルスト・ホフマン拾遺

ハヤカワ版538巻『ポルレイターの秘密兵器』巻末にて、訳者の若松氏がホルスト・ホフマンを紹介しているが、その中の、フォルツの死後プロット作家を担当した、とあるのは、残念ながら間違い。

rlmdi.の刊行物をそこそこご覧いただいている方ならご存じの通り、ウィリー・フォルツの死後プロット担当を引き継いだのは、トマス・ツィークラー(邦訳未登場)とエルンスト・ヴルチェクである。どうやらPerrypediaを読み違えたらしい。

昔、ファンジンか何かで書いたような気もするが、フォルツの空白を埋めるためパベル=メーヴィヒ内部でいろいろと人事異動があり、ホフマンは主として編集部サイドに移行しているのだ。
ペリペの(たぶん)該当箇所は“Nach dem Tod von Willi Voltz übernahm er die Bearbeitung der Silberbände ab Band 20 bis Band 80(後略)”とあるのだが、これはシリーズの書籍版にあたる銀本の再編集担当者を指す。合本に収録する話の選択や収録順序の調整(例えば7巻『アトラン』では、まずアトランが海の底から登場し、地球の現状に驚愕したあと地球替え玉作戦の顛末が語られたりする)、エピソードの取捨選択、一部文章を書き直したり、科学考証の修正とかもしている……んじゃないかな?
#銀河系=アンドロメダ間の距離とかどーなってるんだろ(ぁ

その他、毎号4ページの「読者とのコンタクトページ(LKS)」や、4話ごとに巻中綴込みの「ペリー・ローダン・レポート」を含めた諸々を1984年から、1987年にローダン編集部の長にフローリアン・マルチンが就任するまで担当していたことになる。

――といったことは、これまでも知っていたのだが、LKSとレポートをヴルチェクに、銀本の再編集をフーベルト・ヘーンゼルにそれぞれ譲り渡し、晴れて自由の身になったwはずのホフマンがローダン・シリーズに復帰するのは1991年の1564話になってから。
そういや、少し間が空いてるな……と思ったら、こんなのがあった。

『スーパーヒーロー・ジャン・テナー』
Jan Tenner – Der Superheld


サウンドドラマ……というから、日本でいうドラマCDみたいなもんである。各話30分から50分が、1980年-1989年にかけて45本、2000-2002年に12本発売されている。
で、最初の6本を除く残り全部のシナリオを、ホフマン(別名義)が担当しているのだ。
#ちなみに最初の6本担当はH・G・フランシス(別名義)

はるかな未来……といっても、世界情勢とかはそんなに今と変わらない未来(笑)
架空の未来科学都市ヴェストラント最高の科学者フツラ教授のもとには、軍司令フォーベット将軍からたびたびヤヴァい案件についての協力依頼が持ち込まれ、教授開発の怪しい血清を携えて現場へ飛ぶのが、フツラ研究室所属の学生ジャン・テナーのお仕事である――みたいなストーリーらしい。

そっかー、こんなの書いてたのか-。迷子の子犬捜したりするのかにゃあ(謎

2/11追記:
そーいえば、銀本の取捨選択については、いまのとこ2つの“黒歴史”が存在する。『宇宙の不死者』後半にはじまる金星動乱編と、イラーティオ・ホンドロによるプロフォス反乱編は、共にすっぱり削除されている。「謎の金星基地」や「金星の決闘」は生きてるんだけど……トミゼンコフ広場はどーなったんだろな(笑)
※プロフォス編については、後に銀本とは別途合本として販売。
※あ、あとグレイ・ビースト関連も黒歴史か……。

シェール&フォルツ師弟こぼれ話

ハヤカワ版では今月発売の537巻『自転する虚無』で、K・H・シェールの復帰作「M-3より呼ぶ声」が訳出されている。
本書から登場するクリフトン・キャラモンは、後にやはりシェールが生み出すラトバー・トスタンと並んで、往年の「タフな」テラナーの復権としてカリスマ的な人気を博してる。

今回は、まあ、それとは関係なく、本書にまつわるシェールとフォルツ師弟のこぼれ話を、覚書的にここに記す。

500話「虚無より来たる」をもって、シェールが実質シリーズの第一線を離れたのはご存じの通り。大群サイクル序盤(501-511話)の草案は、急遽ウィリアム・フォルツとハンス・クナイフェルの合議でしのぎきったという。
シェールの病名は感染性肝炎だったらしいが、その後数年にわたり病状が芳しくなく、草案作業はフォルツの補佐のもと行われ、674話以降は正式にフォルツが草案作家となる。ただし、技術面については900話台中盤までシェールが協力していた。
Perrypedia等を見れば、963話(1980年2月刊)までシェールがこの「技術草案」を担当していたことがわかる。しかし、これも健康上の理由から79年中にはクルト・マールに譲り渡した形だ。

ところが翌年、軽い流感に罹ったのを機に禁酒をしたところ、みるみるうちに症状が改善された。なんのことはない、肝炎の後遺症でアルコール耐性がまったくなくなっていたことに気づかないまま、本人は「百薬の長」のつもりで嗜んでいたお酒が長患いの因となっていたわけだ。それを聞いたフォルツは、死ぬほど心配していたことも忘れ、涙が出るまで笑ったという。

かくてめでたくシリーズ復帰の運びとなったシェールであるが、その第一作となる本書の草案を敬愛する師匠に手渡すフォルツは、にんまり笑って、
「どうぞ、これが1074話の草案です」
そう、フォルツのPRSデビュー作「戦慄」は――74話であった。

出典:Werkstattband (1986)
シェール禁酒のくだりは、1991年、FC会誌に寄せたシェール追悼文でも紹介したものです。

訃報:ライナー・カストル

ライナー・カストル (Rainer Castor)
1961.06.04 – 2015.09.22

9月25日付け公式サイトによると、ローダン作家ライナー・カストルが22日午後、心筋梗塞のため急死したとのこと。享年54歳。

カストルは、生涯を過ごしたラインラント=プファルツ州アンダーナッハで、1961年に生まれた。当初、建築技師になる勉強をしていたが、そちらを断念後、さまざまな職種を転々としていたようだ。Wikiに載っているだけで、短期志願兵とか配送ドライバーとか州議員の懐刀とか教育機関の管理事務所勤務とか(笑)

筆者が初めてカストルのことを耳にしたのは、関東FCの月例会であったかと思う。ハンス・クナイフェルがポケットブック(当時は惑星小説)でアトラン歴史冒険譚を何巻にも渡って執筆している背景には、ファンあがりの博覧強記のブレーンがついている、という噂で、おそらく氏名までは伝わっていなかったような。Perrypediaの略歴にも「歩くデータバンク(wandelnde Datenbank)」と表現されている。
その縁で、後に「技術担当」として草案チームに参加と、これも略歴にあるが、おそらく「物理学担当」ことクルト・マールが1993年に、「工学担当」ことペーター・グリーゼが1996年に亡くなっている空白を埋める形だったのではないか。実際、かれの最初の商業作品は1996年に出版された惑星小説396巻『アルコンの栄誉のために』である。
1959話からローダン・ヘフト巻末コラム「ペリー・ローダン・コンピューター」(2000話から「ペリー・ローダン・コメンター)を担当。もともとはマールの指定席だった。

そして1973話『《マテリア》』からローダン・ヘフト本編にも参加。往時のシェールを髣髴とさせる技術描写の数々は、そのあたりが好物な人間にはたまらない一方で、人物描写やストーリーよりガジェットに重きがおかれていると非難する向きも多かった。
合体超巨大フラグメント船《プラエトリア》の頃(2211話)がひとつのピークであったろうか。以後、ヘフト執筆数は急速に減り、2817話『ラヨン人の対抗策』まで29編を担当したにとどまった。

最初のきっかけがアトラン歴史冒険譚だったこともあり、カストルのアトラン(およびアルコン)への愛着は深かった。過去のヘフトや惑星小説に出てきたアルコン語や文化を整理・分類した結果は ATLAN-Extra や青本14-16巻の「アルコン三部作」などに結実し、現行のローダン・ヘフトでは一般的に用いられるようになった。
顕著な例を挙げると、「ツォルトラル家のトーラ(Thora von Zoltral)」「ラス=トオルのアウリス(Auris von Las-Toór)」は、共にドイツ語で貴族を表す“von(~の)”が使用されていたわけだが、これが最新版ヘフトではアルコン語は「ダ(da)」、アコン語は「タン(tan)」があてられる。「トーラ・ダ・ツォルトラル」「アウリス・タン・ラス=トオル」なのだ。アウリスたんでわない(ぁ
ペリペとか遡ってじゃんじゃん修正しちゃってる始末(汗)

アルコン三部作以降、カストールはアトラン青本の再編集担当に就任するわけだが……題材は、若き水晶王子アトランが父の仇オルバナショルIII世打倒をめざす、旧アトラン・ヘフト「アルコンの英雄」サイクル。まさに適材適所、腕の振るい甲斐があろうというものだ。途中何度か出版元の変更がありゴタつきもしたが、ようやく昨年末、45巻『叛徒の進撃』をもって無事全巻の刊行が終了したばかりであった。
他に新アトラン・ヘフト数作や、2本のオリジナルもあり、中でも中世歴史モノ『血の代官(Der Blutvogt)』は評価が高いらしい。

とはいえ、筆者個人的には、ライナー・カストルといえば“縁の下の力持ち”なのだ。彼がチームに加わって以降、ヴルチェクが引退、フェルトホフが死去、盟友クナイフェルも世を去った。それでもカストルは、ずっとずっと“技術屋”でありつづけ、代々の草案作家たちを支えつづけたのだ。お疲れ様でした。

■公式サイト:Rainer Castor ist verstorben