バジスバジス亀の子バジス (1)

昔、《ソル》といえば鉄アレイ、《バジス》といえば亀の子タワシだった(私的見解)
ダンベルと聞くと、どうしてもバーベルの縮小版を連想してしまうわけだが、まあそれは今回はさておいて(笑)
亀の子タワシは、ぐるりと輪で結束されているあたりが、いかにも《バジス》っぽくて微笑ましい比喩であったのだ。さて、いよいよその登場回だが。

しかし、まず最初に、わたしの苦手な分野からすませてしまおう。
数字の訂正の話である。
7/31 参考文献追加
   そして単位をそろえてねぇええっorz箇所訂正

テラワットとキロワットの深くて暗い溝

■ハヤカワ版(P15)
「計測可能な活動に必要な消費エネルギーの総計は、十八テラキロワットに相当しますが、実際の消費量は二十六テラキロワットになっています」

原文:
  “Die Summe aller beobachtbaren Tätigkeiten der Hyperinpotronik entspricht einem Leistungsverbrauch von achtzehn Terawatt. Der tatsächliche Leistungsverbrauch liegt bei sechsundzwanzig.”

試訳:
「ハイパーインポトロニクスの公開された活動を合計すると、消費電力は十八テラワット。ですが、実際の消費電力は二十六テラワット前後に達しています」

Leistungsverbrauch は「消費電力」。何ワットの電力を消費するか、という言葉である。相当する、じゃなくて、まんま電力のお話。
「ネーサンは、公称18テラワットの出力(発電能力)がある発電所をフル稼働させますといいながら、実は26テラワットの出力(電力)を使用していました」ということだ。

○「26テラワットを使った」
×「1時間あたり26テラワットを使った」
×「年間累計で26テラワットを使った」

「あとがきにかえて」で訳者さんがいろいろと書いているが、どうやら、意味をちゃんとわかっていないデータを横並べにして、意味の異なるデータを「比較」して、とんでもなく間違った結論を導き出している。
本文で話題になっているのは、出力(発電能力)をどう分配(使用)しているかである。
作業内容が明らかなものが18テラワット、隠蔽されていたものが8テラワットということだ。合計26テラワット。

さて、そこで問題なのが、

■ハヤカワ版(P262)
日本の電力会社の総発電量というものが、(中略)それを合計してみたところ、一時間あたり最大で二億キロワットほどになった。

一般にいう日本の電力会社の総発電量、というのは出力(発電能力)の話。「東電が6500万キロワットの発電能力がある」とか、TVでもよく見かけるようになった。日本全体では最大2億キロワット前後を生産できる。
ただし、(キロ)ワットに、「1時間あたり」という意味などない。

単位をそろえて比較してみよう。

ネーサン管轄下の発電能力 26テラワット=26兆ワット
日本(2012年)の発電能力 2億キロワット=2000億ワット

26兆ワットって、「すくなすぎる」かな?

次に問題なのは、

■ハヤカワ版(P262)
二〇〇八年の世界の総発電量は二十兆キロワット、そのうち日本が一兆キロワット

そんなデータはない。とゆーか、そもそも単位が間違っているのだ。
正しくは、「二〇〇八年の世界の総発電量は二十兆キロワット時、そのうち日本が一兆キロワット時」である。

キロワット時は、「ワット(仕事率)×時間」であらわされる、仕事量である。
日本の総発電量が一兆キロワット時、というのは、2008年の1年間に作った電気を【1ワット×1時間】という単位で数えたら、1000兆個あった、と言っているのだ。
なので、上記・年間の総発電量とは、出力××キロワット(日中or夜間や、季節ごとに可変)で8784時間(366日×24時間)にわたり発電したエネルギー総量のこと。それは桁もくりあがろうというもの。そもそも前2つと同列に論じるべきではない。

ちなみに、18テラワットの出力で発電し続けた場合の総発電量は:
1時間で、“18テラワット時”である。
2時間で、“36テラワット時”である。
1年間では、18テラワット×(366日×24時間)=158,112テラワット時
となる。

単位をそろえて比較してみよう。

ネーサン管轄下の年間発電量 15京8112兆ワット時
2008年の世界の年間発電量 20兆キロワット時=2京ワット時

15京ワット時は、「すくなすぎる」だろうか?

ちゃんと検証しないで、原文の内容を改竄するとか、噴飯モノである。
上記総発電量などを参照すると、世界に占める日本の発電力は5~6%だから、2012年における地球の総発電力は大雑把に4テラワット前後と考えられる。その数倍である原文の数字のままで、なんら問題はないのであった。

ひるがえって、Perrypedia等をひもといてみると、
・ダッカルカムによる銀河系=グルエルフィン間通信に必要な出力が50テラワット
・《クレストIII》の発電力18995テラワット
・《TS-コルドバ》の発電力80万テラワット
といったものすごい数字(笑)がぽろぽろ出てくる。軍事と民生等の差もあろう。しかし、1978年時点でこの話を執筆したマールは、むしろ比較的「現実的な」数字を出したと、そう考えてしかるるべきではないだろうか。

そもそものはじまりは、《バジス》の重量や形状について、訳文でわからない箇所について質問を頂いたことだった。本題にいく前に、このありさまである。いやはや。
と、いうわけで、次回は「謎の宇宙船1万隻」について考証する。

■総務省統計局:世界の統計 第6章 エネルギー 最新版(2019年時)のページ
■時事ドットコム:42年前と現在の電力事情比較 (リンク切れ)

また850話・バルディオク裁判

一段落ついたし、今回はもういいか、と思ったら、ロルヴォルクの城よりどでかい墓穴を掘る音がどこかから聞こえてきたので、もうちょっとやろうか(笑)

さすがにこの分量の「引用」はまずいので、基本、わたしの試訳だけである。ご了承のほどを。
太字にしてある箇所について、原文と解説(笑)を付記している。
誤訳っぷりをより堪能したい方は、ハヤカワ版と併せてご覧いただきたい。
6/16 ケモやん関連・結び等、追加修正
6/17 対比元の文章追加とか、いろいろ微調整

超知性体バルディオクの成立

10. 処罰

 ケモアウクとバルディオクが物質化した地点では、“平面”はもはや断片にすぎなかった。ギザギザに崩れおちた縁をさらした鋼鉄のかけらである。

すでに“平面”関連はだいたい紹介済だが、前の記事を見直していて、ありゃ、と思った。141pのバルディオクの物質化シーン。「“平面”のなかに」in der Ebene だった。auf der Ebene (平面上に)でない時点で、人工物内部であることに気づくべきであった。……と、最初の時点で書いていれば格好よかったんだけどね(笑)

 象徴だ! バルディオクは身震いした。これほど象徴的なことはない。
 七強者の時代は終焉をむかえた。“召喚”をもたらす、物質の泉の彼岸に住む連中は、プロジェクトを打ち切ったか、あるいは使命を与えるべき別の存在を探すのだろう。

原文:
Jene, von denen der RUF ergangen war und von denen man annahm, daß sie jenseits der Materiequellen lebten, hatten ihr Projekt abgeschlossen, oder sie würden sich sie nach anderen Wesen umsehen, denen sie Aufträge erteilen konnten.

直訳すると、「~打ち切ったのだ。それともこれから後任を探すのかもしれないが。」後半は、例によって接続法未来。ハヤカワ版のように「探したのかもしれないが(≒過去)」では、後任見つからなかったので打ち切り、になってしまう。探した結果は、エピローグで明かされる。

「見ろ!」ケモアウクが命じる。「これが残されたすべてだ。あるいはもっと外部にはほかの破片もあるのかもしれないが、きっとここよりましとはいえまいよ

原文:
aber das sieht dann bestimmt nicht besser aus als dieses hier.

ハヤカワ版は「ここからは見えない」としているが、分離動詞 aussehen 「~のように見える」が読めていない。das (それ=ほかの破片)は、nicht besser (よくない状態)に見える、ここにあるこの破片より(比較級 besser + als で比較級)。

「ホールは?」
「もはや存在しない」
「では……きみたち、別の集合場所を探さなくては」バルディオクが慎重にいった。

原文:
“Ihr… ihr werdet einen anderen Treffpunkt suchen müssen”, sagte Bardioc behutsam.

セリフ中の主語は二人称複数の ihr である。つまり、今後集まるメンバーにバルディオクが入っていないことを想定している。そこんとこを「慎重にいった。」のだ。原文は、大事なことなので2回いっている(笑)のに、まるまる削除するとか、わかってないんかい。

「そうだな」応じるケモアウクの瞳は、虚空へと向けられていた。
 バルディオクは他の者の姿をもとめて周囲を見まわしたが、明らかにふたりが最初に到着したようだ。ひょっとしたら、だれも来ないのでは。バルディオクはそう望みたかった。そうなれば、問題はケモアウクとだけで解決すれば済む。

原文:
Vielleicht, hoffte Bardioc, würden die vier anderen nicht erscheinen, dann konnte er die Sache mit Kemoauc allein austragen.

ハヤカワ版には最後の一文がない。単に冗長だということで削除されたのだろうか。
他の連中こないといいなー。そうすりゃ、(自分に同情的な)ケモアウクとだけ話せばいいんだもんなー、である。
バルディオクは、この時点でまだ事態を甘く見ているのだ。ずっと頼れるリーダーだったケモアウクが、ちらりと見せたやさしさに、情状酌量くらいなら勝ちとれる、と。
実はケモアウクもまた、深く静かに壊れかけているのだが……

わたしを発見した、と報告すればいい」と、提案する。「わたしは隠遁し、二度とあらわれない」

原文:
“Du könntest sagen, daß du mich gefunden hast”,

ハヤカワ版は「発見しなかったことにしてくれないか?」(うやむや)だが、「みつけて、ナシつけてきたぜい」(ミッションコンプリート)が正解である。
ケモやんがダメなら俺が俺が……と、なる、のかな? いまの強者連中でw

 ケモアウクの顔が、はじめて、わずかにこわばった。
「だめだ!」と、拒絶する。
 バルディオクはそれ以上詰め寄らなかった。意味のないことはわかっていたのだ。他の兄弟たちが、かれを罰するだろう。それで正しいのだ。今後再び、心をおなじくして行動すると約束したところで、どうしてバルディオクがそれを守ると信じてもらえようか。

原文:
denn wie konnten sie sich darauf verlassen, daß er ein Versprechen, in Zukunft wieder ihrem Sinn zu handeln, auch einhalten würde?

ハヤカワ版だと「ここを去ることができた場合も、自分が将来にわたって約束を守れるとは思えなかった……」と、バルディオクが意志の弱い子になってしまっている。
動詞 verlassen は確かに「離れる、立ち去る」だが、再帰動詞 verlassen sich (auf) には、「~を大丈夫だと思う、信頼する」の意味があるのだ。「できるか?」と訊かれたときの回答に、「まーかせて!」的に、わりと見かける用法だ。
そして、主語が sie 「彼ら」である。つまり、彼ら=ケモアウクら他の兄弟たちが「(バルディオクを)信頼できないだろう」と、書いてあるのだ。

 アリオルクが物質化して、バルディオクの思索を断ちきった。
 虚栄心に満ちた強者はあらたな衣服をまとっていた。幻想からとりだしたような、狂った装飾と唾棄すべき色彩の制服めいたやつだ。両腕の肘から先だけ持ちあげて、踊るようにバルディオクに歩みよった。
「親愛なるバルディオク」と、慈愛に満ちた声で、「いったいどうして、こんなことになったのだ?」
「そのなりを見てみるがいい!」バルディオクは侮蔑をこめて、「一目瞭然だろうが!」

原文:
“Wie hatte es nur dazu kommen können?”
“Sieh dich an!” antwortete Bardioc verächtlich. “Dann weißt du es!”

アリオルクの質問「なぜ?」を「なにが起こったのだ?」と誤訳した時点でアウト。
バルディオクの返答は、分離動詞 ansehen「正視する、見てわかる」で、「自分(のイカレた服装)を見てみろ!」となる。俺も、おまえも、今の仕事に疲れてブッこわれちまったんだよ、ということ。

 アリオルクは一瞬たりと動じなかった。バルディオクの周囲をぐるりとまわる。まるで観察に値する珍獣だとでもいうように。

原文:
für keinen Augenblick

一瞬だけは、für nur einen Augenblick である。言わせんなよ恥ずかしい。

「どこで見つけた?」と、ケモアウクに訊ねる。
「どこでもよかろう」ケモアウクは曖昧な身ぶりをして、「それが何の役に立つ? わたしはかれを見つけ、ここへ連行した。重要なことは、それがすべてだ」

原文:
Spielt das eine Rolle?

ハヤカワ版だと「なにを演じているのだ?」と、ケモアウクがアリオルクを無駄に揶揄している。アリオルクがイカレていることは、ケモアウクにとり既定事実なので、いちいち反応しない(参考:ムルコンの登場シーン)。
主語が du なら、まだわからないでもない。しかし、主語は「それ」 das ――この場合、前のアリオルクの質問「どこで(バルディオクを)見つけた?」とイコールだ。「どこだっていいだろ」というケモアウクの返答の文脈から、わかりそうなものだ。

「で、かれをどうするのだ? 物質の泉に突き落とすのか?」
正気か?」ケモアウクはぴしゃりといった。「かれは処罰されるが、そんな方法ではない」

原文:
Bist du von Sinnen?

「それにどれほどの意味がある?」(ハヤカワ版)って……その訳文は、さっきのとこで使おうぜ。
名詞 Sinn には「意味」という意味(笑)があるけれど、前置詞付きの熟語で von Sinnen sein 「正気をうしなっている」というのが、ちゃんとうちの独和にも載っている。

 その瞬間、バルディオクは気づいた。ケモアウクも、もはやかつてのかれではないのだと。兄弟が自分をリーダーとみなしているというのが、ケモアウクにとっても、これまで暗黙の了解だった。どうやら、その自信が揺らいだらしい。

原文:
In diesem Augenblick erkannte Bardioc, daß auch Kemoauc nicht mehr der alte war.

ハヤカワ版の「ケモアウクはまだ老けこんではいないらしい」というのは、どこから出てきたんだろ。alte を「老人」Alte のタイプミスと見たのかね……。ただ、auch 「~もまた」があるから、他に前例がなければこの解釈は成り立たないのだ。「ケモアウクもまた、もはや老人ではなかった」……だと、変だよね?(パルトクの登場はもっと後だし、元来かれらは不老不死だ)
ここは der alte Kemoauc 「昔のケモアウク」の省略とみなすべき。「今のケモアウク」は自信が揺らいでるから、高圧的な物言いになった……と、バルディオクは思ったということだ。
バルディオクは、まだわかっていない。何百万年にもわたり、つねに冷静沈着な頼れるリーダーだったケモアウクが、史上はじめてキレかけているのだ。

 アリオルクが、差しのべた自分の両手をじっと見て、
「まあ待つさ」それから、瓦礫の上空に生じた発光現象を指して、「どうやらムルコンが来たようだ」
 しかし、あらわれたのは、いかついロルヴォルクだった。かれはアリオルク、バルディオクと視線を移し、それからケモアウクに向かい、
「どちらだ?」と、吠えるように、「アリオルクか? バルディオクか?」
「どちらだと思う?」ケモアウクが反問でこたえた。
「アリオルクだな」と、ロルヴォルクは躊躇なく、「こいつが裏切ったのだ」
 ケモアウクが笑みを浮かべた。
「わたしだ!」と、バルディオク。
 ロルヴォルクは肩をすくめた。
さっさと済ませてしまおう。あとの連中はいつ来るかわからん。裁判官が、五人から三人になったところで変わるまい」

原文:
“Wir wollen die Sache hinter uns bringen”,

ハヤカワ版だと「では、問題解決だな」と、ロルヴォルク超せっかちさんである。
ここは、「われわれ、この案件を過去のものにしたいのだ」が直訳。
一部の北米先住民の神話だと、未来は後ろからくるものみたいだけど(笑) 後にしてきた、といえば、だいたいは「済ませてきた」=「過去にした」だろう。
主語が wir なのを、「みんなー、この問題を過去にしたくないかー?」という某大陸横断ウルトラクイズのりでとらえてみたのが、上記試訳になる。

「いや」ケモアウクが反駁した。「待つのだ」
 ロルヴォルクは悪態をつくと、瓦礫の上にあがり、うろつきはじめた。
まるで先延ばしにできない仕事を中断された労働者のようだ。バルディオクは憐憫とともに思った。だが、そんなことはありえない。
 おそらくロルヴォルクは、今回の危機を兄弟のなかで最もたやすく乗り越えるだろう。いかつい風貌は、その魂の表出といえた。
 しばらくすると、ムルコンがあらわれた。あるいは謎めいた客人たちを連れてきたりしないかとバルディオクは案じていたが、さすがに杞憂だったようだ。
「想像できるかね」と、ムルコンは挨拶代わりにいった。「わたしは宇宙の城をうしなうだろう

原文:
Ich werde meine kosmische Burg verlieren.

ハヤカワ版では「うしなった」とかなっているけど、接続法ですらない、単純な未来形である。I will lose my castle. だ。まだ、うしなってない。(後述)
また、単純な未来形であることは、「城をうしなう」という事実が、ムルコンにとって確定的、あるいは希望的な、素直な未来であることを意味する。(これまた後述)

「なんだと?」ちょうど戻ってきたロルヴォルクが、「何をばかなことをいっている?」
 ムルコンは両手をひろげた。いかにも快活なようすで、
「城をうしなうだろう、といったのだ。招待していた者たちが、わがもてなしを悪用してな。叛乱を計画し、城の占拠を宣言した。わたしは内部エリアへの撤退を余儀なくされ、いまはそこで暮らしている。内部エリアも現在包囲され、陥落も、もはや時間の問題だ

原文:
Sie belagern mich, und es ist nur noch eine Frage der Zeit, dann fällt auch dieser Teil meiner Burg.

ハヤカワ版「客たちはわたしを包囲しており、いずれ城の一部を破壊するだろう」って……。
「この部分」dieser Teil =「内部エリア」がわからなかったのだろうか。
それ以前に、Frage der Zeit を「時間の問題」って読めないんかね?

「この件が片づきしだい、われわれも同行しよう」と、ロルヴォルクが申し出た。「ごろつきども、銀河間の虚空に放逐してくれる」
「やめてくれ」ムルコンは拒絶して、「これはわたしと客たちの間の問題だ。つまるところ、かれらを招いたのはわたしだしな

原文:
Schließlich habe ich sie zu mir geholt.

ハヤカワ版曰くのように「解決できる」とは、ひと言もいっていない。そもそも、次のセリフを見ればわかるとおり、ムルコンは解決など望んでいない……けど、なんか解決するっぽく訳してるなあ(笑)

「もどってはいかん!」と、アリオルク。
 ムルコンは顔をなでた。表面的に快活をよそおっているが、バルディオクには、かれがいまにも崩れおちそうに見えた。
「いや、もどる」と、きっぱり宣言する。「叛乱に成功したあと、客たちがわたしをどう遇するか想像すると、胸が躍るのだ。あるいは、今度はわたしがもてなされる側にまわるのかもしれない――おのが城の虜囚として」

原文:
Ich bin gespannt, was sie mit mir anstellen, wenn die Revolte erfolgreich beendet sein wird.

ハヤカワ版は「わたしを捕まえれば、反乱も終わると期待している」だが、wenn「もし~だったら」の位置関係が絶対的におかしい。原文後半は「もし、反乱が成功裏に終結したら」である。
gespannt は「切迫した」あるいは「今か今かと待ち受ける」の意味だが、わかりやすい例をあげると、ネタバレ掲示板等で、「おもしろくなってきた! 次をわくわくしながら待ってるぜ!」てな形で用いられることが多いのである。
したがって、このセリフは「負けてつかまったら、いったい何されるのかなあ(ゾクゾク)」なのだ。ここで、ムルコンもまたブッこわれていることが判明する。
MはムルコンのMだったというオチである(をひ

 バルディオクは身震いした。ふと見ると、ケモアウクもまた同様だった。だが、これまでケモアウクはまだひと言も口をきいていなかった。ムルコンに帰還を思いとどまらせようとも、援助を申し出ようとさえしない。ケモアウクには、かれら全員がどういう状況にあるかわかっている。だからこそ、沈黙を守っているのだ。
「きみが宿を貸している客とは何者なのだ?」ロルヴォルクが訊ねる。「ことこの状況にいたれば、教えてくれてもよいだろう。だれを最初に招いたのだ?」

原文:
Unter den gegebenen Umständen könntest du uns einweihen.

ハヤカワ版は「どういう状況にあるのかはわかった。だが、」。
動詞 einweihen の意味は「伝授する、落成する、(秘密等を)打ち明ける」。「状況を(われわれに)打ち明けた(わかった)」って読んだのかなあ。かなり好意的(強引)な解釈だけど。
素直に考えれば、「与えられた状況下では/きみはわれわれに einweihen できるだろう/(だれを最初に招いたのかを)」となる。状況「を」 einweihen するわけじゃないのだ。

実はこの文章には前段があって、149pの「裏切ったわけではないが」が、「他にだれがいるのか、ムルコンはけっして明かさなかったが」の誤訳なのだ。前回書いた、verraten ×「裏切る」、○「吐露する」の実例なわけ。前提がないから、正しく訳せないわけである。

「いつか訪ねてきてくれ」と、ムルコン。「そうすればわかる」
 そこへ青白いエネルギーの微光とともにパルトクがあらわれた。陰気な男の姿があらわになると、その場の全員を衝撃が襲った。

原文:
Als der Düstere daraus hervortrat,

ハヤカワ版は「どんよりした空が明るくなる。」……。
daraus は「それ(微光)から」。Düstere は、düsterer Mann 「陰気な男」で、実際ハヤカワ版でも前の章ではパルトクをそう形容していた。
だいたい、“平面”の空は、いつも星空じゃろが……って、その前提が成り立ってなかったんだっけ。

 パルトクであることは見違えようがない。だが、かれは“老いて”いた。
「なにをそうまじまじと見る?」と、パルトクは挑むようにいった。
 ケモアウクがかれに歩み寄り、その手をとると兄弟たちのもとへ導いた。
「何が起きた?」と、おだやかに訊ねる。
「見てのとおりだ」パルトクがうなるように、「不死性を放棄した。まだここへやってこられたとは、奇跡だな」
 バルディオクは気が狂いそうだった。兄弟のひとりの変わりはてた姿を見るのは耐えがたかった。
「放棄した?」アリオルクはどもった。「理性をなくしたのか? その喪失にひきあうものなどないのだぞ! なにひとつ!」
 そういうと、アリオルクはパルトクに歩みより、その胸をこぶしで殴りつけた。パルトクは人形のようになすがままであったが、顔をゆがめ、咳き込みはじめた。
「やめるんだ!」ケモアウクが命じた。
「なぜだ?」アリオルクは吐き出すように、「なぜ、そんなことを?」
 パルトクの遠い視線はアリオルクを見ていなかった。その双眸に熱病のような輝きが宿る。バルディオクは、陰気な男の胸中を悟った。その心は、すでにここにはない。
死すべき女を愛したのだ」と、パルトク。

原文:
Einer Sterblichen zuliebe.

ハヤカワ版は「死すべき者のためなのだ」……うん、正しい。正しいよ、独文和訳としては。zuliebe は「(III格と)~のために」だからね。でも、そこに「愛(Liebe)」があることを、ちょっと考えてほしい。
独独をみると「jemand zu Gefallen」(Gefallen は「好意」、 zu Gefallen で「~のため」)とか「weil es jemand gern möchte」(その人が好きだから)とか、要するに「好きな人のため」なのだ。
そして、問題のIII格の名詞は……これ、女性形である。
女で身を持ちくずした」ことがわかんなくっちゃダメだろうwww
だから、アリオルクの質問が「では、きみは自分の城で生きるのだな?」(ハヤカワ版)とか、「彼女と」をとっぱらって意味不明になっちゃうのだ。

 アリオルクがびくりと身を縮め、
「城でいっしょに暮らしているのか?」
「兄弟よ」と、パルトクは泰然と、「きみは何もわかっていない。わたしは彼女のもとで暮らしている。別の世界で、幾百万の死すべき者たちとともに」
「正気の沙汰じゃない!」アリオルクが叫んだ。
「死すべき者の人生は」と、パルトクは夢見るように、「短く、めくるめく陶酔のようだ。美酒に満たされた杯を傾けるのにも似ている。ひといきに飲み乾せば、すべて終わってしまう。狂ってはいないよ、アリオルク。わたしは選択をしたのであって、その結果に満足している」
 ロルヴォルクが兄弟たちの間に歩み出て、パルトクを指さし、
かれが――死すべき者が――不死者を裁けるのか?

原文:
Kann er – ein Sterblicher – über einen Unsterblichen richten?

ここでいう「死すべき者(単数)」はパルトクで、「不死者(単数)」はバルディオクである。こんな単純な比喩表現がわからないのでは、小説なんて訳せるはずがない。
ハヤカワ版では「かれら……死すべき者を、不死者が導くのか?」としている。しかし、「かれら」に相当する位置にあるのは er 「かれ(単数!)」だ。いったいどこで人数が増えてしまったんだろうか。

あと関係ないけど、以前から思っていることだが、ハイフンはハイフン、三点リーダーは三点リーダーとして訳そうよ。使い分けで「溜め」の雰囲気が、がらっと変わるんだからさー。

「わたしはそんなことに価値を見出さない」と、パルトクはいった。「ひょっとして、裏切り者の追放先に、わたしのもとを選ぶ気か? かれを死すべき者たちのもとへ伴うことには、異存ないが」

原文:
“Vielleicht verdammt ihr den Verräter dazu, mit mir zu kommen. Ich bin bereit, ihn mit zu den Sterblichen zu nehmen.”

ハヤカワ版では「もしかすると、きみはそれを裏切りと解釈するかもしれないが……わたしは進んで死すべき者のなかにはいっていくのだ。」となっている。原文中の「裏切り者」、「かれ」が、どちらもバルディオクを指していることさえわかっていないのだ。
前半を直訳すると……「あるいは、君たちは裏切り者に呪いをかける(罰をくだす)かもしれない、わたしとともに行くという」くらいかなあ。

パルトク的には、バルディオクに同情を寄せるところもあり、「死すべき者の世界も、よかとこじゃよ?」みたいな申し出なのかもしれない……バルディオクは冷や汗たらしてる可能性大だが(笑)

「パルトクは依然われわれの一員だ」と、ケモアウク。「ゆえに、かれも評決に参加する」
 “かれを”裁くために集まったことは、すっかり忘れ去られてしまったな、とバルディオクは皮肉に考えた。裏切り者の処罰が問題だったはずなのに、ほとんど話題にすら昇らない。これでは、無罪を告げる以外、選択の余地はないのではあるまいか。とはいえ、そんな幸運が訪れるはずもないこともわかっていた。

原文:
Fast schien in Vergessenheit geraten, daß sie seinetwegen gekommen waren, dachte Bardioc.

ハヤカワ版では、わざわざ強調までかまして「それも、ほとんど〝ケモアウクのため〟の決定ではないか……」とかやっている。おまけに「忘れ去られた」ことが、忘れ去られたようだ(笑)
かれらが(sie)来たのは(gekommen waren)、かれのため(seinetwegen)、なのだ。はて、6人の強者がここに集ったのは何のためであったろうか……。
ケモアウクを賛美するためじゃないだろう?

 不屈のケモアウク、伝統を決してないがしろにしない男が、頑固なロルヴォルク同様、無罪への道に立ちはだかる。この二票に対するのが、ムルコンとパルトク。すなわち、決着をもたらすのはアリオルクということだ。アリオルクは、疑う余地なく、ケモアウクやロルヴォルクと同じ決断を下すだろう。

原文:
Der unbeugsame Kemoauc, der die Traditionen niemals verleugnen würde, stand einem Freispruch ebenso im Wege wie der harte Lorvorc. Diese beiden Stimmen gegen die von Murcon und Partoc, das bedeutete, daß Ariolc die Entscheidung herbeiführen mußte. Ariolc, daran bestand kein Zweifel, würde so entscheiden wie Kemoauc und Lorvorc.

ハヤカワ版では、「ケモアウクは(中略)ムルコンとパルトクを〝無罪〟とした」、「アリオルクは(異議を唱えた)」、「ケモアウクとロルヴォルクの合議で決定とする」って……もう現場で何が起きているのか、読者には皆目わからない。ドイツ語の単語の上に日本語の意味を書いて、意味が通じるように並び替えてみた……という、語学初心者的な訳文だ。
余分な修飾をとっぱらって考えれば、そんなに難しくないのに。Kemoauc stand im Wege / wie Lorvorc. 「ケモアウクが道に立ちふさがる、ロルヴォルクと同じく。」だ。
この本文がわからないまま、「伝統」と「無罪」をどこにあてはめたらいいか迷ったあげく、次の文章と“合体”してしまっている。さらにあぶれた gegen が、アリオルクの方へくっついて……。
機械翻訳ならば、翻訳ソフト買い換えた方が良いよー、と助言するところだが、そうでないのだとしたら、いったい何を買い換えてもらえば良いのだろうか。
die (Stimmen) von Murcon und Partoc. と補うだけで、だいぶわかりやすいと思うけどなあ。

「兄弟よ」と、ケモアウクはバルディオクに、「きみには発言する権利がある。罪を軽減するかもしれない、あらゆることを」
 耳を傾けるものなどいるのか? バルディオクは自問した。
 極刑を決定事項とみなすロルヴォルク?
 おのが城での決定的敗北を熱望するムルコン?
 屍も同然で、心は死すべき女への愛でいっぱいのパルトク?
 自分の見せ場をつくることしか頭にないアリオルク?

原文:
Ariolc, der nur daran dachte, sich selbst um jeden Preis in Szene zu setzen?

これまた名詞 Szene の項に、「sich in Szene setzen 《俗語》自分をひけらかす」とある。ハヤカワ版の「どのようなことがあっても動じない」って、その訳は251pのアリオルクの説明に使うべき(爆)
とゆーか、ここは、壊れてない兄弟の無神経っぷりと、壊れた兄弟たちのダメっぷりを列挙して、バルディオクがあらためて不安かつ悲しい気持ちになっていくシーンである。そういう小説としてあたりまえの表現技法も読み取れないのかなあ。

 聞く耳を持っているのはケモアウクだけではないか。
 そしてケモアウクは全員の行動原理を、おのれのもの同様に承知している。ケモアウクには説明など必要なかった。
「いや」バルディオクはいった。「話したくない」
 ケモアウクは兄弟のサークルを見まわして、
「だれか、バルディオクを弁護しようというものはいるか?」
 だれひとり反応しない。
「では、わたしが弁護しよう」驚いたことに、ケモアウクはそう告げた。「かれの蒙昧を、先見の無さを語ろう。かれに責務を負わせることがゆるがせにされてきたことを語ろう。かれ、不死なる者が、同じ動きしかくりかえさぬ一種の機械たらしめられ、その尊厳が貶められてきたことを

原文:
Ich werde von seiner Blindheit sprechen, von seiner Ahnungslosigkeit. Ich werde davon sprechen, daß man es versäumt hat, ihn in die Verantwortung zu nehmen. Man hat ihn, einen Unsterblichen, zu einer Art Maschine herabgewürdigt, die immer ein und dieselbe Bewegung ausführen muß.

原文中に出てくる主語 man は、「人間一般」を意味する、翻訳の際に取扱いがめんどーな単語のひとつだが、この場合、「世の中(世間一般)」で良い。「バルディオクは悪くない。世の中がみんな悪いんや」である。敢えていうなら、かれら七強者に使命をあたえた「委託者」――後に云うコスモクラート――を指す代名詞と思えばいい。少なくとも man =バルディオクということはありえない。
永遠の生命とか与えられて、あとはただひたすらボタン押すだけの仕事をさせられてたんだから、同情の余地はあるよね? という弁護である。
ここを、ハヤカワ版みたいに「この者は不死者の権威を(中略)貶めたのだ」と誤訳したら、弁護でなくなってしまう。嫌味ですらなく、直球の糾弾である。これに感動して感謝するバルディオクは、言葉責めにもだえるムルコンM2号ということになってしまう(笑)

 バルディオクはそれ以上、耳を傾けなかった。ケモアウクはもう一度、どのようにこの裏切りにいたったかの詳細を語った。その言葉の端々には、理解と――バルディオクにとってはいっそう驚くべきことに――七強者へ使命を与えた者に対する、かたくなな憎悪がにじんでいた。
 よりによって、伝統主義者にして最も忠実なケモアウクが!
ここで問題とされるのは、物質の泉の意味や“召喚”の正当性ではない。それらすべてに異論の余地はない。問題は、われわれが無慈悲に使いつぶされてきたことだ。おのれの城で意識を得て、生きはじめた瞬間から、われわれは利用されていた。われわれにチャンスなどなかった。バルディオクにもだ」

原文:
Es geht hier nicht um die Bedeutung der Materiequellen oder um die Berechtigung des RUFs”, sagte Kemoauc. “Das alles ist unumstritten.

es geht um ~ 「~が問題だ」は、 es handelt sich um ~ 「~である」や in der Lage sein ~ 「~できる」と並んで、翻訳するのに厄介なドイツ語の慣用表現。
ただ、次の文章を含めた段落全体で見てみると、案外単純な構造が見えてくる。最初に Es geht nicht um… 「~は問題ではない」と表現し、次の文章で Es geht um… 「~が問題なのだ」と表現している。段落規模の、nicht A (sondern) B (AじゃなくてB)である。
ハヤカワ版みたいに「語られたことはない」んじゃなくて、いまそれを語る必要はない、のだ。

「兄弟よ」バルディオクは感動していった。「感謝する」
「ではあるが」と、ケモアウクは動じることなくつづけた。「バルディオクはおのが意志の主人であった。自分のしたことを承知していた。かれは、われらが兄弟ガネルクが、監視者カリブソとして追放の生を送らなければならないことに責任がある。もしいま、時知らざる者の同盟の瓦解がはじまるとしたら、それもまたバルディオクの咎だ。そのために、そのためだけに、かれは処罰されねばならない」
 胞子船の濫用や“大群”の操作は不問にされたわけだ、とバルディオクは理解した。だが、兄弟への裏切りは別だ。
「評決をとる」と、疲れた声でケモアウクが告げた。「かれのいったことを、皆よく考えてほしい。わたしは、有罪に票を投じる」
 ロルヴォルクが両のこぶしを握りしめ、一歩前へ出ると、
「有罪!」
「無罪だ!」と小さな声でムルコン。
「うむ。無罪!」と、パルトク。
 アリオルクは決定権を行使するのを楽しんでいた。背筋をのばし、幻想から生まれた制服のすそをつまむ。吐き気がして、バルディオクは目をそらした。

原文:
Bardioc sah angeekelt weg.

これだけ、独立した文章である。主語はバルディオク。
それが、どうしてハヤカワ版は「(アリオルクは)バルディオクに軽蔑の視線を向け」になるんかね。
ちなみに、バルディオクのとった行動の結果を思うと、ひょっとして、ここで目をそむけずにアリオルクの服を誉めたら、無罪だったんじゃなかろうか?(笑)
泥をかぶっても(笑)の気概がないバルディオクには、この期に及んで、まだ事態の深刻さが理解できていない。だから、ケモアウクの判決を聞いて、がーん、となるわけだ。

「有罪だな」と、ついにアリオルクがいった。
「きみは時知らざる者の同盟を裏切った」ケモアウクが宣告する。「兄弟を裏切った咎により、有罪となす。バルディオクよ、知ってのとおり、われわれにきみを殺すことはできない。だが、可能なうちで最も重い量刑が科される」
 バルディオクは顔を殴られたように、よろめき後ずさった。頭に血がのぼり、
「うそだ!」と、必死に叫んだ。「そんなこと、できるはずがない」
 ケモアウクの顔に生気はなかった。瓦礫の上空に渦巻く星団の光を浴びて、まるでいわおのようであった。

原文:
Kemoaucs Gesicht war ohne Leben. Im Licht der wirbelnden Sonnenmassen über dem Bruchstück wirkte es wie ein Stein.

原文、かっこいいんだけどねえ……。
いろいろこみあげるものを、意志の力でおさえつけてる顔だろう。
ハヤカワ版「ケモアウクは顔面蒼白で」、って、いまにも貧血で倒れそうにしなくてもよさそうなもの。

「判決は、肉体剥奪だ」

-*-

 ひとりまたひとりと、互いに見知らぬ者同士のように去っていった。それぞれがすでに自身の問題で頭がいっぱいなのだ。結局、“平面”の残滓に残ったのは、ケモアウクとバルディオクだけだった。バルディオクはすすり泣いた。
「わたしに丸投げだな。だが、まあ、承知しておいてしかるべきだった」と、ケモアウクが嘆いた。

原文:
aber das hätte ich wissen sollen.

自信喪失したリーダーが、おのおの勝手なことをはじめた仲間たちについて、馘になったメンバーに向かってぼやくの図。
どこぞのプログレバンドにでもありそうな、イヤなシーンである。削除されたのもむべなるかな(をひ

(中略)
 脳髄をおさめたカプセルを適当な洞窟に設置すると、ケモアウクはおのれの城へと戻った。バルディオクのことを思考から閉め出す。
 ほかの強者たちのことも忘れた。

原文:
Auch die anderen Mächtigen vergaß er.

ハヤカワ版は「ほかの強者も同様に、裏切り者のことは忘れたようだ。」。
たしかに、die anderen Mächtigen 「ほかの強者たち」だけでは、主語(I格)か目的語(IV格)かわからない。しかし、vergaß が、動詞 vergessen 「忘れる」の過去形であり、対応するのは主語が一人称単数ないし三人称単数である場合なのは、ちょっと調べればわかるはず。複数形なら、vergaßen でなくてはならない。
er が三人称単数I格であることは、いまさら言うまでもないこと。
したがって、主語は er (ケモアウク)である。
ひるがえって、「ほかの強者」はIV格の目的語であることがわかるので、「同様に(auch)他の強者たち“を”、かれ(ケモアウク)“は”、忘れた」のだ。
こんな短い文章の、小学生の国語レベルの初歩文法を、説明されなきゃわからんのか?

 いつか、数千年を経てから、かれは城を封印し、立ち去った。
 ケモアウクはいずことも知れない目標へと姿を消し、以後、その姿を見たものはなかった。

……。
前から書いてることだけど、格と性と数と時制はちゃんと訳せ……というのも詮無い、文章構成の基本すら放り出したような例が多いのには驚かされる。
主語くらい、ちゃんと確認しようよ。
知ってる単語だけで文章ねつ造しないでね?
わからない単語は、ちゃんと辞書引こう?
カンマで区切られた文章は、どこがどこの修飾か切り直してね?
とか、大学の第二外国語の教師でさえ言わんよーなこと、言いたかないよ。わたしだって。
超訳をきどっているのかもしれないが、原意のかけらもないこんなの、ただの誤訳だ、誤訳。

正直、これは訳者の問題だけでなく、編集者の問題でもあると思う。
ローダンのためだけにドイツ語なんて勉強してられんだろーし、原語がわからないのはしょうがない。でも、現状だと、日本語として読んで、おかしなところをチェック・指摘するという、編集者として最低限の作業がなされているとは、とうてい思えない。
しょせんローダン・シリーズなんてドイツの週刊低俗読み物だから、適当に書きなぐった文章の寄せ集め……だから、訳者がいくらがんばっても意味不明な文章にしかならないとこもあって当然、とか、原文(ドイツ語)読めるやつなんて、そうそういないから、文句つけてくることもないだろし、適当に読み流してりゃいいや……なんて、バカにしていないだろうか?
もし、そんなことないというのなら、日本語として意味の通らない文章にOKが出ているのは、いったいなんでだ?

『バルディオク』の著者であり、当時のシリーズの草案作家でもあったフォルツは、ローダンに心血注いで(そのために、まちがいなく生命を縮めて)46歳で亡くなったのだ。力及ばぬところはあったとしても、手抜き仕事なんてしていない。
そのかれの、最高傑作のひとつが、邦訳として多くのファンに読まれることは、一ローダン・ファン、一フォルツ・ファンである自分にとって、快哉して慶ぶべきことだったはず。

なのに、これでは、ちっともうれしくないのだ。

続^3 850話・脳髄☆ねっとわぁく

またまた(まだまだ)850話『バルディオク』の翻訳について。
今回のテーマは、前回書いたとおり「脳」。
というより、4章にて登場する脳髄ネットワーク構造の話である。

さて、とりあえず以下の画像をごろうじろ。
PR0850tibi
© Pabel-Moewig Verlag GmbH, Rastatt

850話『バルディオク』の表紙イラストである。ホラ、BARDIOC。
ご確認いただいたら、次へ進もう。

ローダン・ヘフトをン十年も描きつづけた故ジョニー・ブルックは、あからさまな手抜き絵(内容と無縁な絵、コラージュっぽい流用絵)も散見されるが、多くは本文の描写を忠実に再現している。今回、遠景に「城」が描かれているあたり、「宇宙の城」を連想させるご愛嬌……かもしれない。

(1) 消えたストラクチャー

いきなり、今回最悪の誤訳(?)である。

■175p

ハヤカワ版:
 しかし、植物におおわれた地上のほうが、はるかに幻想的であった。球体の着陸した台地から平地にかけて、奇妙な森がつづいている。森林と藪はありとあらゆるところで成長し、見わたすかぎりグリーン一色におおわれていた。
原文:
Aber noch viel phantastischer war das bewachsene Land. Von dem Plateau, auf dem die Sphäre zur Landung ansetzte, erstreckte sich ein merkwürdiger Wald bis weit in die Ferne. Die Bäume und Büsche, die dort dicht nebeneinander wuchsen,wurden von einer Struktur überwuchert, die fast überall zu sein schien und die Perry Rhodan an irgend etwas erinnerte.

試訳:
 しかし、植物におおわれた地上のほうが、はるかに幻想的であった。球体が着陸しようとしている台地から、奇妙な森がはるか彼方までひろがっている。みっしり生い茂る樹木と下生えは、いたるところで、ペリー・ローダンに何かを思い出させる構造体におおわれていた。

はい、バルディオクのネット構造の記念すべき初登場、すっぱりカットぉ。
……って、うぉいぃいいいっ!!
だから! 無分別に! 原文を削除するなってば!
しかもグリーン一色ってなんやねん。あ、関係ないけど着陸すんの9行後だからっ。

翻訳をまちがえることは、誰しもあるだろう。それは、いい。下訳を読みかえして、つじつまの合わない箇所に「?」と疑問をいだき、正解をたぐりよせればいい。だが、消してしまったら、もうどうしようもなかろうに。しかも上書きつき。

そして、この後始末が、またひどい。

(2) ローダン、白昼夢を見る

どうやってごまかしたかとゆーと――

■176p

ハヤカワ版:
 すると、脳裏に異質なヴィジョンが浮かんだ。
 奇妙な構造物だ。植物すべてをおおうネットだろうか? それがはてしなく蛇行し、分岐している。
 これがバルディオクのコミュニケーション・システムなのか?
原文:
Rhodan sah noch immer das fremdeartige Bild vor seinem geistigen Auge.
Was war das für eine seltsame Struktur, die sich wie ein Netz über fast alle Pflanzen erstreckte? Ein Netz schier endloser Windungen und Verästelungen.
Handelte es sich vielleicht um ein Kommunikationssystem BARDIOCs?

試訳:
 ローダンの脳裏から、いまもあの異様な光景が消えなかった。
 ネットのようにあらゆる植物をおおうあの奇妙な構造体はなんだ? ほとんど無限に曲がりくねり、枝分かれした網は?
 あるいは、あれがバルディオクのコミュニケーション・システムなのか?

いきなり脳内にヴィジョンが送り込まれてきた!……ことにしたぞハヤカワ版!(爆)
見てるよ、それさっき実物見てるー!
そりゃさっきの場面では「構造体」としか、ろくに説明してなかったけどー。

ココロの目の前には、いまなおさっき(定冠詞なので)の映像が、である。私的「einとderの法則」にしたがっても、定冠詞のついたこの映像は以前に登場しているはず(笑)なのだ。
したがって、ここでは「少し前に見たあの場面を思い出してる」だけである。なのに、その「少し前に見たはずの場面」を削除した(あげく、それがどこだかも忘れた)から、ローダンがいきなりありもしない白日夢を見たことになってしまう。

原書だと、おなじ見開きにある文章なんだけどねぇ……。

(3) 動物のことも忘れないで

■177p/178p

ハヤカワ版:
 台地に降りたち、振り返ると、球体は見えない。甘ったるい匂いが鼻をつく。数歩はなれた藪のあいだに、アンテロープに似た動物が立ち、こちらを油断なく見つめていた。
 あたりに目をやると、頭上がネット状構造物におおわれているのがわかる。これはどこまでも、果てしなく伸びているのだろうか?
 動物に視線をもどし、近づこうとした。そのとたん、相手はくるりと半回転して、急斜面を駆けおりると、やがて林のなかに消える。
原文:
Das Plateau fiel nach der Seite, die Rhodan on der Sphäre aus nicht hatte sehen können, steil ab. Süßlicher Duft stieg Rhodan in die Nase. Ein antilopenähnliches Tier stand ein paar Schritte von dem Terraner entfernt zwischen niedrigen Büschen und äugte mißtrauisch zu ihm herüber.
Rhodan beobachtete es. Täuschte er sich oder trug es auf seinem Rücken ein Stück jener netzartigen Struktur, die sich fast überall ausgebreitet hatte?
Rhodan machte einen Schritt auf die Kreatur zu, doch sie warf sich herum und floh den Steilhang hinab, wo sie wenig später zwischen den Bäumen verschwand.

試訳:
 台地は球体からでは見えなかった側が、切りたった急斜面になっていた。甘い匂いが鼻をつく。数歩はなれた潅木の茂みから、アンテロープに似た獣がテラナーを警戒するように見上げていた。
 ローダンは動物を観察した。見まちがいでなければ、あたり一面にひろがっている、あのネット構造をしたものの一片が、背中についている。
 一歩近づいたとたん、獣はさっと向きをかえると急斜面を駆けおりて、またたくうちに樹木のあいだに消えてしまった。

ローダンが観察している代名詞 es = Tier (中性名詞)。この点を理解しないから、「全動植物相と共生する」(179p)の動物側の具体例が登場しないという珍妙なことになる。「あたりに目をやり」「視線をもどし」と、2回も原文にない動作描写を創作している余裕があるなら、少しは変だと思ってもらえないものかね?

そして、「頭上がネット構造におおわれている」という部分。
空に何かがあるのは、テルムの女帝の惑星ドラクリオホである。クリスタル構造のコンピュータが、球殻のように惑星を包んでいた。
バルディオクの惑星では、ネット構造の生体細胞(脳)が“地上を”を覆っているのである。

……と、ここで冒頭の表紙イラストを思い出していただきたい。
鹿アンテロープの「背中に」「ネット状構造体」――まさにこの場面である。ジョニーの表紙絵を「これどんな場面かなあ?」と、読者として当然の興味をもって眺め、それから本文にとりかかるならば、こんな誤訳はそもそもあり得ないと思うんだけど……表紙やイラストなんか見てない? ひょっとして。

なんというか、「ドロドロの脳髄(超人のなれのはて)に覆われた惑星」……というこのイメージ。
これがちゃんと伝わっていたら、たとえば426巻の工藤さんの表紙イラストも、まるでちがってたんじゃないかと思うと、ちと残念。えらいリアルな惑星バルディオクの情景を描いていただけたかもしれないのに……。

摘出されたまんまのキレイな脳は、強者バルディオクの脳かもしれないが、超知性体バルディオクの脳は、そうじゃないのだ。

■182p

ハヤカワ版:
 なんとか小川にたどりつき、両手を水につっこんで、思わずからだを震わせる。見たところ、飲んでも問題なさそうだ。あたりを眺めまわすと、反対側の岸には、バルディオクの“枝”が繁茂して、水生植物をおおっている。魚の群れがあらわれたが、その外見が“脳”に似ていても、もう驚かない。
原文:
Schließlich erreichte er den Bach und tauchte beide Hände hinein. Als er den Kopf über das Ufer beugte, erschauerte er bei dem Anblick, den ihm das klare Wasser bot. Von der anderen Seite des Bachs wucherten Ausläufer BARDIOCS bis auf den Grund ihnab, wo sie die Wasserpflanzen überzogen. Rhodan hätte sich nicht gewundert, wenn Fische aufgetaucht wären, die ebenfalls kleine Klumpen der gehirnähnlichen Struktur auf ihren Köper trugen.

試訳:
 ようやく小川にたどりつき、両手を水にひたした。岸から身を乗りだすと、透明度の高い水底にあらわれた眺めにぞっとする。小川の向こう岸から伸びたバルディオクの匐枝が水草をおおっていたのだ。ここに、脳に似たこぶをもつ魚の群れがあらわれたとしても、もうローダンは驚くまい。

外見が脳に似た魚……それどこの水棲アリシア人だよwww
せめて接続法II式であることがわかっていれば、もうちょい傷は浅かったのだが……あらわれちゃったもんなあ、もうすでにorz

鹿のとこでもちゃんと訳せなかったものが、魚なら訳せるはずもないのだけど。“共生”のしくみ、理解できてる? >中のヒト
テルムの女帝のクリスタル球殻を脳細胞に置き換えただけとか…思ってないよね?
もっとも、魚には、思いもよらぬ形状のやつもいたりするから、案外実在するかもしれないけどねえ >脳魚
#あ、金魚かもね(笑)

(4) バルディオク≠バルディオク

以下は、おまけ的に。

■178p

ハヤカワ版:
 そこで、あらたな動きがあった。
 ネット状構造物のあちこちで、大きな根茎状の隆起が生じたのである。宙航士たちは注意深くその大きな塊りを持ちあげ、コンテナに運んでいく。
原文:
Dort begannen sie zu arbeiten.
An verschiedenen Stellen der netzartigen Struktur waren große knollenförmige Auswüchse entstanden. Die Raumfahrer begannen damit, sie vorsichtig von der übrigen Masse zu lösen und in mitgeführte Behälter zu legen.

試訳:
 そこで作業がはじまった。
 ネット状構造体の各所に、大きな根茎状の突起が育っていた。宙航士たちはそれを注意深く大元の塊から切りはなし、携行した容器におさめていく。

まさに 茶摘 である。まあ摘んでるのは、空飛ぶ黒毛皮なわけだが……。
小陛下の“芽”だが、過去完了形なので、「生じて、いた」。別に、ローダンが見守る目の前で、にょきにょきと元気よく成長したわけでもなんでもない。
あと、コンテナは携行(mitgeführt)しないと思うんだ……。

■179p

ハヤカワ版:
 同時に、このすべてをおおう密な組織の正体もわかった。
 何度も否定しようとしたが、そのたびに事実だと思いしらされる。
原文:
Nun wußte er auch, woran ihn dieses Struktur erinnerte, die alles wie ein wucherndes Gewebe bedeckte.
Er hatte die Wahrheit die ganze Zeit über geahnt, sie aber immer wieder verdrängt.

試訳:
 また、すべてを生い茂る組織のようにおおうこの構造が、何を連想させるのかもわかった。
 ずっと真相を察知していながら、そのたびに押さえ込んでいたのだった。

この部分は、最初に抹消された「何かを思い出させる」を受ける部分である。
当然、正しい訳にはならない……が、まあ、うまくごまかせた部類だ。

ハヤカワ版:
 一惑星の全動植物相と共生する、惑星規模の脳あるいは脳に似た有機体……それがバルディオクなのだ。
 ブルロクから示唆は得ていたが、ありえないと思っていた!
原文:
Ein grobal Gehirn oder ein gehirnähnlicher monströser Organismus, der die gesamte Fauna und Flora dieses Planeten zu einer gigantischen Symbiose vereinigt hatte – das war BARDIOC.
Das war nicht der Bardioc aus BULLOCS Erzählung, das konnte er nicht sein!

試訳:
 全動植物相を巨大な共生体として統合した、惑星規模の脳、あるいは脳に似た有機体――それがバルディオクなのだ。
 こんなものは、ブルロクの物語に出てきたバルディオクではない、ありえない!

174pでも、「人類がこれまで戦ってきた超知性体と、話に出てくるバルディオクって、なんかちがう」と、ローダンは考えている。まあ、強者バルディオクはヒューマノイドだし、この脳みそでろーんと、うまく結びつかないのもやむを得ない。
ただ、ナウパウムの話とかも挿入して、そのバルディオクが「脳だけの存在」になることは、くりかえし暗示されているのだけど。

そういえば、851話にあった、

  Bardioc war BARDIOC geworden.

……だったかな(原書が発掘できてないのでうろおぼえ)、「バルディオクはバルディオクになったのだ。」な文章は、「超越知性体になったのだ。」と超シンプルに訳されていた。

(5) バルディオク≒テルムの女帝

■184p

ハヤカワ版:
 とはいえ、あらゆる超越知性体がすべて、このような方法で進化したとは思えない。すくなくとも、“それ”は例外だ。結局のところ、自分はバルディオクと女帝の例しか知らないわけである。
 その背景には、超越知性体同士の対立がかくされているのか……?
原文:
Rhodan durfte nicht annehmen, daß dieser Entwicklungsprozeß für alle Superintelligenzen charakteristisch war (zumindest ES bildete darin eine Ausnahme), aber nach allem, was Rhodan von BARDIOC und der Kaiserin von Therm wußte, waren sie sich in vielen Dingen ähnlich.
Lag darin der Grund für den Konflikt der Superintelligenzen voerborgen?

試訳:
 すべての超知性体が、こうした発展プロセスで特徴づけられると思ってはなるまい(少なくとも“それ”は例外だ)。だが、ローダンが知るかぎりにおいて、バルディオクとテルムの女帝は、多くの点で似通っている。
 二体の超知性体間の紛争の原因は、そのあたりにかくされているのではないか?

似ているから喧嘩する、とローダンは考えたわけだ。
対立しているから、しだいに似通ってくることがないとはいわないが、この場合は逆なのである。要するに、どちらも無条件に領域を拡張しつづけるシステムと化しているから、激突は必至かつ不可避ではあったのだ。

しかし、この、「似ているから」という点が、最後の解決策を導くわけだから、大宇宙よのなかわかんないよねえ(笑)

……。
『バルディオク/宇宙の悪夢』は脳みその物語である。
テルムの女帝という、コンピュータが超知になったような敵と、まさに対蹠的に生身の脳が超知性体に成り上がる、というか、寝ているうちに成り上がってしまう話なのだ。
それなのに、嗚呼それなのに……というのが、今回のすべてである。
まあ、エピローグのあれと、今回のこれに文句つけられれば、後はもう小物ばかりと言ってもいいくらいだし。もういいや。

それにつけても、誤訳どころか、翻訳すらしてねえなあ……orz
「ローダン愛」なんかないのは、わかってるけど。
でも、ローダンだってSFでしょ? SF文庫なんだし。
SF訳すのに、わざわざSF的なギミックを殺す方針とは、おそれいったぜ。

続々850話・影を投げかける誤訳

werfen Schatten voraus…..って、1250話あたりで巻末記事のタイトルで頻出してたなあ。
ぶっちゃけ「将来に影を落とす」くらいの意訳が正解なんだろうけど。
850話『バルディオク』関連、3回目である。
今回は、1章を中心に、「後に影響を及ぼす誤訳」をテーマとしたい。まあ、それ以外のも混じっちゃうけど。

個人的に、なんでこの原文が……という誤訳はもっと大量にあるけれど、気づいたらもう、1章、10章、エピローグと、2割前後訳してしまって、それでも全然先に進まない。テーマは「脳」の次回くらいまでは、さっさと紹介してしまわないとケリがつかないしー。

(1) ひらけてない視界と物質化マテリアライズ

■141p

ハヤカワ版:
 視界が開けた。ライレの姿がある。隻眼のロボットの“からだ”を構成する鋼はやわらかい。不可触の台座のそばにかがみ、すばやく顔に手をやると、空洞になった一方の眼窩を指でたどっている……“肉体”が不完全であることを、恥じるように。
 バルディオクが実体化したのは、青い水蒸気の雲につつまれた平原であった。孤独なロボットが数歩はなれてしゃがみこんでいるのが見える。バルディオクが立案した、不条理で実行不可能な計画が、すべて実現したのだ。
 水蒸気が完全に気化し、さらに視界が開ける。すると、ライレの暗色の外被に光沢がよみがえり、一瞬、新品にもどったような輝きをはなった。
原文:
  Der Anblick war vertraut: Laire war da, der einäugige Roboter mit seinem Körper aus weichem Stahl. Er kauerte neben dem Sockel der Unberührbarkeit und hielt die Hand mit den viel zu kurzen und ausgeblühten Fingern vor die Höhle mit dem Zerstörten Auge darin, als schäme er sich seiner körperlichen Unvollkommenheit.
  Bardioc, der in einer Wolke aus blauem Wasserdampf in der Ebene materialisierte, sah die einsame Gestalt des Roboters ein paar Schritte von sich entfernt dahocken, und mit einemmal erschien ihm alles, was er in letzter Zeit geplant hatte, absurd und undurchführbar.
  Bevor der Wasserdampf sich völlig verflüchtigte, schlug sich ein bißchen davon auf Laires dunkler Außenhülle nieder und verlieh ihr den vorübergehenden Anschein glänzender Neuheit.

試訳:
 見なれた光景だ。ライレがいる。やわらかい金属製のボディをもつ隻眼のロボット。“不可触の台座”のそばにしゃがみこみ、寸づまりの、焼きなまされたような指をした手を、破壊された“眼”のあった、うつろな左眼窩にあてがっている。身体が不完全なことを恥じるかのように。
 青い蒸気につつまれて“平面”に物質化したバルディオクは、うずくまるロボットの孤独な姿を、数歩の距離からみつめた。急に、長いこと練ってきたプランのすべてが、ばかげていて、実行不可能に思われた。
 気化しきる前の蒸気がほんのわずか、ライレの暗色の外被をしめらせ、つかのま新品のような光沢をあたえた。

冒頭の一文からまちがっている、と書いた部分。正確には、「見なれた光景だ:」とあって、コロン以降がその光景の説明。但し、こわれた“目”が左なのは、ここでは述べられていない、先読み情報からとなる。まあどこかでライレのイラストを見ればわかる話だ。
指の修飾である「短すぎる」 zu kurz を、「すばやく」と副詞みたいに訳しているせいで、ライレがバルディオクの出現に反応したように読めてしまう。後述のとおり、座ったまんまが常態である。

で、問題は次の「青い水蒸気につつまれた平原」。
本来バルディオクを修飾している部分を、die Ebene の修飾と考えたせいで、「平原」という訳語の因ともなり、平原をおおう水蒸気が気化して「視界が開ける」という、本来この段落にない表現を生んだ。諸悪の根源である。
おそらく、最初の一文がうまく訳せなかったところに、水蒸気の誤訳から生まれた「視界が~」を入れ込めばいいや、と考えたのではなかろうか。

この「水蒸気」だが、物質化 Materialisation の付随現象で、ケモアウクが金色のオーラ、アリオルクが黒雲、ムルコンが光のカスケード……とそれぞれ特徴がある。どれも、物質化からまもなく消滅するのだが、ハヤカワ版ではそのへんがご理解いただけてない。

■147p

ハヤカワ版:
 雲はすばやく移動し、アリオルクはライレに近づいた。
原文:
  Die Wolke fiel schnell in sich zusammen, während Ariolc zu Laire ging, um sich zu identifizieren.

試訳:
 アリオルクがライレのもとへ認証にむかうと、雲はたちどころに収縮して消えうせた。

まあ、雲から「滑るように歩み出た」 glitt aus … を「“降臨”した」とか訳してる時点で、ギミックを理解しようという努力自体、感じられないのだけど。

以下はおまけ的扱いだが、

  • バルディオクの計画が実行されるのは、これから(仮定法)。
  • 「視界が開けた」だけでライレが新品に見えたら、それは目医者にいった方がよかろう。

(2) “平面”拾遺

■147p

ハヤカワ版:
 大宇宙からくる、恒星凝集体の圧力を感じる。その重力フィールドが平原に襲いかかり、かつて名も知れぬ存在が権力を築いた場所を、虚無にひきよせようとした。
原文:
  Bardioc fühlte den Druck der unvollkommenen Sonnen draußen im Weltraum, ihre Gravitationsfelder umtosten die Ebene und zerrten an ihr, doch sie hing unverrückter im Nichts, dort, wo sie einst von einer Macht errichtet worden war, von der Bardioc nicht einmal den Namen kannte.

試訳:
 バルディオクは、外の宇宙空間、生まれかけの恒星団のもたらす圧力を感じた。その重力場は“平面”の周囲で猛り狂い、引きずり寄せんとする。だが“平面”は不動そのもので、バルディオクのいまだ名も知らぬ勢力によって設置された、虚空のただなかにとどまっていた。

ここが、「最初の時点でちゃんと書いてある(訳せてないけど)」という、“平面”の所在が述べられた箇所である。
「それら(恒星)の重力場が“平面”をとりまくように荒れ狂い、それら(恒星)の方へひっぱろうとする。しかしそれ(“平面”)は虚空にひっかかって動かない。そこ(虚空)は、それ(“平面”)が、ある勢力によって設置されたところである。それ(勢力)について、バルディオクは名前さえ知らない。」が直訳。

女性単数の sie と、複数の ihr が入り乱れているが、読解はそれほど難しくないはずだ。
ハヤカワ版は、そのへんをごっちゃにしていて、「ひきよせようとした」のはいいが、方向が変だし、結果はどうだったのか訳せていない(笑) まあ、結論の部分を一部別の文章へ編入しちゃったので、やりようがないのだが。すでにこの時点で、訳者の脳内では「平原」=惑星上の場所(不動)という属性がインプットされてしまったようだ。

ところで、先読み等であらすじを知っていた読者の方は、今回おや?と思ったかもしれないが、バルディオクたちは、自分たちが仕えている存在が「秩序の勢力」「コスモクラート」と自称していることさえ知らないのだ。
#基本、このあたりの先読み情報では「物質の泉の彼岸の勢力」とだけ表現されている……はずだよなあw

■142p

ハヤカワ版:
 そして……平原は恒星凝集体の放射、重力嵐、熱の洪水により、一日ごとに崩壊が進み、腐食していった。それでも、ライレはずっとここにとどまっている。片目を失ったロボットは孤独で、沈黙したまま、破滅の光景をじっと見つめつづけた。
 この“滅亡”に、おのれの出自の秘密を反映させているのだ。
原文:
  Und doch würde die Ebene eines Tages zerfallen, zernagt und zermürbt von den Gewalt der nahen Sonnen, von ihren Strahlenschauern, ihren Gravitationsstürmen und ihren Hitzefluten.
  Laire würde dann immer noch hier sein, zum robotischen Krüppel verstümmelt, einsam und schweigend, das eine Auge auf das Bild der Zerstörung gerichtet.
  Und er würde das Geheimnis seiner Herkunft mit in den Untergang nehmen.

試訳:
 それでいて、やはり“平面”とて、いつかは崩れ落ちるのだ。近隣の星々の暴虐――放射線、重力嵐、灼熱――に噛み砕かれ、朽ち果てる日が訪れる。
 そのときになっても、ライレはなおもそこにいるのだろう。なかばスクラップとなり果てて、孤独に、口をつぐんで、隻眼を破壊の情景へと向けて。
 そうして、その素性の秘密を抱いたまま、滅びに呑みこまれるのだろう。

これまた、前々回に取りあげた部分の詳細である。片目をかくしたライレがぼーっと座り込んでいるさまを、バルディオクがやけに詩的に観察している。
最後の行は、「秘密を墓場(滅び)まで抱いていってしまう」だろう、なのに。
ここをしつこく取りあげたのには、もうひとつ意味がある。実は接続法仮定部分で話は一区切りついているのだ。

(3) 七強者の人間関係

強者の強は「強いられているんだ!」の強みたいだよなあ……(笑)
それはともかく、かなり強引に話が転換しているせいで、ハヤカワ版ではそのままつながっている。

ハヤカワ版:
 自分には、とてもまねができない……。
 たぶん、自分だったら実際に断念していただろう。ほかの六人がそうであったように。
 いまは自分ひとりだけだ。
 ほかの六人は“召喚”にも、もうほとんど応じない。バルディオク自身は通常の生命領域をあとにして、この平原にやってきた。要求に応じて、急いで到着するために。
原文:
  Ich kann es nicht tun! dachte Bardioc.
  Wahrscheinlich hätte er tatsächlich aufgegeben, wenn einer der sechs anderen bereits vor ihm dagewesen wäre.
  Doch er war allein.
  Kaum, daß der RUF an ihn und die sechs anderen ergangen war, hatte Bardioc seinen normalen Lebensbereich verlassen und war zur Ebene aufgebrochen. Er hatte gewußt, wie ihm nach seiner Ankunft zumute sein würde, und sich entsprechend beeilt.

試訳:
〈わたしにはできない!〉バルディオクは思った。
 もし他の六人のだれかが先に到着していたなら、おそらく本当にかれは計画を断念していただろう。
 だが、かれはひとりだった。
 七人に宛てて“召喚”が発されるなり、バルディオクは通常の生活空間をはなれ、“平面”へと出立した。到着後、自分が弱気になることはわかっていたので、それゆえの性急さであった。

未来に思いを馳せる空想が終わって、バルディオクが計画のことを考える様子へと、話題が変わる。うん、フォルツの原文も、ちょっと唐突すぎる気は、たしかにするわ(笑)
弱気になる(わたしにはそれ(プランの実現)ができない!」)ので、自分を鼓舞する時間が必要、という流れである。まあ、es を「ライレみたいに滅びに呑まれること」と読みたくなるのも無理はない。……けど、「反映している」なんだよね、ハヤカワ版だと。

しかし、ここで、「いまこの場に来ていない」を、「過去、“召喚”に応じていない」という設定に「創作」してしまったことは、後に尾をひく。

■148p

ハヤカワ版:
だれも事情は知らなかったが、こうした“会合”に、何度となく“欠席”してきたのである。また、召喚を尊重することもない。
原文:
Niemand wußte, ob er unter diesem Umstand litt, aber erhatte als einziger jemals bei einem Treffen gefehlt und nicht auf den RUF geachtet.

試訳:
ガネルクがそれを苦にしているかはわからないが、これまで一度だけとはいえ、“召喚”を無視し会合を欠席したことがあるのは、かれひとりである。

本来“召喚”を無視することは大事件なのに、「前例」があるため、インパクトがなさすぎる。そこで、「何度となく」という追加要素がプラスされてしまったわけだ。
あと、ガネルクがちっちゃいのを気にしてるんじゃないの~? という部分も、エピローグに絡んでいないこともないのだが(後述)。

■143p/144p

ハヤカワ版:
 バルディオクのからだに手を触れる。バルディオクもそのコンタクトに応じた。もしかすると、ライレの思考を読めるかもしれない!
「あなたはバルディオク。識別できます」ロボットは作法どおりにいった。
 バルディオクはうなずいたものの、昔の習慣にもとづいた対応はしない。それにより、些細なミスやうっかり本性を見せたくなかったから。それに、今回の“召喚”に対する、ライレやほかの勢力の反応には、とても関心があった。
 “ほかの勢力”については、はっきりわからない。自分もそれに“奉仕”しているのだが。その勢力は“物質の泉”の向こうにのみ存在し、自分も、ほかの六人も、そこにはぜったいに到達できないのだった。
原文:
  Er legte eine Hand auf Bardiocs Körper. Unwillkürlich zuckte Bardioc bei dieser Berührung zusammen. Vielleicht konnte Laire Gedanken lesen!
  “Du bist Bardioc. Ich habe dich erkannt”, sprach Laire die Begrüßungsformel.
  Bardioc nickte, ganz gegen seine frühere Gewohnheit versuchte er nicht, den Roboter in ein Gespräch zu verwickeln, denn er fürchtete, daß er sich durch eine winzige Kleinigkeit verraten könnte. Dabei hätte es ihm auch jetzt noch interessiert zu erfahren, ob jene, die den RUF ergehen ließen, Laire und die Ebene selbst erschaffen oder nur von einer anderen Macht übernommen hatten.
  Bardioc wußte nichts über die Macht, der er diente, vielleicht existierte sie sogar nur jenseits der Materiequellen und würde für ihn und die sechs anderen immer unerreichbar bleiben.

試訳:
 バルディオクの身体に手をあてる。思わずバルディオクはびくりとした。まさか、ライレは思考が読めたりしないだろうな!
「バルディオクだな。識別完了」と、ライレが定型どおりに挨拶する。
 バルディオクはうなずいた。常とは異なり、ロボットを会話にひきこもうとはしない。ごく些細なことから露見しないとも限らないから。“召喚”をもたらす存在が、ライレと“平面”を自ら創造したのか、あるいは他の勢力から接収したものか、その点にはいまだに変わらず興味があったのだが。
 バルディオクはおのが仕える勢力についてまるで知らなかった。それは“物質の泉”の彼岸にのみ存在し、かれら七人には永遠にたどりつけないままなのかもしれない。

わざわざ「“ほかの勢力”」と強調しておいて、まちがいとか……まじ勘弁。
ごくあたりまえの Macht(力、勢力)によけいな修飾をつけるから、「“”」なんて余計なモノをつけないと落ち着かない文章になるのだ。

あと、訳文のバルディオク、突然厨二的才能が開花したの?(爆)

(4) バルディオクの憂鬱

■144p

ハヤカワ版:
 ほかの六人が住まう宇宙の城については、ほとんど知識がない。それに言及することが、ほとんどなかったから。しかし、ほかの六人から見ると、自分が“劣る者”とみなされているような印象はあった。
原文:
  Im Vergleich zu den Heimtätten der sechs anderen war Bardiocs kosmisches Burg ziemlich armselig, und wenn auch nie darüber gesprochen wurde, so hatte Bardioc doch oft den Eindruck, daß er bei den sechs anderen deshalb als minderwertig galt.

試訳:
 他の六人の居城に比すと、バルディオクの宇宙の城はすこぶるみすぼらしい。けっして話題にあがることはないが、他の六人からそのせいで見下されているという印象をうけることが、しばしばあった。

鬱屈の原因がはっきり書いてあるのに、すこーんと訳が抜けている(まちがえている)。
原文に「知識」に該当する語があるなら、「知識が貧相」→「知識がない」でもいい。ないのに、なんで知識の話になってるんだろうね? 「他のに比べて/バルディオクの城は貧相/(以下、劣等感からくるヒガミw)」というのが端的な訳になる。

だから城にいるのがイヤ(144p)なのだし、エピローグでもカリブソが言及している……のに、訳しちがえている。

■265p

ハヤカワ版:
 内なる衝動にしたがって、次はバルディオクの城に向かう。ほかの者とくらべれば、それほど重要ではないように見えるし、あの男なら孤独な新参者を迎えてくれるだろう。
原文:
  Einer inneren Eingebung folgend, hatte er Bardiocs Burg aufgesucht. Sie sah im Vergleich zu den anderen tatsächlich unbedeutend aus, und der einsame Ankömmling konnte sich vorstellen, wie sehr Bardioc das zu schaffen gemacht hatte.

試訳:
 直感にしたがい、バルディオクの城へ向かう。他の城に比べると、実際あまりぱっとしない。それがバルディオクにどれほどこたえたか、孤独な客にはわかる気がした。

おそらく、外見が兄弟たちとちがうガネルクには、それを苦にしていた(148p)からこそ、理解できる気がしたのではなかろうか。まあ、住まいがボロアパート(四畳半、バス・トイレなし)なのを豪邸や高級マンションに住む兄弟に嘲笑されたのがグレた理由というのは、超知性体誕生の遠因としては、ちょっとすごく情けないかもしれないが(笑)

にしても、3箇所ともちゃんと訳せていなくては、その情けない理由もまるで伝わらないのだった。

(5) 胞子船と播種船

■145p

ハヤカワ版:
 あの宇宙の領域に向けて、バルディオクとその同僚六人が建造した強力な播種船が、まもなくスタートするのだ。
原文:
  In ein kosmisches Gebiet ähnlich wie dieses würden Bardioc und seine sechs Artgenossen demnächst aufbrechen, jeder für sich an Bord seines mächtigen Sporenschiffs.

試訳:
 やがて、ここに似た宙域へとバルディオクと六人の仲間は出動することになる。おのおのが、強大な胞子船に乗って。

播種船、という訳語そのものが悪いとは言わない。昔、ポスビを開発したトカゲ種族のベーコン苔船・ラボタックスIIの場合は原語が Saatschiff(字義どおり、“種子船”)じゃん、という反論も、それほど説得力がない。
しかし、“播種船”と訳すことによって、「胞子船」という、ローダン宇宙特有のギミックであることを忘れてもらっては困る。胞子船はコスモクラート技術のかたまりで、通常の意味では「建造」できない(ずっと後に、一例だけ判明するが、それも「育成」している)し、「宇宙の城」同様、コスモクラートからの借り物にすぎない。そもそも今回の話のどこにも「オレらが建造した」という描写はない。

だいたい、7隻しかない(強者1人につき1隻と書いてある)のに、「時間超越者の同盟の一員として無数の播種船を操作し」(426巻127p)とか訳してどーするよ?

以下、余談:
直径1126km(㌔である)の球殻は、他のコスモクラート技術の産物に、しばしば流用される。〈法〉付与機、銀河点火弾、〈インシャラム〉……。今後、そのたびに、「播種船と同サイズ」と連呼することになるのだ。

(6) ケモアウク 嗚呼ケモアウク ケモアウク

■146p

ハヤカワ版:
その指示がなかったら、播種船の積荷を物質の泉に運ぶことはなかっただろう。
原文:
Tiefer als Kemoauc, sagten die anderen, war noch keiner bei der Beladung der Sporenschiffe in die Materiequellen eingedrungen,

試訳:
ケモアウクは胞子船への荷積作業の際、他の誰よりも深く物質の泉に潜行した、と囁かれている。

「その指示」という名詞も代名詞もないんだが……。むしろ tiefer als (≒deeper than)という比較級はどこいったんだか……。

851話で残されたメッセージ「物質の泉には近づくな」ともども、ローダンたちがどこでケモアウクに遭遇することになるかを考えても、ケモアウクの背景設定の一番大きい点なんだけどな、物質の泉深く潜った、ってのは。

■247p

ハヤカワ版:
「たぶん、だれかが物質の泉の向こうに進出し、大宇宙のために貴重な認識を得るべきなのだろう」と、ケモアウクがつづける。「だが、きみはそのリズムを決定的に乱してしまった」
原文:
  Kemoauc fuhr fort: “Wahrscheinlich kann nur jemand, der wie ich tief in eine Materiequelle vorgedrungen ist, den unschätzbaren Wert dieser Naturphänomene ermessen, kann erahnen, was sie für das Universum bedeuten. Und du hättest fast den Rhythmus gestört.”

試訳:
 ケモアウクはつづけて、「おそらく、わたしのように物質の泉の奥深く進入した者だけが可能なのだ。この自然現象のはかり知れない価値を推し量り、大宇宙にとっての意味を予感することは。そして、きみはあやうくそのリズムを乱すことろだった」

と、まあ、一種ケモやんの自信の源にもなっているわけだ。
なんでこー、「キャラ描写」を片っ端から切って捨ててるのかねえ。

(7) 先入観・疑いのまなざし

■146p

ハヤカワ版:
 まず最初に、この平原の現状と危険性を指摘するとは……バルディオクは緊張が耐えがたいほど高まるのを感じた。
「それとも、われわれの道をさらにひろげるため、わたしをあざむいているのか?」と、ケモアウク。
「だれもあざむく気はない」バルディオクは内心の動揺をかくし、平然をよそおって、「しかし、道の長さと、そこにいたる速度については、問題がある。とくに、速度は行動の動機づけになるだろう」
原文:
  Erst dann kam er auf Bardiocs frühes Hiersein zu sprechen, ein Umstand, der seine Gefährlichkeit nur noch unterstrich und Bardiocs Wachsamkeit in unerträgliche Spannung steigerte.
  “Täusche ich mich oder hast du den weitesten Weg von uns allen?” fragte Kemoauc.
  “Du täuschst dich nicht”, erwiderte Bardioc gelassen, obwohl er innerlich vibrierte. “Aber die Länge des Weges sagt nichts über die Geschwindigkeit aus, mit der man sich bewegt. Und Geschwindigkeit ist motivierbar.”

試訳:
 それからようやく、バルディオクの一番乗りについて口にした。危険性の強調される状況に、バルディオクの警戒心はほとんど耐えがたい緊張にまで高まった。
「わたしの思いちがいかな、たしかきみの城が一番遠かったのではないか?」と、ケモアウク。
「思いちがいではないさ」バルディオクはさりげなく応じた。内心は震えあがっていたのだが。「だが、距離の長さは、移動に際しての速さを告げるものではなかろう。速度は動機しだいで変わるものだしな」

今回、いちばん失笑/落胆した誤訳。
登場早々、バルディオクを犯罪者扱いかよw >ケモアウク

9章あたりの述懐を読んだうえで振りかえると、この時点でケモアウクがすでに「あー、他の連中同様、こいつもいろいろイヤになってんだなー」と、生ぬるい目つきをしていたであろうことが推測できる。変な理解のある微笑みともども、実はこの後の事件の伏線になっているのだ。

動詞 täuschen には「(4格を)だます、あざむく」の意味がある。この文章だと、あざむく対象は mich となる。「わたしがわたしをあざむいた」と考えても、なんとかなるのだが(なってないが)……。
ドイツ語には、再帰動詞とゆーものがあって、明確な使い分けがされている。täuschen sich で「思いちがいをする」となる。原文中では、主語 ich、du にあわせて目的語も mich、dich と変わっており、まちがいなく「自分に帰る」再帰動詞なのだ。したがって、翻訳も「わたしが思いちがいをしているか(疑問文)」「きみは思いちがいをしていない(回答)」でなければならない。
訳文は詰問調で、どう見ても「(きみは)わたしをあざむいているのか」だよね。

似たケースでは、動詞 verraten の意味「(1) 裏切る (2) (秘密等を)吐露する」を、ハヤカワ版では必ず「裏切る」としか訳さない。800話でも、850話(149p)でも、「吐露する、白状する」が正しい。翻訳以前に、辞書ちゃんと引けてないんじゃないの?

ハヤカワ版:
 バルディオクははじめて、この仲間から孤立し、見捨てられていると感じた。すでに、心のなかでは、ほかの者とわかれる準備ができているのだが。
 いま、その時間がきたのだ……肉体と空間から分離する瞬間が。
原文:
  Zum erstmal fühlte Bardioc sich in diesem Kreis einsam und verlassen. Das zeigte ihm, wie sehr er sich innerlich bereits von den anderen getrennt hatte.
  Und nun war die Zeit gekommen, diese Trennung auch köperlich und räumlich zu vollziehen.

試訳:
 バルディオクははじめて、兄弟の輪のなか孤独で見捨てられていると感じた。それはすでに心のなかでは他の者と隔たりが生じていたことを浮き彫りにした。
 そしていま、その隔たりを肉体的、空間的にも実現すべき時がやってきたのだ。

単に、♪どこか遠くへいきたい、のである。

あれやね……カリブソの超自我話に引きずられてるんかね。つーか、どうにも「バルディオクは超知性体になることを企んでいる」と思ってないか >ハヤカワ版の中のヒト
自分で読んでて、なんのこっちゃと思わないのだろうかこの文章。脈絡とか脈絡とか。
翻訳以前に、国語力を疑わざるをえないぞ。

(8) 委託元についての情報

■150p/151p

ハヤカワ版:
「哲学的な問題だな。しかも、われわれ全員が長いあいだ考えてきたものだ」と、ケモアウクが認める。「もしかすると、未知者は大宇宙のあらゆる場所に生命を運ぶことそのものに、意味を見いだしているのかもしれない。あるいは、そうすることで、ほかの勢力の進出を阻止しているのか……」
原文:
  “Das ist eine philosophische Frage, über die ich schon lange nachgedacht habe”, gestand Kemoauc. “Ich nehme an, daß die Unbekannten den Sinn des Universums darin sehen, daß es überall Leben trägt. Vielleicht handeln sie ihrerseits nur im Auftrag einer anderen Macht.”

試訳:
「哲学的な問題だな。それについては、わたしもずっと考えてきた」と、ケモアウクが認めた。「未知者は、いたるところ生命で満たされることにこそ、大宇宙の意義があるとみなしているのではないかな。あるいは、かれら自身、ほかの勢力の委託をうけているだけなのかもしれない」

哲学的に考えすぎである >ハヤカワ版
ほかの勢力の委託をうけると、進出が阻止できるらしい。難解すぎ。

■152p

ハヤカワ版:
「いずれにしても、われわれの船には積荷がある。その意味するところは明らかだ。ぐずぐずせずに、いつもの“事業”をくりかえすということ」と、アリオルクが口をはさんだ。
原文:
  “Trotzdem sollten jene, die unsere Schiffe beladen, uns nicht länger darüber im unklaren lassen, welcher Sinn hinter den sich stets wiederholenden Unternehmungen steckt”, sagte Ariolc.

試訳:
「いずれにしても、われわれの船に積荷を載せる連中、そろそろはっきりしてくれてもよさそうなものだ。ずっとくりかえされる事業に、いかなる意味があるのかを」と、アリオルク。

うーん……単語しか合ってねえ。
もはや単語でパズルをしているとしか考えられない。ドイツ語、読んでないよね?
こういった変な文章が散見されるから、機械翻訳なんじゃと言われるのだ。とゆーか、数年前からまるで進歩の見られない読解力ともども、私的にはもう疑念の余地がないけど。
某アインシュタインの伝記とか、某A県やN県のホームページは、他山の石にはならなかったみたいだなあ……。

……。
2章の「明るくなって、また明るくなる具象球体内部」「現実を認識しまくるローダン」あたりまではやろうと思っていたが、このへんでギブアップだ。
そのへんは、次回「脳」の話のついでに、できたら紹介しよう。

続850話・生兵法はケガの元

引きつづき、850話『バルディオク』の話題。
今回のお題は、以下の2点である。

Mächtigkeitsballung / 【まるぺ用語】 “力の集合体”
Machtbereich / 【一般名詞】 勢力圏

das GESETZ / 【まるぺ用語】 〈法〉
Gesetz / 【一般名詞】 (物理)法則

(1) バルディオク超知性体化計画(嘘)

“力の集合体”:
――ローダン・シリーズにおける、超知性体の勢力エリアをあらわすことば。人類レベルで見ると、単に銀河および銀河間の虚空という空間的領域だが、実はそれ以外……「精神的領域」まで広がっている。そして、超知性体が進化の次なる段階へ進むために不可欠な「エネルギーをぎゅっと凝縮した」装置みたいなものなのだ。

なお、ここでいう“力” Mächtigkeit には諸説あって、たとえば Perrypedia では例として、69話『半空間に死はひそみて』で登場した「時空安定エネルギー」エイリスを挙げている。
少々長くなるが、言葉の意味から考えてみるに、

  • 動詞 machen は「つくる」→「する(行為をつくる)」≒英語の make
  • 名詞 Macht は、「(つくる/する)力」→「権力」「国家」「軍隊」
  • 形容詞 mächtig は「(つくる/する)力が強い」→「すごい(大きい・重い)」「権力がある」

なので、

  • Mächtige (= mächtiger Mann) は、「(つくる/する)力が強い人」→「権力がある人」
  • Mächtigkeit は「(つくる/する)力(が強いこと)」

つまり、

  • ケモアウクたちは「つくる力がすごい人(生命・知性を広める人)」
  • 超知性体の勢力圏は「つくる力をためる場所(生命・知性を集める場所)」

なのである。
それに基づいて、古参のファンが素人なりに知恵を絞って、2つの言葉に共通する「力」を残すように、「力強き者」「力の球形体」という翻訳をひねり出したわけだ。

ハヤカワ版の訳語については、たとえば「七強者」と一息に綴れるとか長所もあるが、「強者」と「力の集合体」に共通した意味を読みとることは、たぶんどうやってもできないだろう。残念な話ではある。
まあ、〈力の球形体〉については、以前から、「別に球形じゃないしねぇ(笑)」という説もあった。木村・相良には Ballung について「球形にする(なる)こと、球形にした物、密集」とある。……力の泥ダンゴ?(をひ
閑話休題。

■165p

ハヤカワ版:
 一瞬、おのれの“力の集合体”を創造するという計画を、ふたたび断念しようかと考える。
原文:
  Einen Augenblick erwog er, den Plan, sich einen eigenen Machtbereich zu schaffen, wieder aufzugeben.

試訳:
 一瞬、おのが王国を創造する計画を断念することをあらためて考えた。

■172p

訳文:
もちろん、胞子を播種することもできる。ただし、依頼人が期待した領域ではなく、自分の力の集合体で!
原文:
Er würde die Sporen ausstreuen, aber nicht dort, wo man sie von ihm erwartete, sondern in seinem späteren Machtbereich.

試訳:
胞子の撒布は、する。だが、予定の場所にではなく、かれの将来の王国に於いてだ。

どちらも、「勢力圏」を「力の集合体」と置き換えているわけだが。これ間違い。
冒頭でも書いたが、“力の集合体”は、「超知性体の」勢力エリアである。Mächtigkeitsballung を「勢力エリア」と訳しても大丈夫だが、逆は必ずしも真ならず。
バルディオクが欲しているのは、どちらかというと「空間的」な支配権みたいだし、ここでは「王国」とした。ちなみに上記2箇所以外は、「勢力範囲(Machtbereich)」が248p、「帝国(Reich)」が150p、218p、225p、「権力領域(Macht)」が167p、「統治領域(Herrschaftsbereich)」が192p、といったところか。ふつーに訳してるところもあるのに(248p)、魔が差したんだろか(笑)

まあ、これまではバルディオク(超知性体)にからんで、「Machtbereich → バルディオクの力の集合体」と訳してきて支障なかったんだろうけど……わたしゃ読んでないけど。
しかし、詳細は6月後半の号になるけれど、別にバルディオク(強者)は、望んで超知性体になったわけではないので、最初から“力の集合体”を建設する意志なんてあるはずないのだ。

(2) 未来からやってきた〈法〉(嘘)

〈法〉:
――コスモクラートから与えられた究極の第三の謎「〈法〉はだれが創り、何が記されているのか?」にて言及されたもの。同時に提示された第一・第二の謎の回答が、ともに宇宙に物理法則をもたらす超時空遺伝子〈モラル・コード〉がらみだったので、「〈法〉=物理法則そのもの」とも言われるが、コスモクラートやカオタークの行動を制限している部分もあるようで、「戒律」的意味合いも兼ねているらしい。
「モラル・コードを設置した陽気な老人?!」とか「超知性体コルトロクは〈法〉の謎を解いた!?」とか、過去、いろいろとネタを提供しているが、2650話の時点でその回答は明らかになっていない。

ハヤカワ版166pでは、大宇宙のすべてをしたがえる“法”が突然あらわれるが、これまた間違い。
フロストルービン、無限艦隊、そして〈法〉の、いわゆる〈究極の謎〉が登場するのは1000話以降であり、ここで言及されるのはおかしい。
実際、850話において、究極の謎に言及する個所はないし、一般名詞としての Gesetz はあっても、〈法〉をあらわず das GESETZ は存在しない。伏線としても、ほのめかしとしても、まるでないのだ。

えーと、ハヤカワ版のこのあたり、別途取りあげるつもりだった、翻訳が意味不明な個所のひとつなので、ちょっと長いが前後を含めて引用する。

■165-166p

ハヤカワ版:
 乗客が物質の泉の“向こう”からきたとしたら……?
 謎に満ちた匿名の依頼人は、播種船が胞子を積みこみ、七強者を“召喚”するたびに、あらたな銀河領域に有機生命体の“発生”を準備していたのではないか?
 ありえない!
 “ほかの側”で起きていることならいざ知らず、大宇宙はすべて“法”にしたがっているはずだ。しかし、もしかすると、依頼人はおのれの属する時空連続体で、バルディオクにその“使命”を遂行させたがっているのかもしれない。
 “積荷”の行動を監視するのはかんたんだった。
原文:
  Befand sich ein Passagier an Bord, der von jenseits der Materiequellen kam?
  Ein Gesandter der geheimnisvollen Auftraggerber, die die Sporenschffe beladen und jedesmal an die sieben Mächtigen den RUF ergehen ließen, wenn es galt, neu entstandene galaktische Gebiete für organisches Leben zu
räparieren?
  Unmöglich! dachte Bardioc.
  Noch nie war jemand von der anderen Seite gekommen, und alle Gesetze des Universums sprachen dagegen, daß dies jemals geschehen könnte. Aber vielleicht hatten Bardiocs Auftraggeber irgend jemand an Bord geschleust,der zum Raum-Zeit-Kontinuum gehörte, in dem Bardioc seine Arbeit verrichtete.
  Es wäre leicht gewesen, dies bei der Beladeaktion zu bewerkstelligen.

試訳:
 密航者が、物質の泉の彼岸からきた存在だとしたら?
 あらたに発生した銀河領域を有機生命のため整える必要が生じるたび、胞子船に荷を載せ、七強者に“召喚”をもたらす、謎に満ちた委託者の、使節だとしたら?
 ありえない!
 いまだかつて彼岸からきた存在はいないし、宇宙のありとあらゆる物理法則がその可能性を否定している。とはいえ、委託者が、バルディオクが活動しているのと同じ時空連続体に属するものを船内へ送りこんできたとしたら。
 荷積作業にまぎれてなら、ごくかんたんな話である。

原文、大文字ではないうえに、複数形である。〈法〉ではありえない。
というか、ごくかんたんな文章である。主語のGesandterが消失したり、ほんと、どうしてこうなるんだろ……。

……。
結局、半可通はよくないやね、ということ。なまじ単語を知っていると、つい使いたくなるのかもしれないが、要するに知っているだけであって、ガジェットとしてのつかいどころすら正しく選べない、その単語の意味さえちゃんと理解してないことが露見しては、かえって恥の上塗りである。
……「そのローダン宇宙という幻想をぶちこわす!」とか叫んでないよね?(笑)
引用・試訳中の強調(太字)は、すべて西塔による。

850話『バルディオク』の翻訳について

ハヤカワ版ローダン425巻『バルディオク』が刊行された。
850話『バルディオク』は、フォルツ作品のひとつの頂点である。シリーズの流れ的には1000話の方が集大成かもしれないが、力強き者バルディオクとその兄弟たちの運命が描かれるこちらの方が、ストーリーとしては上だと、個人的には思っている。

なもので、よせばいいのに、買ってきてしまったわけだ。ハヤカワ版。
……やだなにこれひどい過去最悪のできばえじゃんorz

正直、これ、まちがってる箇所の訳文と原文を「引用」していったら、全文をインターネット公開したと訴えられかねないレベルである。
以前、数と性と時制だけはちゃんと訳せ、と書いた。この3つだけでも正しく読み解けば、ここまで間違った文章はできあがらないのだ。それなのに、相も変わらず、できてない。

ライレって、座ったまま“平面”の最期と運命をともにしそうだなー、と慨嘆するバルディオク(142p)。
仮定法で「将来、こうなるかもしれない(と、仮定)」と、ちゃんと書いてあるのに、読まないのか、それとも読めないのか。
適当に現在のこととして訳すから、前後の脈絡が合わない。
→「反映」とか原文にない表現を創作してつじつま合わせたつもりでも、前後とまるでかみあってないので、傷口がさらに広がっている。

自分が死にそうなのに、バルディオクを死んだことにするローダン(158p)。
ローダンならテラナー男性(男性名詞)だから 人称代名詞は er。
バルディオクは超知生体(女性名詞)なので、人称代名詞は sie。
「かれ(er)がいまにも死んでしまう(これまた仮定法)、という可能性も捨てきれない」という文章なので、ここは明らかに「死んじゃいそう」なのはローダンなのだ。

数と性を正しく認識することは、格と代名詞を正しく判別することを意味する。
つまり、日本語でいう「てにをは」を正しく読み解くことなのである。
これを放棄して、正しい訳のできるわけがない。

結果:

  • 弁護してやると言いつつバルディオクを糾弾しているケモアウク(258p)
    (あれで感謝しているバルディオクはただのM)
  • バルディオクをジト目で見るアリオルク(260p)
    (芝居がかった振る舞いにバルディオクの方が目をそらしている)
  • 自分の城なのに駆けずりまわって宇宙船を“発見”するカリブソ(269p)
    (宇宙船を、帰ってきたとき置いた場所まで、つっぱしったのだ)

……といった具合に、誰が、どこで、何をしているのか、そもそも読めてない箇所が大量発生する。
特にひどい箇所を取りあげるにしても、原文(と、訳文もか)の入力だけでもまだ当分かかりそうだし、とりあえず、今回は2点にしぼって取りあげてみる。

(1) die Ebene

ハヤカワ版は、平原、と訳しているが、それがそも誤解のはじまりである。以降の訳を見ると、どこか惑星上の平原に施設が設置されており、その施設が廃墟と化していく、みたいな表現になっている。
素直に読めば、この die Ebene――“平面”と、ここでは訳す――が、虚空に漂う宇宙ステーションであることがわかるのだ。

確かに、原文にはっきり「ステーション」という表現はないが、「虚空に置かれた」とは、最初の時点でちゃんと書いてある(訳せてないけど)。
そして、5章、10章と、バルディオクたちが訪れるたびに“平面”自体がぼろぼろに壊れ、小さくなっていくことが描写され、エピローグでカリブソが宇宙空間を漂う鋼鉄の小片を「発見」した時点では、もはや疑う余地がなく、宇宙ステーションなのである。
なのに、改竄してまで、「平原」という訳語に固執しているようにみえる。ここまでくると、原作者の意図を汲むとか、そういう考えはないんじゃないかと思えてしまう。

■250p

ハヤカワ版:
 バルディオクはケモアウクといっしょに実体化した。平原は鋼の破片や分解されたがらくたに覆われている。
原文:
  An die Stelle, wo Kemoauc und Bardioc materialisierten, war die Ebene nur noch ein Fragment, ein stählernes Bruchstück mit gezakten und zerbrockelten Außenrändern.

試訳:
 ケモアウクとバルディオクが物質化した地点では、“平面”はもやは断片にすぎなかった。ギザギザに崩れおちた縁をさらした鋼鉄のかけらである。

Perrypedia の“平面”の項には、こう説明されている。

Unter der EBENE versteht man eine scheinbar frei im Weltraum schwebende Station der Kosmokraten.

「“平面”は宇宙空間を自由に漂うコスモクラートのステーションと考えられる」だ。
形状については明記されていないが、“平面”という名称と、以下の描写から、長大な四角い鋼鉄製の土台に置かれた箱庭的なものが想像される。

■142p

ハヤカワ版:
はてしなくつづく虚無の“なかほど”で時間に捕らえられ、力強いものが発する永遠のリズムの“息吹”を感じるような気がする。
原文:
In dieser schier endlosen Geraden mitten im Nichts schien die Zeit gefangen zu sein, dieses mächtige Gebilde schien im Rhythmus der Ewigkeit zu atmen.

試訳:
虚空のただなかでほとんど果て知らずにつづく直線に囲われれば、時間さえ囚われようし、この巨大な構造物は永遠のリズムで“息づいて”いるかのようだった。

エピローグでは、廃墟を一掃、とか訳してるけど、この“平面”の残骸、後日カリブソはもう一度訪れることになるわけだが……どーするんだろ。

引用したように、ペリペとか見れば、“平面”――die EBENE と、宇宙船等と同様に大文字で書かれることもあるので、《平面》でも可――が宇宙ステーションであることくらいすぐわかるのだ。実力が足りない分は、情報収集して補うとか、もうちょっとやりようがあるだろう。月2冊刊行? スケジュール? そんなん、言い訳にもなりゃしない。できると思ったから、そうしたんでしょ?
あ、前もどっかで書いたけど、松谷先生みたいな超人じゃないんだから、初見で訳そうとか無謀なことだけはしないでね?

あと、今回の訳、やたらめったら「“”」をつけての強調が乱発されているが、原文の大半はイタリックですらない。ロボットに「“肉体”」とか、körperlich の訳語の選択をまちがえているだけ。「身体」でいい。
むしろ「召喚」 der RUF を括弧付きにしない方がふしぎなくらいだ。ぶっちゃけ、今回、強調するのは“平面”と“召喚”くらいでほぼ必要十分……のはず。

(2) “召喚”の宛先

どうでもいい話だが、この原文照合をするとき、たいてい最後の段落からはじめる。
原文がどうやってストーリーを締めていて、訳者がそれをどう再現するか、に興味があるからだ。『時間超越』は、そういう意味でものけぞったもの。
で、今回である。

■270p

ハヤカワ版:
 二度めの召喚がとどいた。
 カリブソは操縦席にすわり、腰をおろす。おそらく真実はうんざりするようなものなのだろう。しかし、もうこれ以上、悪い状況にはなるまい。
 召喚の意味はわからない。
 ただ、召喚があっただけだ。
 もう七強者は存在しないのに!
 自分はガネルクではない!
 カリブソですらない!
 ただ、はるか以前から、召喚が聞こえたら、それにしたがうだけで……
原文:
  Der RUF erging zum zweitenmal.
  Callibso, der ihn herbeigesehnt hatte, sank plötzlich auf dem Pilotensitz zusammen. Die Wahrheit hätte ihn wahrscheinlich umgebracht, wenn er nicht an schlimme Rückschläge gewöhnt gewesen wäre.
  Er verstand den Sinn des RUFS nicht.
  Der RUF war ergangen.
  Aber nicht an die seiben Mächtigen.
  Nicht an Ganerc!
  Nicht an Callibso!
  Es gab längst andere, die den RUF hörten und ihm folgten.

試訳:
 二度めの“召喚”が訪れた。
 それを待ち焦がれていたカリブソだったが、いきなりパイロットシートに崩れおちた。真実を前に悶死せずにすんだのは、皮肉なことに、これまでの旅路で不遇なしうちを幾度も味わっていたからこそといえた。
 かれには、“召喚”の内容が読みとれなかったのだ。
 “召喚”は、あった。
 だが、七強者に宛ててではなかった。
 ガネルクにではなく!
 カリブソにでもなく!
 “召喚”を聞き、それにしたがうべき存在は、とうに別にいたのだった。

要するに、「もうオレたち(七強者)、いらない子だったんだ……(がーん)」というシーンである。どうしてこうなった。

「オレたち宛じゃなかった」
「後任者が別にいた」

この2点がどっちも訳せていないからだ。

前者の原因は、前置詞an(~に宛てて)。ガン無視である。
暗号通信の復号ができない、コードがすでに時代遅れのものになっていた、というカリブソの絶望はどこいったんだよ!

後者は、(というか、上記anもそうだが)原文から単語の取捨選択を不用意におこないすぎるため。
Es gab andere 「他者が存在した」という主文をさっくり削って、わざわざ意味不明にしてしまっている。この訳じゃ、なんかそのまま“召喚”にしたがってどこかへ出動しちまいそうじゃないか……。

あと、ちなみにパイロットシートにはずっと座っているはず。ふつー、発進前に制御系をチェックするときって、座ってするだろう。で、チェックが終わって待機しているんだから、いつでも発進できるよう座席にいるはずなのに。どこから戻ってきたんだカリブソ。

……。
わたしが「あらすじしか合ってない翻訳、じゃない翻案」とくさしたら、「いやそのエピローグあらすじもあってないからorz」とマガンも絶句していたのだが……。だいたい、1章1行目の「視界が開けた。」からまちがってるんだから(正しくは「見慣れた光景だ。」)、どこまで取りあげるべきか非常に苦しいところ。
とりあえず、エピローグ全体と、第1章はやるつもりだが、バルディオク裁判のあたりもすさまじいので……。

ハヤカワに喧嘩売る覚悟で(まだ売ってないつもりだったんか?)、私家版『超知性体バルディオクの起源』でも出すしかないか?(を
とにかく、『時間超越』のときにも、呆れるマガンの前でわたしは言ったもの。
フォルツ・ファン舐めんな!
6/2 マガンのセリフ等、微調整。

ps) カール大公殿下へ
掲示板の方では大変失礼しました。
ちょうどエピローグの試訳を終えて、「なんじゃこりゃ……」とorzっていたとこだったもので、ついあんな書き方になってしまいました。せっかくお楽しみになっていたところに、水を差すようなレスをつけて申し訳ありません。

UARS って、やっぱウアーズって読むの?

UARS の落下予定時刻が、どこぞのゲームのように延期になったので、関係各所は大変だろう。
誰かに当たる確率が3200分の1、実際にあるのなら、自分に当たる危険性も同じだけあるじゃろ、と思うわたしは間違っているだろうか >マーフィさん

20兆分の1とか、頭割りして水増し(水割り?w)してるだけのよーな(爆)
というより、数kg~数十kgの物体が落下して、「誰か」で済むんかね。えーと……単に、ごまかされてるだけ?
ま、そのへんの難しい数字のお話はマガンあたりにおまかせして(ヲヒ)、ここはごやてん(跡地)であるからして、そっちの話題をば。
上記UARS関連のニュースを眺めつつ、Wikiを開いたところ、こんな記述が。

 国際宇宙ステーションがUARSを避けるためにデブリ回避マヌーバを実施した[1]。

強調は西塔による(以下、同様)

「マヌーバ」てw maneuver は「機動」とか「演習」じゃろ。まあ「策略」って意味もあるけどさ……。宇宙ゴミ回避行動でいいじゃん、マスコミのカタカタ語好きはもーちょいなんとかならんかなあ、とボヤきつつ「デブリ回避マヌーバ」をクリック。

軌道マヌーバ(Orbital maneuver)とは、宇宙船の軌道を変えるために使われる推進システムである。

ちょwおまw モノになっちゃったよっ。
同じ項目の英語版だと、

an orbital maneuver is the use of propulsion systems to change the orbit of a spacecraft.

ほっ。ちゃんと「推進システムの使用」になっていた(笑)

この手のカタカナ語って、翻訳とゆーか和製英語みたいな扱いで、意味が原語とちがうとか平気でありそうだから。まあ、そもそも政治家や官僚が、物事うやむやにするために横文字多用する現代だから、ショウガナイネ。

■Wikipedia: UARS

テル女:誤訳チェック (8)

800話、なんとか予告どおり、最後の誤訳チェックとなる。

気になったのはクレノホ編、Frage も Verdacht も Zwang もぜーんぶ「疑問」なのね……。疑問、懸念、強迫観念じゃろ。文脈的に。

ハヤカワ版:(p230)
なにも動かず、なにも変わらず、超光速飛行をつづける艦内の変化のなさは、まるで悪夢だった。

原文:
Nichts schien sich zu bewegen, nichts schien sich zu verändern, das Dahingleiten der Schiffe auf der Überlichtspur glich einem bösen Traum.

試訳:
何も動かず、何も変わらず、ただ艦が超光速シュプール上を滑りゆくのは悪夢に等しかった。

一応、単に直訳しただけ。名称だけのことだけどね。
6次元並行シュプールあたりも、「超光速航行」とかばっさりやってないことを祈りたい。

ハヤカワ版:(p231)
 旅が長びくほどに、ホプザールがコンプのそばにいる時間も長くなった。年老いて幻想をなくしたチョールクの、希望のない皮肉な休息だった。それを見ていて、副長が気づいた。はっきりとは指摘できないものの、艦長はどこか還付に似てきている、と。

原文:
Je länger die Reise dauerte, desto häufiger hielt Hopzaar sich in der Nähe des COMPs auf, und mit jenem hoffnunglosen Rest von Ironie, zu der ein alter, illusionsloser Choolk noch fähig war, bemerkte einer von Hopzaars Stellvertretern, daß der Kommandant auf eine nicht erklärbare Weise dem COMP immer ähnlicher wurde.

試訳:
 旅が長引くにつれ、ホプザアルはいっそう頻繁にコンプを訪れるようになった。そして、老いて幻想をなくしたチョールクスにまだ可能なかぎりの、皮肉の絶望的な残滓でもって副長のひとりが指摘したように、艦長はいわく言いがたい形でコンプと似通ってきていた。

接続詞 und の前後で、文脈は切れている。副長の指摘……「兄弟みたいだ」にかかる。また、ドイツ語の Rest は休息ではなく「残り、余り」。
直訳すると「~似てきていることを指摘した。/~似てきていることに気づいた。」である。

ハヤカワ版:(p232)
 そして、理由を考えるたび、生きているいうちにわかる日がくるのだろうかと思った。

原文:
Wie immer der Grund beschaffen sein mochte, Hopzaar war überzeugt davon, daß er lange genug am Leben bleiben konnte, um ihn zu erfahren.

試訳:
 いかなる理由であれ、ホプザアルは確信していた。自分の生きているうちに、知る機会は訪れる。

「それ(理由)を知るために充分なだけ長く生きられることを確信している。」が直訳。乗員が死に絶えたら、着陸もできんし、必ず寿命の範囲内と確信しつつ、執念で生きちゃる、といったところか。
むしろ、「それ(理由)を知るまで、死んでたまるものか!」が適訳かもしれない。

ハヤカワ版:(p233)
 ホプザールは副長とともに着陸場所をはなれ、背後の低い丘の上を飛びながら、この世界のようすにゆっくりと失望を感じはじめていた。

原文:
Für Hopzaar, der zusammen mit einem seiner Stellvertreter über die flachen Hügel hinter dem Landeplatz schwebte, war der Anblick dieser Welt eine unsagbare Enttäuschung, von der er sich nur langsam erholte.

試訳:
 副長のひとりといっしょに着陸地点後背のなだらかな丘の上にホバリングしたホプザアルにとって、この世界の光景は形容しがたいほどの失望そのものであり、気を取りなおすまでかなりの時間を要した。

「それ(失望)から、ただひたすらゆっくりと回復した。」が直訳。
んで、気を取りなおしたところで、「着地しよう」になるのだ。

ハヤカワ版:
「ここでなにをするんです?」副長がたずねた。

原文:
“Was sollen wir hier?” erkundigte sich Germaiter müde.

試訳:
「いったいここで、何をしろと?」ゲルマイテルが疲れた声でたずねる。

名前が出ているのは、ここともう1ヵ所だけだが、どちらも訳されなかったのはちょい哀れ(笑)
どこかしらで、「副長のひとりゲルマイテル」とフォルツが書いていてくれたら、ぜんぶ彼に押しつけてもいいくらいなのに >副長(のひとり)

ハヤカワ版:(p235)
ホプザールは胸のクリスタルをひっぱるような力を感じた。

原文:
Hopzaar spürte eine ziehende Kraft, die von ihm Besitz ergriff.

試訳:
ホプザアルは自分をわしづかみにする吸引力を感じた。

クリスタルをひっぱる、というより、クリスタル「が」ひっぱってるんじゃないかな。
von だれそれ(3格) Besitz ergreifen は「取り憑く、乗っ取る」とか、“支配する”系の熟語である。

ハヤカワ版:(p236)
報告はすべて、コンプがその一部である、超越知性体に送られた。

原文:
und er war in der Lage, einen umfassenden Bericht an die Superintelligenz zu geben, deren Bestandteil er war.

試訳:
そして、コンプがその一部である超知性体への包括的報告が可能となった。

報告は、1回。

ハヤカワ版:(p237)
 多様化した宇宙では、超越知性体といえども熟慮が必要だった。

原文:
In einem Universum der Polarisation gab es auch für eine Superintelligenz keine Möglichkeit, ohne Reflexionen auszukommen.

試訳:
 二極化する宇宙では、超知性体といえど反照なしではすまされない。

ここは、もともと誤訳とはいえない。
Polarisation は、主として経済学でいう貧富の二極分化(Bipolar)で、フォルツ宇宙では秩序と混沌の二極化ととらえたい。もっとも、フォルツのプロットの全容はまだ見えてこない時期であるし、超知は女帝やバルディオク以外にも……というあたり、政治的な多極化(multipolarization)である可能性も、わりとある。ただし、執筆年代の冷戦がらみでは東西の(Bi-)Polarisation が一般的。
Reflexion は、おそらく哲学でいう「反省」。言ってみれば、まあ「熟慮」なのだけど(笑) ここでは「反射」と近い意味合いで、なおかつ、次の段落とすり合わせて「反照」とした。

ハヤカワ版:
 ほんとうに宇宙全体を力の集合体におさめることができれば、すべては女帝の意のままになる。
 ここで超越知性体の思考の連鎖にも矛盾が生じた。
 不正な存在を認めるのは、テルムの女帝の“外”に、あるいは“上”に存在するものを想定するということだった。

原文:
Wenn es ihr tatsächlich gelingen sollte, ihre Mächtigkeitsballung irgendwann über das gesamte Universum auszudehnen, würde alles in ihrem Sinn nivelliert sein.
Selbst für die Superintelligenz entstand an dieser Stelle ihrer Gedankekette ein unlösbares Paradoxon.
Darauf zu stoßen und es zu akzeptieren, bedeutete gleichzeitig die Anerkennung von etwas, das “außerhalb” oder “über” der Kaiserin von Therm existierte.

試訳:
 もし、ほんとうに力の集合体を全宇宙にひろげることができたなら、すべては彼女の意図のもと一様となってしまう。
 超知性体にとってすら、思考連鎖のこの個所で、解き難いパラドックスが生じる。
 これに向き合い、受けいれることは同時に、テルムの女帝の“外”あるいは“上”に存在する何かを認めるということ。

意のままになる、というより、一様になる=「正しか存在しない」ことが問題。最後の文章で「不正な存在を~」とやっているから、そこはわかっているはずなのだが。
また、文意的に「受けいれる」のは「矛盾」。で、最終的に女帝は、正面切って「矛盾と向き合う」ことを避けたわけだ。

ハヤカワ版:(p240)
 近くのテーブルには数人の乗員がすわっているが、ローダンはほとんど目をむけなかった。

原文:
An den Tischen in der Nähe saßen Besatzungsmitglieder, die Rhodan zum Teil noch nicht einmal gesehen hatte.

試訳:
 近くのテーブルに数名の乗員が座っているが、一部にはローダンが見たことのない顔も混じっている。

《ソル》生まれの顔を、さすがのローダンも全員知っているわけではない、のだ。

ハヤカワ版:
 テラナーとソラナーは生まれた場所が違うため、多くの点でべつべつの順類になっていた。

原文:
Terraner und Solgeborene waren durch die verschiedenen Orte ihrer Geburt in vielen Dingen zu unterschiedlichen Menschen geworden.

試訳:
 テラナーと《ソル》生まれは、出生場所の違いから、多くの点で異なる人類になっていた。

うーん……「ソラナー」って言葉は、もっと後で出てくるもののはずだけど……見落としたか?
下手するとアトラン500話が最初かと思ってたんだけど。
確認したところ、726話で初出とのこと。意外と早かった……orz >ソラナー

ハヤカワ版:(p243)
 ブジョの姿がドアの向こうに見えなくなった。
「それはどうでしょうか」ローダンが考えながらいう。
「なんだって?」

原文:
Rhodan sah Bjo durch den Ausgang verschwinden.
“Ich glaube, daß er uns gelogen hat!” sagte er nachdenklich.
“Was?”

試訳:
 ローダンは出口に消えるビョーを見送ってから、思案するように、
「かれは嘘をついていると思いますね!」
「なんだって?」

そら、アトランは「なんだって?」だよね(笑) びっくり度が全然ちがうよ。

ハヤカワ版:(p246)
 テルムの女帝の故郷星系からべつの星系にクリスタルを輸送するため、親衛隊の一団がスタートして以来、クレノチはずっと、女帝は物資の損耗をどう思っているのかと考えていた。

原文:
Seit er jene Gruppe der Leibwächter auführte, die den Transport der Kristalle aus dem Heimatsystem der Kaiserin von Therm zu anderen Welten organisierte, hatte Crenoch sich mit der Frage beschäftigt, wie die Herrscherin den Substanzverlust ersetzte.

試訳:
 テルムの女帝の故郷星系から他の惑星へのクリスタル輸送を組織する親衛隊の一グループを指揮するようになってから、クレノホはずっと、女帝が物資の損失をどう補っているのかという疑問をかかえていた。

同じページで、ちゃんと訳してるじゃない。「輸送部隊の指揮官」って。

ハヤカワ版:(p247)
 クレノチはひとりで、クリスタルを積み込む前の艦内にはいった。

文:
Er ging persönlich an Bord eines Schiffes, das mit Kristallen beladen werden sollte.

試訳:
 クレノホはクリスタル積載にむかう艦にみずから乗り込んだ。

艦自体を動かす要員がいるかいないか、原文を読んだかぎりではわからない。ここは、「指揮官じきじきに」と読んだほうがすっきりする。

ハヤカワ版:
 そこに行った理由は、あとでなにか口実を設けるつもりだった。
 クレノチが輸送部隊を指揮するようになってから、クリスタルが同じ場所に二度運ばれたことはない。

原文:
Später würde er einen Vorwand finden, um abermals hierher zu kommen.
Seit Crenoch die Verladearbeiten leitete, waren niemals von einem Platz zweimal Kristalle abgeholt worden.

試訳:
 もう一度ここへくるために、あとで口実を設けなければ。
 クレノホが積載作業を指揮するようになってから、同じ場所で二度クリスタルが採取されたことはなかった。

時間をおいてもう一度計測しないと比較できないから、なのは、この章後半を読めばおわかりだろう。

ハヤカワ版:(p248)
 日ごろの精勤が認められ、回収部隊の指揮官に任命されたのである。

原文:
Seine Kompetenzen gestatten ihm, sich selbst zum Anführer des Abholkommandos zu bestimmen.

試訳:
 回収コマンドの指揮官に自らを任ずることも、クレノホの裁量のうちだった。

直訳すると、「かれの権限が許した、自分を回収部隊の指揮官にさだめることを。」となる。
自演乙、なのであった。精勤、ってなんやねん……。

ハヤカワ版:(p250)
 テルムの女帝の精神能力は、長らく十分に活用されていなかった。

原文:
Die geistige Kapazität der Kaiserin von Therm war längst nicht ausgelastet,

試訳:
 テルムの女帝の精神的処理能力にはまだ余裕があったが、

副詞 längst に「長らく」の意味は確かにあるが、この場合は「とっくに」+否定で「まだまだ」。

動詞 auslasten は、Web検索すると「積載能力ぎりぎりまで荷重をかける、(比喩的に)能力を十分に活用する」と出るが、要するに、「能力限界まで使いきる」である。この文章の場合、直訳すると「まだ負荷がかかりきっていなかったが」。CPU(女帝)の処理能力自体には余力があるけど、至急処理案件がごろごろしてるので、宇宙船1隻ぽっち後まわしでええわー、という文章である。

ハヤカワ版:(p252)
 ローダンの信頼を裏切ったら、どうなるだろう?

原文:
Was wäre passiert, wenn er Rhodan die Wahrheit verraten hätte?

試訳:
 もしローダンに真相を話していたら、どうなっただろう?

だから、なんで Wahrheit を削るかな? そこがキモじゃん。
動詞 verraten には確かに「裏切る」という意味がある。ただ、この場合は、die Wahrheit「真実」があるので、真相を「漏らす」――要するに、ゲロする、が正しい。
ああ、まさかと思うけど、Wahrheit を「信頼」って訳したの?

ハヤカワ版:
ジョスカン・ヘルムートのメンタル放射を感じた。

原文:
Seine tastenden Sinne fanden die mentalen Ausstrahlungen Joscan Hellmuts.

試訳:
走査感覚でジョスカン・ヘルムートのメンタル放射をみつける。

ここは、能動的に「捜してみつけた」んじゃなかろうか。

ハヤカワ版:(p254)
 仕切られたキャビンで向かいあわせに腰をおろす。ブジョは非現実感にとらわれた。ヘルムートの思考を読んだだけでは不充分と思ったのだ。本人の口から話を聞かないと。

原文:
Als sie sich in der abgetrennten Kabine gegenübersaßen, kam Bjo das Unwirkliche der Situation zu Bewußtsein. Er brachte es einfach nicht fertig, Joscan Hellmut auf den Kopf zuzusagen, was er wußte. Ungeduldig hoffte er, daß Hellmut von sich aus darüber sprechen würde.

試訳:
 仕切られたキャビンで向かい合って座ると、ビョーは状況の非現実さに思い至った。自分には、ヘルムートに事実をつきつける心構えがまだなかった。そわそわと、ヘルムートの側から口火を切ってくれるのを待った。

auf den Kopf zusagen で「面詰する」という熟語。
「あなたを犯人です!」と言い切る勇気がなかった(なくていい)のだ。
しかし、もじもじされてもヘルムートはさぞ困っただろうな……(笑)

……というわけで、以上で800話『テルムの女帝』の誤訳チェックを終了する。
読者の脳内補完能力にどれだけ期待しているのか知らないが、非常に残念。いくら「一所懸命やっている」ったって、限度があるよね。当分は、御免だわ、これ。

2019/06/30 ハヤカワ版抜粋追加

テル女:誤訳チェック (7)

800話ツッコミ連載、今回はモイクリナ編とその前後でお送りする。
とりあげた数は少ないが、ちょっと原文が長めである。お付き合いいただくには我慢が必要かも。

ハヤカワ版:(p219)
 テルムの女帝は第三惑星(現地名ドラクリオホ)でケルセイレーンの進化に介入したが、それがクリスタル構造物によるこの生命体の奴隷化を正当化するわけではないだろう。

原文:
Obwohl die Kaiserin von Therm die Entwicklung der Kelsiren auf dem dritten Planeten (er wurde von den Eingeborenen Drackrioch genannt) beeinflußte, wäre der Vorwurf, das Kristallgebilde versklave diese Wesen, nicht gerechtfertigt gewesen.

試訳:
 テルムの女帝が第三惑星(原住種族にはドラクリオッホと呼ばれた)に住むケルシル人の発展に影響を与えたとはいえ、彼らを奴隷化したという非難は正当とはいえない。

非難(Vorwurf)という一語を削ってしまったがために、意味がまったく逆転してしまった。また、「奴隷化する(versklaven)」という動詞が、通常なら versklavte と三人称過去の形であるはずなのも見落としている。えっと……接続法I式? 「奴隷化した(という仮定)」なのだ。

ハヤカワ版:
 重要なのはみずからが定めた使命ではなく、ソベル人がその遺産にこめた警告を生かすことだ。

原文:
Dabei handelte es sich nicht einmal um eine selbstgestellte Aufgabe, sondern lediglich um die Manifestation jener Warnung, die von den Soberern ihrem Vermächtnis beigefügt worden war.

試訳:
 自ら決めた使命ですらなく、単に、ソベル人がその遺産に添付した警告の表出でしかない。

es handelt sich um … 「~に関わる、~である」。nicht A, sondern B … 「Aではなく、むしろBである」。lediglich 「~でしかない」。こう並べるとわかりづらいかもしれないが、実はそれほど複雑でもない。nicht um eine Aufgabe, sondern um die Manifestation が骨格となる。

超訳するのはかまわないけど、作者の意図を無視するのは勘弁してほしい。ここで述べられているのは、女帝というコンピューター・システムには、その企図するところと関わりなく、ソベル人のメッセージという縛りが、基幹部分に組み込まれているということだ。

ハヤカワ版:(p220)
 クリスタル構造物と魚類の末裔がドラクリオホで築いた連合は、部分的にティオトロニクスの本質をうけつぐ女帝が自信の目的を実現しようとしなければ、ほかの知性体にとって意味を持つことはなかっただろう。
 だが、システムに内在する要素が、孤立を許さなかった。

原文:
Vermutlich hätte das Bündnis zwischen der kristallinen Wesenheit und den Fischenabkömmlingen auf Drackrioch niemals Bedeutung für andere Intelligenzen gewonnen, wenn die Kaiserin nicht im Zuge ihrer Selbstvervollkommnung zu einer ihrer teilwese tiotronischen Abstammung würdigen Feststellung gekommen wäre.
Man durfte die Lage innerhalb dieses Systems nicht isoliert sehen.

試訳:
 クリスタル存在と魚類の末裔との結びつきは、おそらく他の知性体への意味をもつことはなかっただろう。もし、女帝が自己確立の過程で、自身の一部ティオトロニクス的な出自を誇り高く認識しなければ。
 状況をこの星系内のみで孤立させることは許されなかった。

うーん、固い文章だな……。もっと意訳してみると――
「もし、女帝が自己確立の過程で、自分がプリオール波動から生まれたことを誇らしく確認しなければ、クリスタル存在とケルシル人の連合体は、彼女たち以外の知性体にとって意味をもつことはなかっただろう。」くらいかな。
女帝は「ソベル人の惨劇」を防ぐ、という使命を、ものごっつー重要視した、と考えるべきだろうか。この時点でようやく女帝が主体となる。だから、ここだけじゃなく、「みんなの未来を守らねば」と奮起したのだね。

ハヤカワ版:(p221)
 巨大な枝と苔と大きな葉にかこまれた、ドラクリオホにあるほかの小屋と違ったところのない小屋の前で、ドナティアは足を止めた。

原文:
Vor der Hütte, die aus starken Ästen, Moos und großen Blättern zusammengefügt war und die sich damit in keiner Weise von den anderen Gebäuden auf Drackrioch unterschied, blieb Dnathia stehen.

試訳:
 強靭な枝や苔、大きな葉などを接ぎ合わせた、ドラクリオッホの他の建物となんら変わるところのない小屋の前で、ドナティアは立ちどまった。

原文の、「小屋の前で」と「ドナティアは立ちどまった」の間はすべて「小屋」の修飾節で、周辺の状況ではなく、小屋の素材・製法についてを述べている。修飾節後半の damit は、小屋の素材を受け、「したがって」他の小屋とまるでちがわないよー、とつながる。

ハヤカワ版:(p222)
人間がその姿を見たなら、身長一・六メートルの直立した魚だと思うだろう。尾びれは短くなり、脚は人間に似ていなくもない。

原文:
Ein menschlicher Beobachter hätte sie mit einem 1,60 Meter großen aufrecht gehenden Fisch verglichen, dessen Hinterflossen zu kurzen, Beinen nicht unähnlichen Gliedmaßen ausgebildet waren.

試訳:
人間が見たら、体長一・六メートルの直立歩行する魚と思うかもしれない。尾びれは、ヒトの両脚に似ていなくもない、短い下肢になっている。

尾びれ=脚である。尾びれ→脚、かな。

ハヤカワ版:(p226)
 理由はモイクリナにもよくわからなかったが、女帝の指示ははっきりしたものだった。

原文:
Der Sinn dieser Anordnung war Moykrina nicht ganz klar, aber die Kaiserin mußte schließlich wissen, was sie verlangte.

試訳:
 指示の意味するところはモイクリナにはわからないが、女帝なら自分の望みを承知しているにちがいなかった。

よくわかんねぇけど、女帝様のおっしゃることなら間違いなかんべー、というやつだ。
ハヤカワ版の訳文は、原文の単語をパズルのように組み替えた感じ。はっきりしてる(klar = クリアー)とは、どこにも書いてないのに。

ハヤカワ版:(p227)
 最初の艦の着陸で、勢力拡張の基盤ができた。

原文:
Mit der Landung des ersten Schiffes war die Grundlage für den Aufbau einer Mächtigkeitsballung geschaffen.

試訳:
 最初の艦の着陸をもって、力の集合体建設の礎石がおかれたのだ。

ちなみに ballen は集中する、凝集する。だから〈力の集合体〉が、意味的に正しい訳だ、といっている。まちがえるにしても、拡張ってなんやねんw

たぶん、次で終わる……はず。

2019/06/30 ハヤカワ版抜粋追加

テル女:誤訳チェック (6)

最後の誤訳チェック……とは、さすがに、まだいかない(笑)
少し短いが、今回はミトラ編とその前後。

ハヤカワ版:(p204)
「テラにイカロスという少年の話があってね」

原文:
“Es gibt eine alte terranische Sage von einem Mann namens Ikarus”,

試訳:
「テラにイカロスという男の伝説がある」

うーん、ちょっと記憶がアレで恐縮だが、ダイダロスの息子イカロスって……ショタ少年だったっけ。

ハヤカワ版:(p206)
 とてつもなく長い年月がすぎ、重力の法則が定めた軌道にそって、巨大なブルーの恒星のまわりを周回する惑星は、徐々に冷えていった。

原文:
Im Verlauf von vielen Millionen Jahren begannen die Planeten, die die große blaue Sonne umkreisten, ihre aufgrund der Gravitationsgesetze vorgeschriebenen Bahnen einzuschlagen und sich abzukühlen.

試訳:
 幾百万年がすぎゆくうちに、巨大な青色恒星を周回する惑星群は、重力の法則に各々定められた軌道におちつき、冷えはじめた。

軌道に入るのと、冷えるのと、時系列はともかく、文章的には並列。そして、惑星も軌道も複数形。ここで単数にしちゃったから、次のクリスタル構造の発生場所もまちがえたんじゃないか?

ハヤカワ版:
 だが、その星系の各惑星では、原始物質から粗い結晶体の構造が形成されていった。

原文:
Zusätzlich zu den Planeten jedoch bildeten sich innerhalb des Systems zunächst lose kristalline Strukturen aus der Urmaterie.

試訳:
だが、惑星に加えて、星系内部で原始物質から目の粗いクリスタル構造が形成された。

原文は、惑星(が形成されるの)に加えて、クリスタル構造が形成される。
惑星上、ではない。そのすぐあとに書かれているとおり、宇宙空間、特に第三・第四惑星軌道のはざまに、である。訳者さん、ふたつの惑星を結ぶクリスタルの「橋」を連想したのだろうか。

ハヤカワ版:(p208)
 群れに助けをもとめてプロニルを追いはらうのは、もうまにあわなかった。

原文:
Fast zu spät war ihr der Schwarm zu Hilfe gekommen und hatte den Plonyr abgedrängt.

試訳:
 あやうく手遅れになりかかったところで、群れが救援に駆けつけプロニルを追いはらったのだ。

……過去完了形である。この文章までが、数日前にあった、ケガの原因イベント。
Fast zu spät は、「ほとんど手遅れ」であって、「手遅れ」ではない。「もうまにあわなかった」ら、パックリいかれて第三部ミトラ編完、だよね?

ハヤカワ版:
 傷が癒えると、ミトラは陸地に近づき、島の内部を観察した。

原文:
Sobald sie sich erholt hatte, würde Mitra auch an Land gehen, um das Innere der Insel zu erkunden.

試訳:
ミトラは快復し次第、陸地に近づき、島の内陸を探るつもりだった。

接続法II式なので、仮定(予定)の話。これが210pでいう、「棚上げになった」計画、である。
訳文だけ読んでたときは、どこか読み落としたかと思ったが、例によって時制が読めてないだけなのであった。

ハヤカワ版:(p210)
あたりの水域と島々を探検するというミトラの計画は棚上げになった。

原文:
Mitoras Plan, das Wasser zu verlassen und die nahe Insel zu erkunden, geriet dabei in Vergessenheit.

試訳:
水から出て、手近の島を探索しようというミトラの計画は棚上げになった。

あたりの水域の調査は、すでに開始してるよね!

ハヤカワ版:(p211)
 だが、ここまでミトラをつきうごかしてきた、内心の衝動も強さを増していた。

原文:
Doch der innere Antrieb, der sie zu ihrem Vorgehen bewegte, erwies sich auch in diesem Fall als stärker.

試訳:
 だが、ここでも、ミトラをこの企てへとつきうごかしてきた内なる衝動の方が勝った。

枝葉を削れば、「衝動の方がより強いことを証明した」である。何より強いかとゆーと、雄より冒険、なのだった。

ハヤカワ版:(p212)
 青い恒星の光をうけて、クリスタルの柱が立っていたのだ。

原文:
Aus dem lichten Hellblau des Himmels hing eine Kristallsäule auf die Insel herab.

試訳:
 蒼穹から、一本のクリスタル柱が島へと垂れ下がっていた。

ライトブルーの空から、でええけどね。上から、「ほぼ地面に接」するまで伸びているのだ。
そもそものクリスタル構造の根っこを理解していないから矛盾した表現になる。“惑星で形成された”クリスタル構造→立っていた、なのだろうが、その場合、接地してないなら「浮かんでいた」だよね?

ハヤカワ版:(p214)
 これには副次的効果もあった。

原文:
Dabei kam es zu einem eigenartigen Rückkopplungseffekt.

試訳:
 その際、独特なフィードバックが生じた。

フィードバック Rückkopplung は、まあ、コンピュータだしね?
感化したはずのケルシル人の母権制を自分のものさしにしてしまった、のだ。

ハヤカワ版:(p216)
 人類は現実的で、つねに緊張をもとめ、本質的と考える方向につきすすむ。

原文:
Diese Menschen waren Realisten, es bedürfte immer einiger Anstrengungen, sie von den Dingen, die sie für wesentlich heilten, abzulenken.

試訳:
 人類はリアリストで、本質的と思った事柄から気をそらすのは、いつでも一苦労だ。

名詞 Anstrengung は、この場合「努力」だろう。
やべっ、「いなくなる」の部分にテラナーたちが反応しちまったっ、まだ話の枕なのに、どーやって注意をひきもどそう? と、ドブラクは苦慮しているわけで(笑)

とゆうわけで、次回はモイクリナ編から~。

2019/06/30 ハヤカワ版抜粋追加