379巻『人類なき世界』

先だって捕獲したハヤカワ版379巻『人類なき世界』を、ようやく読了。いや、ストーリーはわかってるし、と、ついつい『天地明察』(これも、今頃、だが)とかレンタルマギカの新刊の方を片付けていたので……(笑)

今回は「人類なき世界」「テラの孤独者」とも著者はウィリアム・フォルツ、訳者は赤坂桃子さん。
『時間超越』において時間の井戸を超えたシェーデレーアのその後であるとともに、“研究者”ドウク・ラングルの登場によって、ストーリーは一大転機をむかえる。

前半・後半を通して、シェーデレーアは人類消失の手がかりをもとめてテラニアをめざし、ドウク・ラングルは虚空に出現した星系(メダイロン系)を調査する一方で、無人と思われたテラに、ごくわずか存在した生存者とコンタクトするのだが――というストーリー。不幸な誤解のため、ひとりのテラナーが生命をうしなうことになるが、最終的に、シェーデレーア、ドウク・ラングル、3人の元アフィリカーたちはテラニアに集う。ネーサンの機能停止により、さまざまなインフラや気象コントロールまでストップした地球で、5人は今後、どのように対応していくのだろうか。
一方で、メダイロンの実体化した宙域の支配者“化身”クレルマクが派遣した調査の艦艇は、すでに間近にせまりつつあった……。

とりあえず、今回ホッとしたのは、“テルムの女帝”と“化身”の2つの訳語である。特に後者(原語:Inkarnation)は、ファンダムだと“具象化(存在)”、“受肉化(存在)”の訳が通用しており、現象面からするとたしかに正しいのだが、いちばんわかりやすいのは化身だと思うのだ。
#基督教系が“受肉”のイメージで、仏教系が“化身”……なのかなぁ。

さて、以下に、前半「人類なき世界」の翻訳で、気になった個所を挙げる。

■9p

ハヤカワ版:
《ヒュプファー》
原文:
die HÜPFER

試訳:
《跳躍者》ないしは《ホッパー》あるいは《ジャンパ》

異種族の船なので、そのまま音読すべきなのか、語義をとるべきなのかは、判断が難しい。
いい例が、テラノヴァ・サイクルで登場した混沌の勢力の終末戦隊“TRAITOR”。英語の「叛逆者」と思っていたら、特に意味はなかった、と後日、読者のページで回答された。終末戦隊・叛逆者で漢字ばっかでいかめしすぎるのーとか思ってたのに。づかんぽ。

■10p

ハヤカワ版:
“無限のループ”はひとりで閉じるしかない。
原文:
Er war dazu verdammt, die Unendliche Schleife allein vollenden, ein Unterfangen, das sich niemals realisieren lassen würde.

試訳:
無限ループをひとりで完遂しろといわれたようなもの。実現しようはずもない壮挙だ。

無限ループ、としたのは、コンピュータ用語っぽくしたかったから。以下、ネタバレ:

テルムの女帝は、ある意味、意思をもった巨大なコンピューターであり、なおかつ発祥にかかわる命題において、ひとつの重大な矛盾をはらんでいる(800話)。
それを前提にしろというのはむちゃな話かもしれないが、女帝関連をコンピュータ用語風に訳すこと自体は、遊びのように見えて、適切かもしれない、と思うのだ。

■14p

ハヤカワ版:
喉の渇きをおぼえた。
原文:
bekam einen trockenen Mund.

試訳:
口のなかがカラカラだった。

やっべ、ほんとに人っ子ひとりいないじゃん、という緊張のあらわれとすると、この方がよさげ。
余談だが、ググってみたら、ドライ・アイの口腔版みたいな病名がひっかかることひっかかること……。

■27p

ハヤカワ版:
その情報が部外者に漏れたら、破滅をみずから招きよせるようなもの。
原文:
Es würde sich jedoch eher selbst zerstören, als dieses Wissen gebenüber Unbefugten preisgeben.

試訳:
その知識を部外者に漏らすくらいなら、《モジュール》は自爆するだろう。

eher ~, als … で、「…というよりむしろ~」。

■28p

ハヤカワ版:
ひょっとすると、物理的な基礎事象に手がかりがあるかもしれない。
原文:
ob er vielleicht einem physikalischen Grundereignis auf der Spur war.

試訳:
物理学を根底から揺るがす事件のしっぽをつかんだのかも。

III格の名詞+ auf der Spur で、「ほにゃらら(III格)の後をつける」。
Grundereignis は、ふつうに“大事件”でいいかも。

■30p

ハヤカワ版:
 やめてくれ! ぼくを狙いうちにしないでくれ!
原文:
Nich’ mit mir! sage ich. Nich’ mit mir!

試訳:
だめだめ、ぼくはひっかからないぞ!

訳文だと、ちいさなアルロがそこだけやけに弱気に見える。また、自分に言い聞かせている感じなので、試訳のようにしてみた。

■34p

ハヤカワ版:
 大きな建物はたくさんあるのに、どこにも人間がいないなんて。
原文:
Man könnte glauben, es ist niemand mehr hier in diesen vielen großen Gebäuden.

試訳:
 まるでこれだけたくさんある大きな建物に、だれもいないみたいじゃないか。

だれもいないと、信じてしまいそう、なのだ。
そもそもアルロ、人類消失自体は理解していない。

■43p

ハヤカワ版:
遠方のアンデンの頂きに
原文:
über die weit entfernten Gipfel der Anden.

試訳:
遠方のアンデス山脈の頂きに

これは単純に凡ミス+校正漏れ。
Alpenがアルプスなのと同じようなもの。どっちも複数形だから、英語読みするとsがつくのかな。

■70p

ハヤカワ版:
クレルマクそのものは中枢部から外へと移動していた。
原文:
aber sie wurden ständig von Zentrum aus weiter nach außen verlegt.

試訳:
境界は(流動的だが、)中心から外へと広がりつづけている。

主語は sie ……助動詞が wurden なので複数形。前節の主語が境界(die Grenzen)なので、そちらが該当する。化身(die Inkarnation)も代名詞は sie だが、こちらは女性形単数である。

■126p

ハヤカワ版:
対消滅装置に
原文:
in die Zerstrahlungsanlage

試訳:
分解装置に

こわして放射にしてしまう設備、くらいが原意か。ちなみに対消滅は Paarzerstrahlung 。ぜったいにまちがいかといわれると困るが、葬式のたびにそんな途方もないエネルギーが発生しているとは、ちと考えにくいので(笑)

■129p

ハヤカワ版:
 どこの惑星においても!
原文:
Bei allen Planeten!

試訳:
なんたることか!

イシュトヴァーンやオットーが、感きわまったときに叫ぶ「~に賭けて!」の同類である。大元帥あたりだと、「ありとあらゆる惑星に賭けて!」と書いて、「いやはやなんとも」なんてルビをふるのではなかろうか。

■136p

ハヤカワ版:
 ただひとつ、わからないことがある。未知の宙航士はなぜ、わたしとコンタクトしようとしているのか。
原文:
Ich habe einfach nicht verstehen können, daß dieser unbekannte Raumfahrer lediglich Kontakt mit mir aufnehmen wollte.

試訳:
 未知の宙航士はただコンタクトを望んだだけなのに、わたしにはそれがわからなかったのだ。

文章の順番があれだが、それを理解しなかったための転落事故、というつながり。

……こんなところか。
誤訳というほどでないものも混じっているから、体感的にはミスはこれより少ない。目くじら立ててつぶしていくわけでもなく、単なる指摘、で済みそうだ(笑)
毎回、このくらいだといいんだがのぅ……。

377巻『戦略家ケロスカー』…

原書、持ってないと思っていたら、あったよ(笑)
掲示板の方でご質問のあった3点について、確認するために、377巻を買ってきた(を

■35p

ハヤカワ版:
「了解。誘導ビームを設定。しかし、ウルトラ戦艦をここに格納できるのか?」
「当然だ。銀河系全体でも、これだけの大型船はほかにない。もっとも、ウルトラ戦艦はまだ発見できないわけだが」
原文:
“In Ordnung. Leitstralen stehen. Aber eine bescheidene Frage: Wollt ihr etwa mit einem Ultrariesen in Schlepptau in den Hanger einfliegen?”
“Blöder Witz. In der gesamten Galaxis scheint es keinen Kugelraumer dieser Größenordnung zu geben. Wir haben jedenfalls keinen zu Gesicht bekommen.”

試訳:
「了解。誘導ビーム発信。ときに、ささやかな疑問なんだが。ウルトラ巨艦に曳綱をつけて格納庫へとびこむつもりじゃあなかろうね?」
「ばかいうな。銀河系のどこにも、このサイズの球形艦はないみたいだな。ともかく、まだわれわれ、ご対面はしてないわけだが」

……あー。編者さん、SZ-1とウルトラ戦艦が同じ大きさだってこと、わかってないのかも? ジョークなことも……理解できて……ないかも……。

ともかく、この会話、巡洋艦の通信員とSZ-1の通信センターのあいだでかわされているわけだが、そこからわかっていない可能性もある。後半のセリフも、ウルトラ戦艦ない→少なくとも見てない(巡洋艦)→作戦失敗?(SZ-1) とつづくもの。ハヤカワ版でも、つづくセリフとの齟齬は生じてないけど、意味的にはちがってるね。

■45p

ハヤカワ版:
「そうだろうか?」と、ローダン。「ディメセクスタ・エンジンは、現状ではもっとも高性能だ。《ソル》もそれで銀河系からバラインダガル銀河に行ったし、メールストロームから脱出さえした」
原文:
“Was?” rief Rhodan dazwischen. “Der Dimesexta-Antrieb ist das höchstentwickelte Ferntriebwerk, das wir anbieten können. Die SOL ist auch damit ausgestattet – und wir haben nicht nur den Flug in die Milchstraße aus Balayndagar geschafft, sondern sogar aus dem Mahlstrom.”

試訳:
「なんだって?」ローダンが割ってはいった。「ディメセクスタ・エンジンは、提供しうる最高の遠距離駆動だ。《ソル》にも搭載されている――バラインダガルから銀河系への飛行はもとより、メールストロームからの脱出にもこれを用いたのだが」

……スタートとゴールが逆になってますねえ。
原文見てたらまちがえるはずないし、これも編集の問題? なんか、昔とあんま変わらないなあ。

■54p

ハヤカワ版:
(前略)対角線の最長部が三千メートルというのは、ポスビの船としては最大級だ。
原文:
doch mit einer Kantenlänge von 3000 Metern gehörte er zu den grölßten Posbi-Schiffen.

試訳:
一辺三千メートルというのは、ポスビ船としては最大級だ。

……Kantenlänge という単語は、「角と角のあいだの長さ」である。それを、「対角線」ととったのだろう。
ただし、Kante には「角」以外にも、「稜線、縁」という意味があるので、「辺」と考えてまちがいない。
これまでもフラグメント船の大きさについては「一辺~メートル」が通用しているし、対角線ってブラウン管じゃないんだからさ(笑)

以前にも書いたとおり、わたしは嶋田さんの訳書って、『ダーウィンの剃刀』(シモンズ)くらいしか読んだことがないのだが。あれ、読みやすかった記憶があるんだけどね……。

ああ、関係ないけど、こんな数字を挙げておこうか。
750-758、765、768、771、777、778、785、792-795、799。
アフィリー・サイクル後半の、いま手元にある原書の話数である。800以降は、1000話まですべて、ある。

時間超越 未来 (Reprise)

「もうちょっとだけ、つづくんじゃよ?」って書いとくべきだったかな(笑)

3月に上げた「未来」の記事が、あまりに投げっぱなしだったので、一応ちゃんとやることにした。
最後にgdgdと文句いってるけど、そこまでは、別に読まなくてもかまわないからw

■266p

ハヤカワ版:
 冷たい風がアルティプラノを吹きすぎていった。
 やつれた錆色の犬が、ティアワナコの見捨てられた通りを駆けていく。犬は休みながら、あたりの匂いを嗅ぎ、とても理解できない現実を無理やりにうけいれようとした……つまり、人間がいないという事実を。
原文:
Kalter Wind streicht über den Altiplano.
Ein abgemagerter rostfarbener Hund schleicht durch die verlassenen Straßen von Tiahuanaco. Ab und zu hält er inne und hebt witternd den Kopf, als müsse er sich immer wieder von der unglaublichen Tatsache überzeugen, daß keine Menschen in der Nähe sind.

試訳:
 冷たい風が、アルティプラノを吹きすぎていく。
 痩せこけた錆色の犬が、人影のないティワナクの通りをとぼとぼと歩いていた。ときおり脚をとめては頭をもたげ、においを嗅ぐ。近くに人間がいないという信じがたい事実を、くりかえし再確認するかのように。

動詞 schleichen は「這う、忍び歩く」で、けっしてタッタカ駆けているわけではない。だいたい、腹をすかした痩せ犬である。情景は想像がつくはず。
分離動詞 innehalten は「とまる、動きをとめる」。休みやすみ、は意訳としてありえるだろうが、やけに元気そうな(笑)訳文の犬にしては変な表現。直訳すると、「ときどきとまって、においを嗅ぎつつ頭をあげる。」くらいか。

als 以下の文節は、犬の動作……しきりにフンフンやってることの説明。英語でいう as if ――まるで~のように、として考えるとわかりやすい。まるで、犬(男性名詞なので代名詞は er )は何度も何度も自分を納得させなければならない、ようだ。そして納得する必要があるのは、信じがたい事実――人間が近くにいない――である。

ハヤカワ版:
 しばらく前から、食べ物を見つけるのがむずかしくなっている。
 鍵のかかった家に忍びこみ、生きるのに必要な物資を調達するのは、容易ではない。
 いずれ、次に近い町に移動して、食物を探さなければならなくなるだろう。唯一のなぐさめは、この高原に狩猟動物がほとんどいないことだ。
原文:
Seit einiger Zeit hat der Hund Schwierigkeiten, Nahrung zu finden.
Es ist nicht einfach für ihn, in die großenteils verschlossenen Häuser einzudringen und die Vorräte ihrer Bewohner zu plündern.
Früher oder später wird der Hund versuchen müssen, die nächste Stadt zu erreichen und dort nach Nahrung zu suchen. Fü die Jagd ist er zu klein, außerdem gibt es hier oben auf dem Altiplano nicht viel Jagdbäres.

試訳:
 しばらく前から、食糧の調達がむずかしくなっていた。
 大半は鍵のかかった家屋におしいり、備蓄をあさることは、犬にしてみれば容易ではない。
 いずれは近場の町へ移動して食糧をさがさねばなるまい。狩りをするには体躯が小さすぎ、アルティプラノ高原には、そもそも獲物となる小動物がほとんどいなかった。

動詞 eindringen は「押し入る、侵入する」。もともと、犬が「忍びこむ」という表現に、個人的には違和感を感じる。猫なら納得したかもしんないけど(笑) 犬が家屋に侵入する場合、ひそかに、というよりは、どかんどかん体当たりして入口こわして入るんじゃない?
動詞 plündern も「略奪する、荒らす」である。

die nächste Stadt は「一番近い町」……ぶっちゃけ、隣町である。次に近い町、という表現は、この犬が、すでに別の町から移動してきたことが前提になると思うのだが。

Jagdbäres は「狩ることができる対象、狩りの獲物」である。アンタッチャブルを「触ってこないもの」って訳す? これをまちがえたのみならず、前後で意味が破綻するからか、犬が狩猟をするには小型すぎることがすっぱり削除されている。おいおい。

ハヤカワ版:
 風の吠え声にぎくりとして、太古の本能がよみがえった。だが、それだけである。
やがて不規則な足音が聞こえた。
 耳が油断なく動く。
 わきの通りで、するどい発射音がとどろいた。
原文:
Über das Brausen des Windes hört der Hund plötzlich ein Geräusch, das er bereits fast vergessen hatte. Alte Instinkte erwachen in dem Tier. Mit zitternden Flanken bleibt es stehen und sieht sich um.
Der Hund hört unregelmäßige Schritte.
Seine Ohren bewegen sich aufmerksam.
Auf einer Seitenstraße kommt eine hagere hochaufgeschossene Gestalt.

試訳:
 猛りくるう風にのって、ふいに、ほとんど忘れかけていた物音が聞こえた。昔ながらの本能がめざめる。わき腹をふるわせつつ、立ち止まると周囲をうかがった。
 犬が聞いたのは、不規則な足音だった。
 注意深く耳が動く。
 横道のひとつに、ひょろりと背の高い人影があらわれた。

「だが、それだけである。」で、いったいどれだけの描写を切り捨ててるんだ? 必要なとこ、すっかり消えてるじゃないか。音が聞こえる→なんか本能が刺激される→足音だ!→どっちどっち?→わき道から誰かが……と、のっぽさんの登場につながっているのに。スタート地点でつまずいたうえに、ゴールがまた……。

aufgeschossen は、確かに動詞 aufschießen 「射撃・砲撃で破る、火などがぱっと散る」の過去分子だけどね。この動詞自体、「育つ、伸びる」の意味があるんだわ。さらに過去分詞 aufgeschossen だと、「ひょろ長い」姿 Gestalt が、横道にあらわれたわけだけど……。
これ、もう完全に、翻訳ソフトの弊害としか考えられないわ。主語が Gestalt で動詞が kommen なのに、発射音がとどろいた? 原文見てたらありえないだろう。つーか、見てこれなら、読解能力、Google翻訳以下じゃんか。
#ちなみに現在は「側の通りにリーンひょろっとした姿です。」になる。英語をはさむため hager が浮いたようだがw よほど大意をつかんでるじゃない(爆)

■267p

ハヤカワ版:
 犬は無心に尾を振る。
 一方、いきなり出現した異人は、通りを観察した。だが、すべてが塵におおわれていて、なにも察知できない。
 だが、犬はなにかをおぼえているようだ。尾を振って、なついてくる。
原文:
Der Hund beginnt mit dem Schwanz zu wedeln.
Der Fremde sieht die Hauptstraße hinauf und hinunter, als müsse er sich erst einmal orientieren. Er ist über und über mit Staub bedeckt.
Erinnerungen überwaltigen den Hund. Er wedelt mit dem Schwanz und windet sich hin und her.

試訳:
 犬はしっぽをふりはじめた。
 見知らぬ男は、メインストリートをきょろきょろと見回している。まるで、ここがどこかわからないようだ。頭からつまさきまで、すっかり埃まみれである。
 人間と暮らした記憶があふれかえり、犬はしっぽをふりつつ、じゃれついていった。

犬については、しっぽふる→じゃれつく、で徐々にグレードアップしてると思うのだが。まあそこまで考えんか。
で、「いきなり」は、登場シーンがすっぽぬけたからであって、普通に姿を見せた人物の描写である……が。これも、原文と比べると、切った貼ったしている。訳文最後の「何も察知できない」は、たぶん前半の「ここがどこかわからない」がお引越ししている。なので、たんに異人(アラスカ)がほこりまみれなのが、方角のわからない理由と化してしまった。

アラスカが汚れまくりなのは、(わたしの主観ではあるが)石像のある遺跡に存在した時間の井戸から、えっちらおっちら町まで歩いてきたためだろう。何度も何度も、このあとの場面のように、風のまきあげる砂塵をかぶってきたと思われる。

そうして、人類の下僕、卑しい哀れな犬っころなのか、チャッピーにはいい人がわかるんですのよかしらんが、とにかく犬は、人間様だあっ、とじゃれつくわけだ。しっぽふりふり、自分はぴょんぴょん、であるw

ハヤカワ版:
 奇妙なシチュエーションではあった。男がひとり、犬を連れて、ティアワナコの通りを歩いていくのだから。
 風が強まる。
 褐色の砂塵が、犬と男をつつんだ。
 両者の姿は一体化したように見える。
 すべてが現実とは思えない。人と犬は一体になって……
原文:
Es ist ein seltsame Bild: Ein Mann und ein Hund allein auf dieser verlassenen Straße von Tiahuanaco.
Der Wind wird heftiger.
Er wirbelt Staub auf und hüt Mann und Hund in dunelbraune Wolken.
Die beiden Gestalten scheinen sich darin aufzulösen.
Alles sieht ein bißchen unwirklich aus, und kein noch so scharfer Beobachter hätte mit Sicherheit behaupten können, überhaupt einen Mann und einen Hund gesehen zu haben…

試訳:
 奇妙な構図だ。見捨てられたティワナクの通りに、ただ男がひとりと、犬が一匹。
 風が強まった。
 まきあげられた埃が、男と犬を褐色につつむ。
 ふたつの姿は、砂塵にまぎれかき消えた。
 なにもかもが、どこか非現実的に見え、どんな鋭い観察者でも、しかとは断言できなかろう。はたしてそこに、男と犬がいたかさえ……

通りが verlassen ――見捨てられていなければ、別に異常でもなんでもないシチュだとは思わんかね(笑)

さて、問題の「一体化」だが。これ、なんでこうなるのか、さっぱりわからんわ。原文を直訳すると、「ふたつの姿は、その(砂塵の)なかに溶け(て消え)たように見えた。」となる。これを、溶けあわさってひとつになった、と読んだのかね。

つづく文章は、なおひどい。後半、まるっきり翻訳されてないのだから。直訳してみようか。「すべてがちょっぴり非現実的に見うけられる、そして(著者より)もっと鋭い観察者だって、確信をもって、そもそもあそこに男と犬がいたんだよ、と主張できるやつなんかいやしない。」だ。最初の一節しか生き残ってないじゃないさ。そこに、謎の超訳をリプライズさせて、かっこよく仕上げたつもりなのだろうか。

……。
反復までしたので、いちおう、総評めいたことを。
もはや翻訳じゃなくて創作である。しかもまちがってたら、単なる原作無視の誤訳じゃないの。

翻訳ソフト見直した方がいいよ? と言うべきか。それとも、独文和訳からやりなおせ、だろうか。前にも書いたけど、超訳なんて、原意が正しく汲みとれてこそだと思う。起承転結を、さらに盛りあげるために、起承転々々々結、とするにしたって、結末の内容までは変えられまい(少なくとも、話が連続してつづくローダンの場合は、だが)。その場だけ格好ついたらいいや、とか、まさか思ってないよね。
独文和訳と翻訳は異なるもの――それも重々承知している。しかし、ここまで取りあげた例で、実はわかりやすくていい訳、ってあっただろうか? 位置関係わかってない、時系列理解してない、何のこと言ってるのか脈絡あわない……。読者は混乱するばかりだ。
つじつま合わないな、というなら、大方、前の部分を訳しまちがえているのだ。遡って直そうよ。不整合な部分を削除したり改変して、よけい不明瞭な部分が増えるとか、どんだけ前しか見てないのかと思う。

コメントではすでに書いたが、正直、月2回刊は内容的には悪い方向にしか働かないように思われる。だれも翻訳チェックしてないよね? 五十嵐さんは、どうやら用語と言いまわし調整(と、創作?)で手いっぱいのようだし。本来、複数制は「うわ、今月の○○さんの担当、すごいなあ。よし、負けてられん!」とか、「あ、△△さん? 今回のアレ、もっとこうした方がよかったんじゃない?」とか、お互いの切磋琢磨があるべきだと思うのだが。年齢・キャリアとかバラバラなうえ、五十嵐さんでワンクッション入ってしまうので、そのへん難しいかな。少なくとも、担当外の分まで原書コピーもらって確認する酔狂な御仁はいらっしゃるまい……。

まあね、エモシオンの一件以来、色眼鏡で見てるところがあるのは、自分でもわかっているんだけどねえ。少なくとも、この照合見た読者の信頼度は、まちがいなく下がったってことだけは、理解してもらいたいな。翻訳チームの皆さんには。
別に、好感度下げたくてやってるんじゃないし。こんな大人げないこと、やらんですむなら、やりたかない。やる必要ないように、してもらいたい。頼むから、さ。

時間超越 -10- part3 【終了】

というわけで、これにてようやく完結(最後の部分は、すでに3月に「犬とはマズいだろ……w」じゃないやw「時間超越 未来」としてアップ済み)なわけであるが……。
一気呵成にやったから、タイプミスとかあるかもしらんが、もう、上げアップしてから直す(笑)

■253p

ハヤカワ版:
 うなだれて、重い息を吐くと、嗚咽を漏らす。
 しばらくしてから、気配を感じて顔をあげた。カリブソが彫像のあいだに立っているのを見て、
原文:
Alaska wälzte sich herum und lag schwer atmend auf dem Rücken.
Er hörte sich wimmern. Schließlich hob er den Kopf und sah Callibso zwischen den Statuen stehen.

試訳:
 アラスカは横ざまに倒れこみ、重い息をつきつつ仰向けになった。
 自分がすすり泣いているのがわかる。しばらくしてようやく顔をあげると、彫像のあいだに立つカリブソを見て、

最後に「顔をあげて」とあるから、反対に「うなだれて」としたのはわかる。わかるけど、これ、ひざまずいている体勢からごろりと仰向けになって、顔をおおって(仮面つきだけど)すすり泣いてるんでしょ。
まぁ、段落の区切りをいじるのは、とやかく言ってもしょうがないけど。「気配を感じて」って、カリブソはずっとそこにいただろう。単に、べそべそしてたのがおさまったから、ヤツアタリをはじめただけじゃないか。

■254p

ハヤカワ版:
 それがすべて消えるとは。それも、ただ消えたのではない。都市を観察したかぎりでは、住人が一瞬にしていなくなったように見えた。
原文:
Sie konnten doch nicht einfach verschwunden sein. Es hätte Anzeichen für ihren Verbleib erkennbar sein müssen. Die Städte hatten auf Alaska den Eindruck gemacht, als wären sie von einer Sekunde zur anderen entvölkert worden.

試訳:
 ひょいと消えてしまえるものではない。どこへいったのか、手がかりくらい残っていそうなものだ。なのに、都市の印象は、一瞬にして住人がいなくなったかのようだ。

なんか、おもしろい訳し方してるね(笑) 最初の文章を2回訳して、次の文章を削除してるわ。ちなみに最初の文章だけど、「(200億もいたんだから)そうあっさり消えてしまうことなんかできない」である。ぞろぞろどっかへ移動した痕跡が見あたるはずなのに、まるっきりないなあ、という流れなんだけど……。
「すっげー、一瞬にして消えてるぜ!」じゃ、話がつづかないじゃない。

ハヤカワ版:
 ふたたび、歴史上の出来ごとに思いをはせる。これまで、人類がこういうかたちで消失した事例はないだろうか?
原文:
Wieder drängten sich geschichtliche Vergleiche in Alaskas Überlegungen. Waren nicht auch in ferner Vergangenheit ganze Völker einfach verschwunden, ohne daß es eine Erklärung dafür gab?

試訳:
 またしても、史実との比較をせずにはいられない。遠い過去にも、民族まるごとがいきなり消失し、説明のつかない例がなかったろうか?

また、ということは最初があるのだが。おそらく彫像がティワナクのものと酷似している事実を指すのだろう。
とにかく、ここでアラスカは、マヤ文明の消滅とか、そうした事例を連想しているはず。あとは、それと現在との比較である。あ、比較(Vergleich)って、前半の文章で訳してないのか。
えーと、かなり強引だが、ないかなぁ、ではなくて、あったんじゃね? ということ。

ハヤカワ版:
 アラスカは起きあがると、急いで人形使いのあとを追った。あばら家にたどりつくと、
原文:
Alaska erhob sich und rannte hinter dem Puppenspieler her. Er holte ihn kurz vor der Hütte ein.

試訳:
 アラスカは起きあがると、人形使いを追って走った。小屋の手前で追いついた。
訳文だと、アラスカが戸口に仁王立ちしてそうだ(笑)
まあ今回は影響なかったけど、そうやって立ち位置をおろそかにすると、あとでまた辻褄合わせが必要になるかもよ?

ハヤカワ版:
異人の意識はこの人工の肉体を、完全にコントロールできるようになったのだろう。
原文:
Callibsos Bewußtsein schien diesen künstlichen Körper allmählich auch in dieser Beziehung zu beeinflussen.

試訳:
カリブソの意識は、人造ボディに、この点においてもしだいに影響をあたえつつあるらしかった。

訳文で、いいんだけどね……。原文、かなり抽象的だし。
ただ、個人的には、カリブソ(真)の意識が宿ると、人形のボディでも、ほら、こんなにエレガントに! ――という、TVショッピングめいたイメージがあるんだけどw

■255p

ハヤカワ版:
「また時間の井戸をぬけて、地球に行きたい。
原文:
“Ich muß sofort durch den Zeitbrunnen zur Erde.

試訳:
「いますぐ、時間の井戸をぬけて地球にいかなければ。

すぐ「~したい」と訳すクセは、どうにかした方がいいよ? müssen とか sofort とか、切迫感ある文章のはずが、「また行きたいなぁ」になっちゃってるじゃない。

ハヤカワ版:
だが、実効性はないな。
原文:
Sie ist undurchführbar.

試訳:
それは実行不可能だ。

じっこう違いかのw まぁ、誤訳というほどじゃないやね。

ハヤカワ版:
 嘘ではないらしい。なにより、異人はすっかり落胆している。ふだんは時間を超越できるのだろうが、今回は無人の地球に対してしか“門”が開いていないのだろう。
原文:
Alaska hatte den Eindruck, daß er die Wahrheit hörte. Er war völlig niedergeschlagen. Die ganze Zeit über hatte er gehofft, zu der Menschheit zurückkehren zu können, aber jetzt stand ihm lediglich das Tor zu einer verlassenen Erde offen.

試訳:
 聞いた感じでは、ほんとうのことらしい。アラスカはすっかり意気消沈した。ずっと人類のもとへ帰還できると期待していたのに、いまになって、見捨てられた地球への扉しか開かれていないとは。

カリブソに、がっかりする理由はない。この段落、ぜんぶアラスカが主語なのに、なんで時間超越とか、カリブソの話になっているんだろう。

ハヤカワ版:
次の日の深夜、
原文:
In der darauffolgenden Nacht

試訳:
その夜、

夜明けにカリブソが帰ってきて、そのままふたりで時間の井戸へ行っている。それにつづく(darauf-folgend)夜だから、きょうの夜のはず。

ハヤカワ版:
 寝床から起きあがっても、音は消えない。
原文:
Als der Lärm nicht nachließ, stand Alaska von seinem Lager auf.

試訳:
 音が鳴りやまないので、アラスカは寝台から起きあがった。

「音が静まらないとき、アラスカは寝台から起きあがった」である。順序が逆……というか、原因と結果が逆。

■256p

ハヤカワ版:
 丘の中腹で、たいまつが数百、列をなして揺らめいていた。
原文:
Hunderte von flackernden Fackeln bewegten sich den Hang herauf.

試訳:
 数百の揺らめく松明が、丘を登ってくる。

上にむかって動いている。別に、コンサート会場でウェーブしているわけではない。
アラスカのセリフまで、その情報が読者に伝わらないことになるのだが……。

ハヤカワ版:
 松明の列は巨大なイモムシのように動いている。
原文:
Die Fackeln bewegten sich wie ein leuchtender Riesenwurm den Hang herauf.

試訳:
 松明は輝く巨大なイモムシのように丘を登ってくる。

これも同じこと。なんとしても herauf を無視したいのか?
まあ、ここなら、すでに「登ってくる」とわかってはいるのだが……。

■257p

ハヤカワ版:
 もし人形たちが小屋を破壊したら、“待避所”を失うことになってしまう……
 しずかに考えながら、不気味な行進を見守りつづける。
原文:
Alaska begann sich Gedanken zu machen, wohin er sich zurückziehen konnte, wenn die Puppen damit beginnen sollten, die Hütte zu zerstören.
Während er noch überlegte, setzte die unheimliche Armee ihren Marsch fort.

試訳:
 人形たちが小屋を破壊しはじめたら、どこへ退避したらよいものか、アラスカは思案した。
 考えあぐねるうちにも、ぶきみな集団は行軍をつづける。

行軍を再開した、の方がわかりやすいだろうか。

ハヤカワ版:
 なんと、人形使いは外にいる。シェーデレーアは愕然とした。小屋を出たのは、あきらめたからだろう。だが、小人は向きを変え、あばら屋にもどってきた。もしかすると、気が変わったのかもしれない。
原文:
Bestürzt wandte Alaska sich der kleinen Gestalt zu. Er sah, daß Callibso sich von der Hütte entfernte. Das war das Signal, daß er sie aufgeben wollte. Plötzlich machte der Zwerg kehrt und eilte noch einmal zu seine Behausung zurück. Alaska hoffte bereits, Callibso hätte sich anders entschieden, doch ein paar Sekunden später befand der Puppenspieler sich wieder im Freien.

試訳:
 愕然として、アラスカは小人へと向きなおった。カリブソは小屋から遠ざかろうとしていた。放棄するつもりというシグナルだ。ふいに踵を返すと、もう一度住居へと駆けこむ。ひょっとして気を変えたかとアラスカは期待したが、数秒足らずで人形使いはまた表へとあらわれた。

えーと、最初に確認してほしいんだけど……アラスカの立ち位置、忘れた? ふたりは、小屋から走りだしていって、時間の井戸を見おろして――まだ、表にいるのだ。訳文、完全にアラスカが小屋の「中」にいるよね?

しかも、「カリブソが外にいる」ことに驚いているようだが。びっくりしたのは、人形使いが「デログヴァニアンを去る」ことを決意したからだろう。なにが、なんと、なんだか。

■258p

ハヤカワ版:
 人形のたてる音はますます近づいてくる。カリブソがどうやって人形を創造したのかわからないが、“悪意”を付加したとは思えない。
原文:
Alaska hörte den Lärm der näherkommenden Puppenmeute. Auf welche Weise Callibso diese künstlichen Wesen auch geschaffen hatte, er wollte offensichtlich nichts mehr mit ihnen zu tun haben, nicht einmal im Bösen.

試訳:
 人形の暴徒がたてる物音が近づいてくる。どうやってこの人造生命を創造したのかわからないが、明らかにカリブソは、もう関わりをもちたくないらしい。破壊することすらしたくないのだろう。

haben zu tun mit で「だれそれと関係がある」。ん、「付加した」って、まさか、この mit からか?!
im Guten wie im Bösen で「良きにつけ悪しきにつけ」。バラしても用いるようなので、ちょっと始末におえない熟語である(笑)
試訳では、上記2つの熟語から、「悪い関係=暴徒の撃退」と判断した。
しかし、ローダン読んでたら、上のやつは普通に頻出するはずなんだけどな……。

ハヤカワ版:
「だれも知らない場所だ」
原文:
“Wer weiß”,

試訳:
「だれにわかろう」

Who knows、である。オレだってわかんねぇよ、だ。ちょっと……これくらいはわかってよ。

ハヤカワ版:
いずれも棍棒など、原始的な武器を手にしており、それで小屋を解体しはじめる。あたりに破片が飛び散ると、こんどは松明を地面に投げた。炎がたちまち燃えあがり、まもなく建物全体に火がまわる。その明かりで、はじめて人形がはっきり見えた。どれも人間にそっくりだ。しかし、顔がない!
原文:
Sie drangen mit primitiven Schlagwerkzeugen darauf ein und begannen sie zu zertrümmern. Dann warfen sie Fackeln auf den Boden. Sofort loderten Flammen hoch. Alaska sah zu, wie die Trümmer Feuer fingen. Der gesamte Platz, auf dem das Gebäude gestanden hatte, war jetzt hell beleuchtet. Alaska konnte die Puppen sehen. Es waren menschenähnliche Gebilde, die kein Gesicht besaßen.

試訳:
原始的な槌や棍棒を手に押しよせると、叩き壊しはじめた。それが終わると、松明を投げる。たちどころに炎が高々とあがった。アラスカは火が残骸をなめるのを見つめた。小屋のあった敷地全体が、煌々と照らしだされている。人形たちが見えた。人間そっくりだが、顔がない。

Schlagwerkzeug で、「叩く道具」。打撃兵器というよりは、火かき棒とか麺うち棒を連想してしまうのはなぜだろう。あ、どっちも用途「叩く」じゃないやw
だいたい、試訳の方が直訳だと思ってほしい。内容的には変わらないのだが、いちいち原文と言葉がちがっている気がして、ちょっと取りあげてみた。

■259p

ハヤカワ版:
 時間の井戸に向かう途中、消えた松明の下に、薄いフォリオがはさんであるのを見つけた。風に飛ばされないように、わざとそうしてあるようだ。拾いあげて、調べる。
原文:
Auf dem Weg zum Zeitbrunnen war eine erloschene Fackel in den Boden gesteckt. Alaska sah, daß eine dünne Folie daran befestigt war, die sich leicht im Wind bewegte. Er löste sie von der Fackel und untersuchte sie.

試訳:
 時間の井戸への途上、燃えつきた松明が地面に刺さっているのをみつけた。薄いフォリオが留めてあり、かすかに風にそよいでいる。松明からはずして、調べてみた。

フツーに落ちてるだけだったら、見落としちゃうかもだ。目立つように、立ててある。

■260p

ハヤカワ版:
「わたしのからだをみつけたら、すぐ破壊してもらいたい」転送障害者は読みあげた。
原文:
Zerstöre meinen Körper, sobald du ihn findest, las der Transmittergeschadigte.

試訳:
『わたしのからだを見つけたら、すぐ破壊してもらいたい。

や、別に音読したとは書いてないし(笑) カッコもつけないイタリックで書いてあるだけだから、文面に目を通しただけでそ?

ハヤカワ版:
 では、異人は時間の井戸をくぐるさい、人形のからだをはなれ。超自我だけの存在にもどったのか?
原文:
Alaska runzelte die Stirn. Bedeutete das, daß Callibso nicht durch den Zeitbrunnen war, sondern lediglich sein Über-Ich aus dem Puppenkörper zurückgezogen hatte?

試訳:
 アラスカは眉をひそめた。これはつまり、カリブソは時間の井戸を使わず、人形のからだから超自我が脱けでただけということなのか?

超自我が時間の井戸を使った、という描写は1回もなかったはず。ダッカル次元泡でも星系から星系へ、ふつーに移動してたもの。また、最後にふらふら旅立っていくあたりからも、超自我が物理法則に縛られていないのは、ほぼ確実。

ハヤカワ版:
 カリブソは自分に、隠遁して生きる道を提供したのだ……理由はわからないが。
原文:
So rätselhaft wie Callibso in Alaskas Leben getreten war, hatte er sich auch wieder zurückgezogen.

試訳:
 あらわれたとき同様、謎めいたまま、カリブソはアラスカの人生から退場したのだ。

いや、そう読む方が、理由がわからないからっ。普通、誤訳って、読みちがいとか読み落としとか、それらしいミスがわかるもんだけどねえ。

原文は直訳すると、「アラスカの人生に歩みいってきたときと同じくらい謎っぽく、再び今度は引きさがった。」くらいだろうか。

■261p

ハヤカワ版:
 テラナーは注意深く近づくと、岩を振りかざし、人形の頭部をなぐりつけた。頭部はかんたんに割れ、四肢が痙攣すると、やがて動かなくなる。
原文:
Alaska schlich sich vorsichtig näher. Als sich eine günstige Gelegenheit bot, hob er den Arm und schmetterte der Puppe den Stein auf den Kopf. Sie brach zusammen. Ihre Arme und Beine zuckten, in ihrem Innern wurde ein Scharren hörbar.

試訳:
 アラスカは注意深く忍び寄った。機会をうかがうと、腕を振りあげ、相手の頭に石をたたきつけた。人形はくずおれた。四肢が痙攣し、その体内から、きしるような音が聞こえる。

えーと。性と数と格と時制がまちがってなければ、そうおかしな訳になりそうもない、と以前書いたわけだが。なぜかをしめす恰好の例が登場した。Sie brach zusammen. だ。

まず主語は Sie だが、文頭のため大文字なので候補が無駄に多い。Sie 「あなた、あなた方(ともに丁寧語)」、sie 「彼女、それ(女性名詞)、彼ら、それら」……。
一方、分離動詞 zusammenbrechen は「砕く、砕ける、崩れ落ちる、挫折する」等いろいろ意味があるのだが、文中の変化形は過去・一人称と三人称単数に対応する brach zusammen である。遡って、主語は単数の「彼女、それ(女性名詞)」ということになる。

アラスカが打擲にもちいたものは、石 der Stein。たたきつけた部位は、頭 der Kopf。どちらも男性名詞であり、代名詞は er になるはず。それでは女性名詞になりそうなものは、と見まわすと、人形 die Puppe がみつかった。

――という具合に、ちょっとパズルのようだが、この文章を構成する要素は追跡調査が可能となる。「頭がぱっくりいった」ではなく、「人形はくたくたっと倒れた」のだ。
なんでこうまで執拗に説明したかというと、ここで「頭がぱっくりいった」ために、次の段落も、不可能が可能になってしまっているからである。

ハヤカワ版:
 アラスカはしばらく躊躇したあと、人形の胴体をこじあけることにした。何度か岩をぶつけるが、意外に頑丈である。ようやく、一部がのぞけるようになったものの、ロボットのようなメカニズムがないとわかっただけである。
原文:
Alaska schlug noch ein paamal auf sie ein, dann rührte sie sich nicht mehr. Vergeblich versuchte er, ihren Körper gewaltsam zu öffen und einen Blick in ihr Inneres zu werfen. Sie war zu stabil. Er würde nie erfahren, ob sie ein Roboter oder irgend etwas anderes war.

試訳:
 さらに何度か殴ると、人形は動かなくなった。アラスカはそのボディをこじあけ、中身を見ようとしたが、あまりに頑丈すぎた。これがロボットなのか、もっと別のものなのか、わかることはないだろう。

vergeblich 「無駄に、いたずらに、むなしく」がある時点で、その試みは成功していないわけだが……。石で殴ったくらいで頭がぱっくりいくのに、ボディをこじあけられないわけがないと思ったのか、段落まるごと切った貼ったして、なんだか穴があいたみたいな結末になっている。実際には、頑丈すぎて、中身は見られなかったのだ。

ハヤカワ版:
 やがて、近くにシリンダー帽が落ちているのを見つけ、なかを調べた。だが、各種器具は消えている。
原文:
Alaska nahm der Puppe den Zylinder vom Kopf, aber die Instrumente, nach denen er suchte, waren verschwunden.

試訳:
 アラスカは人形の頭からシリンダー帽を取りあげたが、探してみても各種器具は消えていた。

石で殴りつけても、かぶったままだったのだ。ちがう意味で頑丈すぎる(笑)
あと、シリンダー帽 Zylinder だが、カリブソのイラストを見たことのある方はご存じだろう。まんまシルクハット Zylinder である。

■262p

ハヤカワ版:
 孤独な男はその後、たえず悪夢に悩まされるようになった。
原文:
Die folgenden Tage vergingen für den einsamen Mann wie ein Fiebertraum.

試訳:
 つづく数日は、孤独な男にとり、熱にうかされた夢のようにすぎていった。

夜見るのは悪夢かもしれないが、べつに昼間幻覚に悩まされてるわけじゃ(まだ)ないよね。

ハヤカワ版:
 あれ以来、都市は死にたえたようである。人形の姿は見えず、気配も感じなかった。また、カリブソが帰還した形跡もない。
原文:
In der Stadt rührte sich nichts mehr. Die Puppen schienen ihre Häuser nicht mehr zu verlassen. Es gab keinerlei Anzeichen für eine Rückkehr Callibsos.

試訳:
 都市には動きがまったくない。人形たちは家屋から出てこないようだ。カリブソの帰還をしめす徴候もない。

うん、ちょっとがんばりすぎかな(笑) 著者が小出しにしている分まで放出しちゃった感がある。「死にたえた」「気配がない」とまで書くと、あとでアラスカが、人形が「死滅」しているのを発見しても、驚かなくなっちゃうさw

■263p

ハヤカワ版:
 時間の井戸を使えば、いつでも逃げることができる。
原文:
Der einzige Ausweg aus dieser Situation war der Zeitbrunnen.

試訳:
 この状況からの唯一の脱出口は、時間の井戸だ。

まあ……言ってる内容は、おおよそ変わらないけどね……。

ハヤカワ版:
 それでも、たえず地球の運命について、考えてしまう。どのようなカタストロフィが二百億の住人を脅かしたのだろうか? それとも、そのカタストロフィはすでに“起こって”しまったのだろうか?
原文:
Alaskas Gedanken kreisten ständig um das Schicksal, das die zwanzig Milliarden Bewohner Terras bedrohte. Welche Katastrophe stand auf der Erde bevor? Hatte sie inzwischen schon stattgefunden?

試訳:
 200億のテラ住民を脅かす運命について、たえず考えてしまう。地球を待ちうけるのは、いかなる災厄? それはもう起きてしまったのだろうか?

訳文だと、どっちも「過去」じゃないかw いろいろいじりすぎなんだよ。

ハヤカワ版:
市内のほかの場所でも、状況は変わらなかった。
原文:
Der Terraner war sicher, daß es überall in der Stadt genauso aussah.

試訳:
きっと、市内いたるところがこのありさまなのだろう。

まだ、見てまわっていない。一軒目の状況からの推察である。

ハヤカワ版:
 ある日の寒い夕方、
原文:
Die Tage wurden kürzer, die Abende empfindlich kalt.

試訳:
 日が短くなり、夜は肌寒くなってきた。

いやー、これを「ある日の夕方」って訳せる胆力だけは見習いたいわ(笑)
……性も数も格も時制も比較級もどうでもいいんだな。

まあ、後の記述と照らし合わせると、アラスカは4月末にこの惑星に到着し、12月初頭にテラへむかう。半年以上、孤独にすごしているのだ。季節も変わるわけやね。

ハヤカワ版:
建築材料はいくらでも入手できたし、町にいけばたいていの日用品がそろっていたのである。
原文:
Baumaterial stand ihm genügend zur Verfügung, die gesamte Stadt gehörte jetzt praktisch ihm.

試訳:
建築資材なら好きなだけある。いまや都市全体が事実上かれのものなのだ。

zur Verfügung については、先だって書いたよね。好きにする――というのは、おそらく、万里の長城ばらして石材利用するようなもんだ(笑)

日用品? だれがそんな話してるんだっけ。

■264p

ハヤカワ版:
 ある朝、目ざめると、雪が降っていた。デログヴァニエンではじめての雪だ。あたりの風景が白い色に染まっていく。
 どうやら、すべてを失いたくなかったら、この惑星を去らなければならないらしい。
原文:
Als er eines Morgens erwachte und der erste Schnee des Jahres die gesamte Landschaft weiß gefärbt hatte, war Alaska sicher, daß er das Ende des Winters auf Dergwanien nicht mehr erleben würde.
Wenn er den Verstand nicht völlig verlieren wollte, mußte er diese Welt verlassen.

試訳:
 ある朝めざめると、初雪で風景がまっしろに染まっていた。このままでは、デログヴァニエンで冬の終わりを迎えることはあるまいと、確信があった。
 理性を根こそぎ失いたくなければ、この世界を離れなければならない。

まあ、凍死すると思ったのかはさておき。無駄に削除してる部分多すぎだろう、これ……。

ハヤカワ版:
 二百億の人間は、じつは消失しなかったのかもしれない。あるいは、あとでテラに帰還したか。ともあれ、そこに行けば、すべてが明らかになるだろう。
 勇気を持たなければ。
原文:
Zwanzig Milliarden Menschen konnten nicht einfach verschwinden, redete er sich ein. Sie würden zurückkehren. Alles würde sich als Irrtum herausstehen.
So sprach er sich selbst Mut zu.

試訳:
 二十億もの人間が、ぱっと消失するはずがない。きっと戻ってくる。なにもかも間違いだったと、明らかになる。
 そうやって、みずからを鼓舞した。

自分が到着の「時点」で、人間の姿がないことは、理解している。そのあと、戻ってくるにちがいない――と、嘘でもいいから自分を奮い立たせるために言いきかせている。なので、原文は仮定の未来なのだ。

ハヤカワ版:
 アラスカ・シェーデレーアはデログヴァニエンを去り、テラに向かうことにした。カリブソの調整を信じるなら、伝統的テラ暦で三五八一年十二月には、到達するはずである……
         
 時間の井戸をぬけると、雪原に出た。地表はすっかり雪におおわれている。
原文:
Dann, als man überall dort, wo Menschen lebten und die Zeit in herkömmlicher Weise maßen, den Dezember des Jahres 3581 erreicht hatte, verließ der Transmittergeschädigte Alaska Saedelaere Derogwanien.
Er benutzte den Zeitbrunnen, der unmittelbar nach dem Verschwinden des Terraners erlosch. Eine schneebedeskte Bodenfläche blieb zurück.

試訳:
 そうして、人類が暮らし、旧来の暦を用いるすべての場所で、三五八一年十二月をむかえるころ、転送障害者アラスカ・シェーデレーアはデログヴァニエンを離れた。
 使用された時間の井戸は、テラナーが通過してまもなく消失した。あとには雪におおわれた大地が残された。

なにが困ったって、段落どころか、*印までいじってることだ。しかも、話がつながっている個所に挿入して、訳がおかしくなっている。訳文だと、井戸使ったのはカリブソになっているわけだが……五十嵐さん、自分で原文読んでるか? まじで翻訳ソフト使ってない? 原文にない「カリブソによる調整」とか、ソフトが訳せてないところを原文にあたらないでいじっているとしか思えないわ。ひどすぎ。

■265p

ハヤカワ版:
 カリブソの超自我はあたりを観察し、愕然とした。アラスカ・シェーデレーアがいないのだ。
 テラナーはこの決定的段階を予想していなかったはず。
原文:
Callibsos Über-Ich, das ab und zu zu den alten Plätzen zurückkehrte, um sich umzusehen, wunderte sich, daß es Alaska nicht mehr antraf.
Eigentlich hatte es dem Terraner diesen entscheidenden Schritt nicht zugetraut.

試訳:
 観察のため、時折もどってきていたカリブソの超自我は、アラスカに遭遇しなかったことに驚嘆した。
 テラナーがこの決定的な一歩を踏みだそうとは思っていなかったのだ。

後の文の主語 es は、超自我が中性名詞なので。これも、そもそも何が主語なのか、ちゃんと確認できてないから、こんな変な訳文になる。「この決定的段階」って、なんなのか説明してほしいわ。

ハヤカワ版:
超自我は大宇宙で“新しい家”を探すため、捜索の旅に出た。
原文:
Sein Über-Ich wanderte durch die Räume auf der Suche nach einer besseren neuen Heimat.

試訳:
超自我は、幾多の空間をぬけて漂泊する。新たなる、よりよき故郷をもとめて。

……。
やっぱ300巻のころに、無理してでも全文照合やっとくべきだったか、とつくづく思うわ。だれもなんにも言わないから、悪化してるじゃないか。こんなん、わしだったら、冥土でフォルツに顔合わせられんぜ。
「月2回もあるんだから、そんなに時間かけられん」とか言うなら、月1に戻せばよろし。正直、こんな誤訳だらけの読まされてる日本の読者は悲惨だぞ?

時間超越 ヴィジョン

さて、おひさしぶり(笑)の「時間超越」。とうとう5月にまで食い込んでしまった。今回は10章内「ヴィジョン」である。

時間の井戸に首までつかった――は意味が逆だな(笑) 首つっこんだアラスカが見たヴィジョンとは!? なのだが。なにこれ、さっぱりわかんねーよっ、って読者さん、多そうだ。最初に言っておく。例によって、訳、gdgdなんである。というより、わざわざ、アラスカがいま、何時・何処にいて、どういう状況か、わかる描写をガンガン削ってしまって、自分でわからなくなっているように見うけられる。

なので今回は、「訳されていない」場所を比較してもらえるよう、最初に試訳全文を掲載する。

試訳
 いまいるのがどこで、この見なれない環境にどうやって自分が顕在しているのか、アラスカにははっきりわからない。かれは滑空していた。それとも、惑星地表がかれの下を通りすぎていくのか?
 しばらくのあいだ、理性的な思考は成りたたなかった。自分自身のことで手いっぱいだったのだ。それとわかる肉体もなしに観察しうるというこの現象は、まったく新奇なもの。まずは、これに慣れなくては。
 アラスカは、人気ひとけのない土地の上空にいた。まもなく、それがどこかに気づく。
 旧南米、アンデス山脈にある高原だ。
 ここはアルティプラノ上空だった。
 方角を見さだめようとするが、いまいる謎めいたポジションからでは不可能。すべてが動いていた。町、村、この地方には無数にある計測・制御ステーションが、みるみる通りすぎていく
 一度は、ティワナクの特別保護区域を認めたように思われた。
 地上ステーションの存在から、自分が“現在”にいることは確信していた。すなわち、メールストロームにある地球に。
 アフィリカーの地球だ!
 ティワナクは消え、終わりのない連鎖のように、チチカカ湖、そしてアレキパ、ワンカヨ、クスコ等々といった都市があらわれる。
 この地上の光景は、どこかおかしい、とアラスカは思った。なにかが、なにか決定的なものが変わってしまっている! 一心不乱に考える。おそらく、かれはすでに回答を知っている。それでいて、認めるを拒否しているのだ。
 地表の――それともアラスカの――動きがいっそう速くなった。あまりに目まぐるしく情景が移りかわるため、もはや肉体をもたぬ観察者には消化しきれない。
それから、すべてがおもむろに停止した。
 アラスカはとある大都市を見おろした。すぐにはどこだかわからない。
 その瞬間、自分がなにを認識し、かつ受けいれていなかったのか、理解した。
 都市は見捨てられていた!
 ひとりとして、人間がいないのだ。
 それは、ここまで見てきたすべての都市にもあてはまる。
 ひやりとした恐怖がアラスカをつつみこんだ。ピンでとめられた標本のような気分。
 情景が切りかわった。
 孤独な観察者の下、地球が自転している。大陸があらわれては消え、都市と大地がいれちがっていく。破壊の徴候はどこにも存在しなかった。なにもかもが、たったいま放置されたように見える。
 ヴィジョンから導きだされるのは、破滅的な結論
 地球には、もはや人類がいなかったヽヽヽヽ ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ
 潜在意識と、デログヴァニエンに残された肉体との説明できない連携で、アラスカ・シェーデレーアは時間の井戸から頭をひきぬいた。ヴィジョンはたちどころに終了した。

……。
地名・都市名については、ティワナク同様、今回はWikipediaに倣うことにした。
一通り目を通していただいたら、各論(笑)に移ろう。

■251p

ハヤカワ版:
 ここがどこか、どうやってこのなじみのない場所にやってきたか、正確にはわからない。たんに“スライド”してきたのか? それとも、惑星地表を動きまわったあげくなのか……?
原文:
Alaska wußte nicht genau, wo er sich befand und auf welcher Weise er sich in dieser ungewohnten Umgebung manifestierte. Er glitt dahin. Oder bewegte sich die Oberfläche eines Planeten unter ihm hinweg?

動詞 manifestieren は、某党マニフェストなんて風にも使われるとおり、「宣言する、声明を出す、明らかにする」である。ただし、SFやホラーなんかだと、「(存在が)顕在する」という使われ方が多い。
動詞 gleiten は「滑る、滑走する」だが、ローダンの場合は、グライダーと同根、といった方がわかりやすいかと思う。「滑空する」である。この場合、さらに dahin 「(ここから)あちらへ」とくっついた分離動詞っぽいが、意味的にはいっしょ。

さて、アラスカはいまどこにいるのか? 訳文だと、まるで転送されてきたように書いているが(前の文章を「べつの環境にいた。」とも訳しているし)、要するにアラスカ、首だけ別の時空につっこんだ状態である。そして、これ、空にアラスカの首が浮かんでいる状態をイメージしてもらった方が理解しやすいはずだ。実際にはもうちょいちがうのだが……とにかく「地表を動きまわる」とか、論外w

ハヤカワ版:
 アラスカ・シェーデレーアはしばらくのあいだ、理性的な思考ができなくなっていた。おのれの置かれた状況を把握しようと、意識のすべてを動員していたから。だが、やがて新しい環境にも慣れはじめる。
原文:
 Eine Zeitlang brachte er keinen vernünftigen Gedanken zustande, denn er war allein mit sich selbst beschäftigt. Das Phänomen, ohne einen fühlbaren eigenen Körper beobachten zu können, war völlig neu für ihn. Er mußte sich erst daran gewöhnen.

意識、という単語は原文中にない。内容的には近いんだけどね。逆に、Phänomen「現象」とか、Körper「肉体」という単語は、訳文中に見うけられない。原文まんなかの文章は「感知しうる自分の肉体なしに観察するという現象」……つまり上記首だけ状態の説明である。首もないか(笑) 視覚だけが……「あなたの目はあなたの体を離れて」、滑空しつつ眼下の情景を見ているのだ――と、本来、読者はここまでに理解しているはず。
なんだが、なぜかバッサリやられている。なぜだ?

ハヤカワ版:
 地表のように見える場所を去り……しばらくして、自分がどこにいるか、ようやく認識した。
 “かなり昔”の南アメリカ大陸、アンデス地方の高原だ。
 アルティプラノにちがいない。
原文:
Alaska befand sich über eiem verlassen aussehenden Land. Wenig später erkannte er, wo er war.
Diese Hochebene lag in den Anden des ehemaligen Südamerikas.
Alaska befand sich über dem Altiplano.

befand sich は、前にも書いたが、「どこそこにいた」。前置詞 über は、場所関係に用いる場合、「~の上(接触していない)」。ぶっちゃけ、どこそこの上空にいた、である。大事なことなので2回言っているのに(笑) 2回とも無視されている。
verlassen は動詞 verließen「離れる」の過去分詞で「人気のない、無人の」なんだが……。befand sich があるのに、不定冠詞が前にある Land の修飾なのに、なんで動詞として訳すのかねえ。Land に見える(aussehen)場所を verlassen? verlassen に見える Land だよっ。

また、最近すぐ“”つけてごまかしてるけど、ehemalig を「“かなり昔”」って、どんな読み方やねん。前の章でも書いたけど、単に「旧南米」でしょ。「テラのアルティプラノ」じゃわかりづらいからという補足説明と見るべき。しかも、これを作中時間として想定すると、つづくアラスカの観察と矛盾してるよ?

ハヤカワ版:
 いまいるポジションを特定しようとするが、うまくいかなかった。町、村、あるいは地域の計測・制御ステーションが、近くにあるはずなのだが。
 一度、ティアワナコの特徴を認めたように思ったが、それだけだった。
原文:
Er versuchte sich zu orientieren, aber das war von seiner rätselhaften Positon aus nicht möglich. Alles schien in Bewegung. Stadte, Dörfer und die in diesem Gebiet sehr zahlreichen Meß- und Kontrollstationen huschten vorüber.
Einmal glaubte Alaska den besonders abgegrenzten Bezirk von Tiahuanaco zu erkennen.

動詞 oritentieren は、オリエンテーリングから推測できるように、「方向をさだめる、調べる」だが、原文だと「ポジション」は別の文節にある。右も左もわからないけど、そもそもいまいる位置が特定できないから基準がない、のだ。
そんでもって、次の文章「すべてが動いている」を削除したせいで、原因不明になって、動いているものを描写したはずの文章が、まるで原因のように訳されている。

動詞 huschen は「急いでいく」、 vorüber「通りすぎて」とくっついて、「さっと通過していく」くらいの意味になるわけだが。この動詞も消滅している。通りすぎるどころか、町も村もステーションも、訳文だと、みつかってすらいないようだ(笑)

besonders abgegrenzter Bezirk は、遺跡の保護区域と判断した。「特別に・しきられた・エリア」である。ただし、特別保護区、とは一致しないので、訳し方はまちがっているかもしれない。

ハヤカワ版:
 地表の風景を見るかぎり、ここが地球なのはたしかだ……ただし、メールストロームに“流された”あとの……
 アフィリカーの地球だ!
原文:
Der Anblick der Bodenstationen überzeugte Alaska davon, daß er sich in der Gegenwart befand. Das konnte bedeuten, daß er sich über jener Erde aufhielt, die im Mahlsrom stand.
Die Erde der Aphiliker!

ステーションがあるから現在の地球だ、とアラスカは判断している。なのに、上記でステーションがみつかっていないから、「地表の風景」とやってごまかしている。バックしろよ。まちがえたこと、ここでわかるだろ?

さらにいえば、もうちょっと前の「“かなり昔”」に、判断の材料がなにも書いてなかったことも思いだしてほしい。アラスカがヴィジョン中の時間について考えているのは、ここがはじめてなのだ。

ハヤカワ版:
 ティアワナコは消え、ティティカカ湖があらわれた。つづいて、アレクィパ、ワンカィヨ、クスコその他の都市が見えてくる。
 しかし、この風景はどこかおかしい。なにか重要なものが違うのだ! アラスカは緊張した。無意識下では、その原因がわかっているような気がするが、意識がそれを認めるのを拒否している。
原文:
Tiahuanaco verschwand, in einer endlosen Kette erschienen der Titicacasee, Ariquipa, Huancaya, Cusco und andere Städte.
Alaska erkannte, daß dort unten irgend etwas nicht stimmte. Es hatte sich etwas verändert, etwas Entscheidendes! Er dachte angestrengt nach. Wahrscheinlich kannte er die Lösung bereits, aber er weigerte sich, sie anzuerkennen.

名詞 Kette は「鎖、チェーン」。Kettenreaktion で「連鎖反応」。で、この場合、チェーンをたぐるように、都市が次から次にあらわれ(ては消え)るのだ。

angestrengt 「緊張した、真剣な、無理をした」は、動詞 anstrengen 「酷使する、(緊張させて)くたびれさせる」の過去分詞を、副詞として使用している……のだが。本来の動詞が消えてしまっている。nachdenken は「よく考える、思い返す、反省する」。ここでアラスカは、自分の見落としについて、真剣に「考え」ているのだ。

ハヤカワ版:
 ともあれ、動きが速すぎるのはたしかだ。動いているのが風景なのか、シェーデレーアのほうなのか、それはわからないが。とにかく、肉体のない観察者が、印象を消化できないほど速いのである。
 だが、次の瞬間、すべてが停止した。
原文:
Das Land – oder Alaska – bewegte sich jetzt schneller, die Eindrücke wechselten so schnell, daß der körperlose Beobachter sie kaum noch verarbeiten konnte.
Dann kam alles ruckartig zum Stillstand.

jetzt schneller ――「いま、もっと早く」だ。速度があがったのである。
これを、アラスカの思考に反応したとみるかはさておき、これまではなんとか、どこの都市だかわかっていたものが、ぐるんぐるんまわりはじめてさっぱりわからなくなった、と考えるべきだろう。

ハヤカワ版:
 気がつくと、正面に大都市がひろがっている。いままで見えなかった町だ。
 意識がうけいれを拒否していたのは、この都市にちがいない。
 町は見捨てられていた!
 だれも住んでいないのだ。
 そういえば、これまでに見てきた町も、すべて同じだった。
 氷のような恐怖の感覚が押しよせてくる。唖然として、移動できない。
原文:
Alaska blickte auf eine große Stadt, die er nicht auf den ersten Blick erkannte.
In diesem Augenblick begriff er, was er die ganze Zeit über registriert, aber nicht akzeptiert hatte.
Diese Stadt war verlassen!
Kein einziger Mensch lebte zwischen ihren Mauern.
Das traf für alle Städte zu, die er bisher erblickt hatte.
Ein eisiges Gefühl der Furcht hüllte Alaska ein. Er kam sich plötzlich wie festgenagelt vor.

blicken auf で「~の方向を見る」、再帰動詞 Aufblicken だと「~を見上げる、仰ぐ」。このあとでも、アラスカ(の目)は上空にいるのは変わらないから、いるとしても、正面ではなく「真上」である。

auf den ersten Blick は、「ひと目で、ぱっと見で」。むしろ、それまでの都市の方が、アラスカわかりすぎだと思うが(笑) なにか特徴的な建造物でも知っているのだろうか。
で、肝心なのは、この都市じゃなくて、中身なのである。気づいたことは、次の文章で説明しているのである。ビックリマークだってついている(笑) 勝手に補足して、話を破綻させるんじゃねーって。見たこともない、って自分で訳しといて、それをうけいれ拒否してた? 日本語としておかしいじゃないか。

Mauer は「壁」。いつの時代からの慣用句か知らないが、古代中国の城郭みたいなイメージなんだろか。「壁と壁のあいだ」が人の住むエリアというのは。日本人……というか、根っから平民のわたしにはわからないなあ。

動詞 einhüllen は「包む、くるむ」。押しよせて、というより、パックリのみこまれちゃったんじゃない? また動詞 festnageln は「釘で留める、釘付けにする、動きがとれない」だが、ここまで見たとおり、アラスカ自身には移動先の選択能力はない。試訳の方もたいがい意訳(超訳)だが、肉体がないのに「身動きがとれない」のも変だしねえ。

ハヤカワ版:
 風景が切り替わった。
 地球が孤独な観察者の下で回転している。大陸があらわれては消え、都市と広野が交互にすぎていった。どこにも破壊の痕跡はない。すべてがそのままの状態で、いきなり放棄されたように見える。
原文:
Das Bild wechselte.
Die Erde drehte sich unter dem einsamen Beobachter hinweg. Kontinente erschienen und verschwanden, Städte und Felder lösten einander ab. Nirgends gab es Anzeichen von Zerstörung. Alles sah so aus, als wäre es gerade verlassen worden.

この部分は、特にツッコミどころなし。
Anzeichen は、徴候つーより痕跡ってやった方が、たしかにわかりやすいよなあ。

ハヤカワ版:
 徹底的にうちのめされるようなヴィジョンだ。
 地球には、もはや人類がいなかった!
 いきなり、肉体を感じて、頭をあげる。潜在意識の説明できない作用で、デログヴァニエンの肉体にもどったのである。ヴィジョンは一瞬で消えた。
原文:
Das war die vernichtende Konsequenz der Vison:
Auf der Erde gab es keine Menschen mehr!
In einem unerklärlichen Zusammenspiel seines Unterbeweßtseins mit dem auf Derogwanien zurückgelassenen Körper hob Alaska Saedelaere den Kopf aus dem Zeitbrunnen. Die Vision endete sofort.

vernichtend は、これまで何度も見てきた、殲滅スーツと同根。動詞 vernichten 「破壊する、根絶する、消去する」の現在分詞で、「破壊的な、ぶちこわしの」。
名詞 Konsequenz は一連のシークエンスからたどりつく「結論」。文末がカンマでなくコロンなので、次の文章が、その結論の内容である。

名詞 Zusammenspiel は「合同競技、チームワーク、協力、相互作用」……と、辞書にはあるが、「連携プレー」だよなあ(笑) 潜在意識が肉体とタッグを組んだ、のである。また、肉体にもどった云々は、訳者の主観。首つっこんだだけなのだから、ひっこぬけば見えなくなるのが道理。

……。
と、いうわけで。わざわざ削除したとしか思えない描写が多すぎる。字数制限かなんか知らないけど、それで意味が通らなくなるとか、後ろの文章を改変するとか、タチ悪いよ。
それで辻褄が合わなくなってる個所があるのが、わかっていないのか、訳者のなかでは辻褄が合っているのか。前者だと困りもんだけど、まだ救いようがある……んだけどなぁ。

“喉”ブラックホール疑惑

Black Hole / ブラックホール
Schwarzes Loch / ブラックホール

本家・無限架橋の掲示板をご覧のかたはご承知だろうが、375巻『ポスビの友』前半「成就の計画」(マール著)にて、星のメールストロームの特異点“喉”が、なんかしらんブラックホールということになった、らしい。寝耳に水だったので、今回の更新は「時間超越」をお休み(笑)して、かんたんに追跡調査をおこなってみたい。

んーと、まずは“喉(der Schlund)”とはなんぞや、から。Perrypediaの当該項目から、冒頭部分を:

“喉”は星のメールストローム中部、最も濃度の薄い部分に形成されたエネルギー乱流である。
有効範囲、直径240億キロメートルの巨大転送機であり、メールストロームとプローン=ナビル銀河境界の構造漏斗“対向喉”と結ばれている。

そして、一部読者を震撼させた、375巻・裏表紙の紹介文から抜粋:

地球がブラックホールにのみこまれる日が近づいた。(以下略)

テラとルナを含むメダイロン星系自体が、徐々に“喉”にひきよせられており、やがてそこに転落してしまう――という展開は、わりと前から進行中なのだが。はて、ブラックホールだったという設定は、はじめて聞いた。ちと、原文でなんと書いてあるか確認してみよう。

■20p

ハヤカワ版:
地球がブラックホールにのみこまれるより前に、人類は自滅への道を歩むと決めたかのようだ。
原文:
die Menschheit schien entschlossen, sich selbst den Untergang zu bereiten, noch bevor der Schlund ihren Planeten verschlang.

強調部分は、ブラックホールと、原文でそれに対応する部分。
まずは、“喉”がかれら(人類)の惑星をのみこむ前に……である。

■21p

ハヤカワ版:
早朝のこの時間、ブラックホールの活動はとくによく観察することができた。
原文:
Jetzt, in den frühen Morgenstunden, war die Aktivität des Schlundes besonders gut zu beobachten.

“喉”の活動……。

■22p

ハヤカワ版:
ブラックホールにきらめく鮮やかな閃光を浴びて、岸辺の道をやってくる。
原文:
Im Widerschein eines der bunten Blitze, die durch die Öffnung des Schlundes zuckten, erkannte Bull ein Gleitfahrzeug.

“喉”の開口部にひらめく閃光……。

■23p

ハヤカワ版:
ブラックホールにのみこまれる気のない人々が、ひそかにテラを去ってしまったから」
原文:
weil die Menschen den Sturz in den Schlund nicht mitmachen wollen und sich rechtzeitig abgesetzt haben.”

人々が“喉”への転落をともにすることを厭い、まにあううちに退去してしまった……

■42-43p

ハヤカワ版:
月や姉妹惑星ゴシュモス・キャッスルや恒星メダイロンもろとも、地球がブラックホールにのみこまれる日を。
原文:
das Datum (…), an dem die Erde zusammen mit dem Mond, ihrem Schwesterplaneten Goshmos-Castle und der Sonne Medaillon in den Schlund stürzen würde.

地球(と、その他諸々)が、“喉”に転落する日付……。

■47p

ハヤカワ版:
地球とともにブラックホールを通る気はないから。
原文:
Er beabsichtigte nicht, den Durchgang der Erde durch den Schlund mitzumachen.

地球の“喉”通過をともにする気はない……。

ハヤカワ版:
これで、テラがブラックホールにのみこまれる前に脱出できる。
原文:
Damit war gesichert, daß er die Erde rechtzeitig vor dem Eintritt in den Schlund verlassen konnte.

“喉”への突入前に地球を脱出……。

■53p

ハヤカワ版:
ブラックホールの稲妻に照らされた夜の森に、自分以外のだれかがいる。
原文:
er sei nicht alleine in der nächtlichen, vom bunten Zucken der Blitze des Schlundes erhellten Busch- und Waldlandschaft.

“喉”の電光の、色鮮やかなひらめきに……。

■72p

ハヤカワ版:
たとえ、われわれの惑星がブラックホールにのみこまれようとも」
原文:
auch nachdem unser Planet in den Schlund gestürzt ist.”

“喉”に墜落した後でも……。

■113p

ハヤカワ版:
あなたが“喉”と呼ぶブラックホールに、テラがのみこまれるとき」
原文:
Mit dem Sturz der Erde in das Gebilde, das Sie den Schlund nennen.”

あなたが“喉”と呼ぶ構造体に……。

■117p

ハヤカワ版:
あるいはメダイロン星系がハイパー空間をとおってブラックホールの方向に大きくジャンプするか。
原文:
oder das Medaillon-System hat durch den Hyperraum einen Riesensatz in Richtung des Schlundes gemacht.

“喉”の方向へ大ジャンプしたか……。
時制もちがっている。「向かってきたか、ジャンプしたか」は過去、「近日中に起きる」のは、“喉”への墜落である。わざわざ「墜落」を削除して、誤解を助長してどーするよ。

■118p

ハヤカワ版:
 人類の故郷惑星はブラックホールの入口のきわにあった。
原文:
Der Planet der Menschheit befand sich im inneren Einzugsbereich des Schlundes.

“喉”の吸引エリア内にあった……。

■120p

ハヤカワ版:
上海の夜景は輝いていたが、ブラックホールの深淵からあらわれる閃光の明るさとはくらべようもない。
原文:
In Shanghai brannten die Lichter, aber ihre Helligkeit war nichts im Vergleich mit den ewig zuckenden Blitzen, die aus der Tiefe des Schlundes hervorbrachten.

“喉”の深淵からあらわれる……。

ハヤカワ版:
休息をとってもらいたい……ブラックホールにのみこまれるのを待つことなく」
原文:
Sie haben die Ruhe verdient… nicht den Sturz in den Schlund.”

あなたにふさわしいのは休息だ……“喉”への墜落ではなく。

■123p

ハヤカワ版:
ブラックホール近くで頻繁にあらわれるハイパーエネルギーのひずみ効果の影響をうけたとすると、もっと最近の光景なのかもしれない。
原文:
oder auch, infolge hyperenergetischer Verzerrungseffekte, die in der Nähe des Schlundes häufig und mit großer Intensität auftraten, jüngeren Datums.

“喉”近傍にしばしば強くあらわれるハイパーエネルギー性の歪み効果……。

ハヤカワ版:
人類の故郷惑星はブラックホールにのみこまれていないということ。
原文:
hatte der Schlund die Heimat der Menschheit noch nicht verschlungen.

人類の故郷はまだ“喉”にのみこまれていない……。

――と、いうわけで。せっかくだから(笑)斜め読みしつつチェックした16ヵ所で、すべて原語は、ブラックホール「ではない」ことを確認した。まだ見落としがあるかもしれないが、サンプル数としては、どうも原語以外のところに原因がありそうだと判断しても、さしつかえなさそうだ。
となると、本来は原書を全文検索して、ブラックホールに相当する単語or描写が他にないかを確認しなくちゃならないわけだが……全文照合…したくねぇ(笑) つーか、関係ないとこでひっかかっちゃうんだよ、例えば「パートナー1:臨界点まで残された時間単位はごくわずか。最終段階を今すぐ開始しなければならない。パートナー2:準備は完了している。最終段階、開始。」だよなー、とか。

まあ、幸いというか、怪しい個所は発見しているのだ……1ヵ所だけなので、証拠としての効力には乏しいけど:

■21p

ハヤカワ版:
数ヵ月前には星空のまんなかに黒い穴が開いているだけだった。
原文:
Noch vor wenigen Monaten hatte er wie ein schwarzes Loch inmitten des Sternenteppichs gewirkt.

試訳
ほんの数ヵ月前には、星の絨毯のまんなかに開いた黒い穴のように見えたものだ。

これ、小文字だから、ブラックホールじゃなくて、単純に黒い穴、なんだけどね。
まさか、これだけで、“喉”=ブラックホールと判断した――なんてことは、ないよね? ないと思いたいよ?
照合に使用した原書は第3版、1987年印刷のもの。原書のページ数もつけようかと思ったけど、版が異なると役立たずになるかもしれないので、割愛した。

時間超越 -10- part2

373巻後半「時間超越」、ごやてん悪魔の照合コーナーも、次でなんと20回w ほぼ隔日で掲載しているから、すでに1ヵ月をすぎていることが体感できてしまう、きょうこの頃……orz
今回は、ちょっと短め。10章の中に含まれる「ヴィジョン」だが、内容のちがいとかもあって、別立てにしたいためである。ちょうど今回分のラストに、分量多いのもあるしね。

駄々をこねたすえ、時間の井戸をテラ宛に調整させることをカリブソに承諾させた(?)、アラスカ・シェーデレーア。でも、なんだか人形使いの口ぶりがあやしい。不吉なものを感じつつ、巨石に囲まれた黒い穴をめざすのだが――

■247p

ハヤカワ版:
おそらく、テラナーよりもおちつきをとりもどすのが早いのだろう。
原文:
Schneller als der Terraner geglaubt hatte, war Callibso zu einem geregelten Leben übergegangen.

試訳:
テラナーが想像したより早く、カリブソは規則的な生活に移っていた。

思ったより早く立ちなおった、とやっちゃってもいいくらいだろうか。
als はこの場合、than なのは確かだが、比較しているのはそこじゃないだろ。

ハヤカワ版:
「ほんとうか?」人形使いは興味なさそうに、
原文:
“Wirklich?” Alaska hatte den Eindruck, daß der andere ihn belauerte.

試訳:
「ほんとうか?」そういう人形使いは、どこかこちらを窺うようだった。

やめときゃいいのになー、というのが、しつこいくらい表われているのだった。

■248p

ハヤカワ版:
「それとも、要求をひっこめるか?」小人がつづける。「好きにしていいのだぞ!」
「なぜ、いまさら?」
原文:
“Ist es möglich, daß due deinen Wunsch zurückziehst?” erkundigte sich Callibso. “Ich würde es dir raten!”
“Weshalb?” fragte Alaska schroff.

試訳:
「要求をひっこめるというのは、ありえないのか?」と、カリブソが探るように、「わたしならそう忠告する!」
「なぜ?」アラスカがけわしく訊ねる。

……そして、ついにぽろりと漏らしてしまう。
まあ、最初から「見たらがっかりする」と言われつづけているわけだから、いいかげんアラスカも怒るわな(笑)

ハヤカワ版:
地表全体を、災厄のオーラがおおっているような、名状しがたい不快感がある。
原文:
Das Unheil lastete wie eine Aura über der Oberfläche dieses Planeten.

試訳:
災いがオーラのように、この惑星の表面を覆いつくしている。

表面にのしかかっている、かな。まあ、これも超訳の部類。
バールのようなものをかまえて這いよってくるのだな、なにかがw

ハヤカワ版:
ない! そう叫びそうになるのをこらえて、踵を返し……また動きをとめる。
原文:
Nein! wollte der Maskenträger rufen und sich abwenden. Aber er blieb stehen und nickte energisch.

試訳:
ない! そう叫んで踵を返したい。だが、マスクの男はふみとどまり、力強くうなずいた。

またしても aber で接続されている文章を、変なところで切断している。
おかげで、決然とかまえるアラスカが、腹の決まらない挙動不審な男になってしまった。
おまけに現在、後ろむいたままだよ、このアラスカ(笑)

ハヤカワ版:
時間の井戸を操作しているのだ。どういう操作か、説明はない。
原文:
Alaska vermutete, daß der Zwerg auf diese Weise den Zeitbrunnen manipulierte, wenn er sich auch nicht vorstellen konnte, auf welche Weise das geschah.

試訳:
小人はそうやって時間の井戸を操作しているのだろうと、アラスカは推測した。もっとも、どういうしくみか想像もつかなかったが。

この文章も、アラスカ視点(笑)
Weise は多種多様な意味合いをもつが、この場合は、基本的に「方法、やり方」だろう。一文章の複数の節で、おなじ auf ~ Weise が使われていて悩ましいが、ここは同じ訳し方はしない方向で。最後の節は、「どんな方法で時間の井戸の操作が起こっているか」かと思われ。

■249p

ハヤカワ版:
 ついで、彫像の反対側に立つカリブソに視線を向け、
原文:
Er drehte sich auf die Seite und sah Callibso an, der abwartend dastand.

試訳:
 身体を横向きにして、傍観者のように佇立するカリブソを見やる。

彫像との位置関係は、どうだろう。だいたい合っている気はするが……。彫像とのあいだに立っていたら、カリブソ邪魔だろうしね(笑)
でも、アラスカ-彫像-カリブソ なのか、カリブソ-アラスカ-彫像 かは、実はわからないよね、この原文だと。

ハヤカワ版:
「きみを罠にかける必然性はないからな。
原文:
“Du brauchst es nicht zu tun.

試訳:
「きみにはそうする必要がない。

絶対のぞかなくちゃならないわけじゃない――と、まだ言うかカリブソ(笑)

■249-250p

ハヤカワ版:
 もう躊躇せず、次の瞬間、底知れない井戸の“水面”に顔をつっこむ。
 黒い鏡だ……一瞬、そう思った。
 だが、物騒ななにかが近くにある。井戸のなかは“永遠”が支配しているようだ。
「思いきって、見てみたらどうだ?」と、カリブソがいった。皮肉な口調だが、悪意は感じられない。
「まだ決断できないんだ!」と、アラスカ。
 だが、もう決定はくつがえせないとわかっている。意を決して両手を横にひろげ、頭を“虚無”につっこんだ。川の流れのようなものを感じる。
 次の瞬間、マスクの男はべつの環境にいた。
原文:
Er setzte sich wieder in Bewegung. Wenige Augenblicke später befand sich sein Gesicht über der unergründlichen Oberfläche des Zeitbrunnens.
: Ein schwarzer Spiegel! dachte Saedelaere unwillkürlich.
In seinem Innern krampfte sich alles zusammen, er spürte die Nähe von etwas Bedrohlichem. Unter dieser Oberfläche herrschte Zeitlosigkeit.
“Wagst du es nicht?” hörte er Callibso mit sanftem Spott fragen.
Alaska sagte: “Ich kann mich nicht entschließen!”
Aber er wußte, daß seine Entscheidung bereits gefallen war. Er streckte die Arme seitwärts am Körper aus und tauchte den Kopf in das Nichts, als wollte er ihn über das Ufer eines Baches hinweg ins Wasser strecken.
Mit einem Schlag erlosch die Umgebung, in der sich Alaska aufgehalten hatte.
Da war

試訳:
 再び身をのりだす。数瞬後には、底知れぬ時間の井戸の表面を眼下にしていた。
漆黒の鏡だ!〉と、われ知らず考える。
 体内のすべてがひきつれよじれるようだった。かれを脅かすなにかが間近に感じられる。この表面の下は、時知らざる空間なのだ。
「やってみないのか?」かすかな皮肉をこめてカリブソの問うのが聞こえた。
「ふんぎりがつかないんだ!」
 だが、わかっていた。自分がとうに決断をくだしていることは。両腕をからだのわきにつっぱり、川岸から水中にするように、虚無へと顔をもぐらせる。
 たちどころに、それまでアラスカのいた周囲の風景が消えうせた。
 そこにあったのは――

ヴィジョン
(DIE VISION)、と、一行空けてつづくのだが。前もちらっと書いたが、この手のフォルツの細工は、さっぱり顧みられることがない。残念な話。

で、訳文を読むと、2回、頭をつっこんでいるのだが、これは誤り。最初の方は、井戸の上方にまで首をのばしただけのこと。だから「ふんぎりがついてない」のである。
ここにも zeitlos が存在するが、どうせならそろえて訳してほしかったねえ。

……。
横書き→縦書き、とか。章立ては改ページとか。障害は、案外そんなところにもあるのだった(笑)
洋の東西の壁は、ベルリンのそれよりも厚いのかのぅ。

時間超越 -10- part1

えーと、予告していた「Zeitlose考」は、なんとゆーか、詰め込みすぎてまとまらなくなったので一時延期(笑)
「時間超越」赤入れ作業もいよいよ終盤。10章はマスクマンとパペットマスターの奇妙な同棲生活からスタートっ(木亥火暴)

■240p

ハヤカワ版:
 アラスカ・シェーデレーアは時間の井戸の近くにとどまった。人形がその町でなにをするかはわからないが、それに興味はない。人形使いの行動についても同じだ。しかし、この状況の心理的効果には期待している。カリブソがあれこれ思い悩めば、それが自分にとって有利に作用するかもしれない。
原文:
Da er in der Nähe des Zeitbrunnens bleiben wollte und auch nicht wußte, wie die Puppen unten in der Stadt auf seine Gegenwart reagieren würden, begann Alaska Saedelaere, sich in der Hütte des Puppenspielers einzurichten. Er erhoffte sich von dieser Maßnahme auch einen psychologischen Erfolg. Er war entschlossen, Callibso solange zu belästigen, bis dieser sich entschloß, ihm zu helfen.

試訳:
 時間の井戸の近くにとどまりたいこと、都市の人形たちが自分にどう反応するかもわからないことから、アラスカ・シェーデレーアは人形使いの小屋に居をかまえた。この措置には、また別の心理学的効果をも期待していた。自分を手伝う気になるまで、カリブソをわずらわすことに決めたのだ。

というわけで「手伝ってくれないかぎりうざったく居候しちゃうぞ作戦」、開始である。
再帰動詞 einrichten sich で「家をかまえる」。人形使いの小屋に~とあるわけだが、訳文だと、アラスカどこいっちゃったんだろ。ひょっとして野宿?(笑)

ハヤカワ版:
 小人はマスクの男の質問に対して、ほとんどコメントしなかった。日中は都市か、あるいは時間の井戸のほとりですごし、夜になると小屋にもどってくる。もっとも、帽子からとりだした各種小型機器については、注意をおこたらないようだが。奇妙なことに、殲滅スーツは椅子にかけたまま、放置されていた。
 時間がたつにつれ、不安がつのってくる。
原文:
Der Zwerg nahm die Gegenwart des Maskenträgers zunächst kommentarlos zur Kenntnis. Er verbrachte die Tage unten in der Stadt oder verließ Derogwanien durch den Zeitbrunnen. An jedem Abend jedoch kehrte er in die Hütte zurück. Alaska registrierte, daß das merkwürdige Wesen mit großer Aufmerksamkeit über seine Instrumente wachte. Dagegen hing der Anzug der Vernichtung achtlos über einem Stuhl.
Alasa begann zu befürchten, daß er auf diesem Wege nicht weiterkam.

試訳:
 小人はマスクの男の存在を、当面無言でうけいれた。日中は都市ですごすか、時間の井戸をもちいてデログヴァニエンを出立する。とはいえ、毎日、夜には小屋へともどってくるのだが。アラスカは、この特異な存在が小型機器類については注意おさおさ怠りないことを認めた。一方で、殲滅スーツは無造作に椅子にかけられたままだ。
 アラスカは、この方法では進展が望めないかと不安にかられはじめた。

neben とか am とか、近く、を連想させる単語すら存在しないんだが。verlassen Derogwanien だよ? なんでそれが井戸端になるんだ……。
で、「手伝ってくれない(以下略)作戦」はいきなり頓挫しかねない状況に……。

ハヤカワ版:
 しかし、数日がすぎても、異人を会話にひきこむことはできなかった。人形使いはなかなか小屋に近づこうとしない。これ自体、シェーデレーアにとっては大きな誤算だったが、すくなくとも異人が行方不明になるよりはましである。
原文:
An dem Tag jedoch, da er sich entschlossen hatte, Callibso wieder in ein Gespräch zu verwickeln, kehrte der Puppenspieler nicht zur Hütte zurück. Für Saedelaere war das ein schwerer Schlag, denn er mußte damit rechnen, daß Callibso für alle Zeiten verschwunden war und den Terraner allein zurückgelassen hatte.

試訳:
 しかし、もう一度会話に持ちこもうとアラスカが決意したその夜、人形使いは小屋へ帰ってこなかった。これは重大な衝撃だった。カリブソが金輪際姿を見せず、ひとり取り残される可能性も考えねばならないではないか。

数日すぎたのは、前の段落。だいたい、前の段落で、「毎夜帰宅する」って書いてあるのに、いきなり「なかなか寄りつかない」って、変だと思わないのかね。ああ、だからまた数日すぎたことになったの?

■241p

ハヤカワ版:
 マスクの男は毎日、日没が近づくと都市を眺め、カリブソの姿を探した。夜は扉の前で、異人がもどるのを待ちわびた。
 カリブソの自我が宿る人形は、日の出のあとまもなく姿をあらわした。時間の井戸からあらわれ、急いで丘を登ってくる。
原文:
Alaska scheute davor zurück, noch an diesem Abend in die Stadt hinabzugehen und dort nach Callibso zu suchen. So verbrachte er die Nacht vor dem Eingang der Hütte.
Die Puppe, die Callibsos Über-Ich in sich trug, erschien am nächsten Tag kuruz nach Sonnenaufgang. Sie kam vom Zeitbrunnen und hatte es offenbar eilig, den Hang heraufzukommen.

試訳:
 その夜すぐに都市へおりてカリブソを探すのは、どうにもためらわれた。そこでアラスカは、小屋の戸口で夜を明かした。
 カリブソの超自我を宿す人形は、翌朝、日の出からまもなく姿をあらわした。時間の井戸から、せかせかと丘を登ってくる。

また数日たってるし。単に、居候先の主人が朝帰りしただけの話である(笑)
井戸とからむ前置詞が、(her)aus ではなく vom (von dem) なので、中からあらわれたのではなく、井戸のある場所から小屋へと移動する位置関係の前置詞と判断した。

ハヤカワ版:
 アラスカを無視して小屋にはいると、寝床をととのえはじめた。
原文:
An Alaska vorbei begab sie sich in die Hütte und warf sich auf ihr Lager.

試訳:
 アラスカのわきを通りすぎて小屋へ入ると、寝台に身を投げだした。
お疲れなのだ。しかし、朝帰りした夫がお疲れのご様子だと、妻は気が気でないようだ(笑)

ハヤカワ版:
「そうではない!
原文:
“Ja – ins Nichts!

試訳:
「ああ――あてどもなくな!

どこなりといけ、じゃ困るのである。

■242p

ハヤカワ版:
だから、きみがこの家に滞在するのに反対ではないのだな。
原文:
Deshalb möchte ich, daß du bei mir bleibst.

試訳:
だから、きみがここにとどまるのにやぶさかでない。

うーん……。「君のような仮面の男に、ずっとそばにいてほしい!」じゃないしなあ(笑)
わりと積極的に認めているようで、一線を越えてない訳ってどんなんやろ……w

ハヤカワ版:
「きみには失望した」と、いった。「では、すべてを見せよう」
原文:
“Ich wollte dir eine Enttäuschung ersparen”, sagte er. “Aber offensichtlich muß ich dir alles zeigen.”

試訳:
「きみを失望させたくなかったのだが、どうやらすべてを見せずばなるまい」

いや、それでアラスカに失望はしないでしょw だって、自分こそ何百万年も同胞のもとへ帰りたかったんだから。中身は、たぶん、わりと似てるのだ、このふたり。

ハヤカワ版:
のぞけるように調整するから。もっとも、きみの予想どおりのものが見えるとはかぎらないが」
原文:
ich werde dir einen Blick dorthin gewähren, damit du weißt, was dich dort erwarten würde.”

試訳:そこが見えるようにしてやる。何が待ちうけているか、わかるはず」

うん、まあ、予想どおりの映像じゃないのは確かだけどね……。

■243p

ハヤカワ版:
「自分自身でありのままを見るがいい。そのあとで、どうするか決定するのだな」
原文:
“Sieh dir an, was ich dir zu zeigen habe. Danach kannst du immer noch entscheiden, was du tun willst.”

試訳:
「まずはわたしがしめすものを見ろ。その後でも、何がしたいかの決定権はきみにある」

疑ってるのはわかるから、とにかくひと目、見てごらん? 見たからって、むりやり売りつけたりしないよ? ……いかん、これじゃ本気で詐欺の手口www

ハヤカワ版:
もちろん、疑念は相いかわらずのこるが。とにかく、一度この小人のやり方を見てみる価値はある。
原文:
obwohl er natürlich nicht sicher sein konnte, ob es ernst gemeint war. Vielleicht wäre es besser, zunächst einmal die Bereitschaft des Fremden zu prüfen, über alles zu sprechen.

試訳:
むろん、本気のことばか確信の持てるはずもないのだが。あるいは、すべてを包みかくさず話す用意があるか、試してみるのもいいかもしれない。

んで、いきなり「大群の秘密知ってるー?」か……。
訳文だと、井戸をのぞくこと=やり方を見てみる、みたいにとれたので、少しいじってみた。

ハヤカワ版:
「きみは遭遇したことがあるのか?」
原文:
“Wie kommst du darauf?”

試訳:
「どうしてそう思った?」

なんで、わたしが大群の秘密を知っていると思ったのかね、だ。

ハヤカワ版:
これはまちがいない。
原文:
(なし)

試訳:
(なし)

こういうの見てると、五十嵐さんは超訳がやりたいんだろうなあ、と思う。
まあ、フォルツの文章って、日本語にするとブツ切りみたいなとこも多いから、ついやっちゃうんだろう。個人的には、やりすぎだと思うんだけどね。

■244p

ハヤカワ版:
「わが種族は大群の建設者の一員だった」
原文:
“Mein Volk ist identisch mit den Erbauern des Schwarmes.”

試訳:
「わが種族は、大群の建設者と同一のものだ」

あー……この設定は、Mächtigen の登場とともに変わるから、実はどうでもいいのだが。
でも、訳文だと、三十六種族のひとつみたいに見えるよね。

ハヤカワ版:
「わたしは若くもないし、年よりでもない……ただ時間を超越しているだけで。
原文:
“Ich bin weder alt noch jung – sondern einfach zeitlos.

試訳:
「わたしは年老いてもいなければ、若くもない――単に、この身は時を知らぬのだ」
誤訳ではないので、念のため。

このへんは「Zeitlose考」でやる…予定…なんだが(笑)
形容詞 zeltlos には「時間を超越した」という意味が確かにある。というか、辞書によってはそれしか載ってない。しかし、カリブソの行く末を思うと、かれは「時間超越者」ではありえないと思う。そういう発想で、在来ファンダム訳の〈時を失いし者〉を多少いじってつくったのが、rlmdi.訳の〈時知らざる者〉である。

結局、五十嵐さんは Zeitlose の固有名詞、種族名としての訳語をつくらなかった。時間超越者、がイヤだったのかもしれない。でも、この単語、カリブソの代名詞だし、〈強者〉は個人的にもっとイヤなんだけどね……。

ハヤカワ版:
「知性は意識と同義だ。意識なしでは、生命にも意味がない。だから、われわれが知性を運ばざるをえなかったのだ」
原文:
“Intelligenz bedeutet Bewußtsein”, gab Callibso zurück. “Ohne Bewußtsein gibt es kein Leben. Deshalb mußten wir es tun.”

試訳:
「知性とは意識。意識ぬきには生命は存在しえぬ。それゆえ、われらはやらねばならなかった」
誤訳ではないので、念のため。

これは、五十嵐さん、きれいにまとめたなー、と思った。
個人的には、生命→意識→知性、の順で発生するもののように思えるので、あえてそれを逆行させる形での試訳となった。後に判明する、胞子船による生命の播種、有望な地域への知性の播種、と連なる活動も、それを踏まえてるんじゃないかな、と。

ハヤカワ版:
なんらかの想像を絶する勢力が、数百万年前に大群建設を計画したのだろう。その存在はすべてをコントロールし、知性が大宇宙に“播種”されるようにした……
原文:
Irgendeine unvorstellbare Macht, die über Millionen Jahre hinweg vorausplante, hatte alles eingeleitet. Sie hatte dafür gesorgt, daß die Intelligenz im Universum verbreitet wurde.

試訳:
数百万年先を見すえて計画を練る、想像を絶する勢力が、すべてをはじめたのだ。かれらは、知性が大宇宙にひろまるよう配慮してきた。

文節ごとの時制を考慮すると、こうなる。

■245p

ハヤカワ版:
「われわれは進化の過程で、時間の秘密を解明した」と、異人がつづける。「そこで、使命の一部をサイノスに委任したのだ」
原文:
“Als unsere Evolution fortschritt und wir das Geheimnis der Zeit begriffen”, fuhr Callibso fort, “übertrugen wir unsere Aufgabe an die Cynos.”

試訳:
「進化の過程で、時間の秘密を解明したとき」と、カリブソがつづける。「われわれはその使命をサイノスに譲りわたした」

一部、ではない。
ただし、この設定も850話でチャイになるわけだし。カリブソの任務が生命の播種・知性の播種であり、サイノスは大群の運行をまかされたわけだから、一部と表現しても誤りとは言いづらいものがある。

ハヤカワ版:
わからない。それと同じだ。われわれはなにをなすべきか、あらかじめ知っていた。どの種族にも、宇宙的拡張に関して、使命を負っているということだな」
原文:
Es gab keinen Auftraggeber. Wir wußten, was wir zu tun hatte. Es ergibt sich so. Jedes Volk, das kosmische Ausdehnung erlangt, erhält eine bestimmte Aufgabe.”

試訳:
依頼者など存在しない。われわれは、なにをなすべきかを承知していた。おのずとそうなるもの。大宇宙にひろがるどんな種族も、特定の使命を得るのだ」

4/26追記:
試訳の時制がおかしくなっていたのを訂正。

ハヤカワ版:
 異人は突然、不安そうなようすをしめし、
「テラナーは結局のところ……これまでの経験からすると、特別なケースだと思う」
「というと?」
「さまざまに解釈できるが……きみの種族は宇宙じゅうにひろがるだろう。寄生虫のようなものかもしれない」
原文:
Callibso wirkte plötzlich ablehnend.
“Die Terraner sind, nach allem, was ich bisher über sie in Erfahrung gebracht habe, ein Sonderfall.”
“Was heißt das?”
“Ihr dehnt euch nur aus”, entgegntete Callibso. “Ihr macht euch im Universum breit. Ihr seid Parasiten!”

試訳:
 カリブソは突然、否定的なおももちになって、
「テラナーは、これまでわたしの体験したかぎりでは、特例だな」
「というと?」
「テラナーはただ単に拡大する。宇宙じゅうに広まっていく。まるで寄生体だ!」

カリブソの知見というと……カトロンでローダンがペールトゥスの遺産とスッタモンダ、ダッカル次元バルーンでツグマーコンとドンパチ、あげくデログヴァニエンで人形が本体をザックリ――かなり個人的恨みもまじってそうだが、ツッパネたくなる気持ちもわからんでもない。

ハヤカワ版:
「それについては、こちらで考えよう」
原文:
“Wir haben auch einen Sinn!”

試訳:
「われわれにも、意味はある!」

む、無意味な寄生虫なんかじゃないもんっ、という、根拠のない膝蓋反射である(笑)

■246p

ハヤカワ版:
「あるいは」カリブソは真剣に応じた。「その可能性はある。たとえば、きみが創造されたのは、あらゆる場所に到達するためかもしれない。他者がフィールドをしめし、きみが成果をとどけるのだな」
 もちろん、この表現はアラスカにおもねったものではない。
原文:
“Vielleicht”, zweifelte Callibso. “Es ist möglich, daß ihr auch nur dazu geschaffen seid, alles zu durchdringen und alles zu besetzen. Andere haben das Feld für euch bestellt, und ihr bringt die Ernte ein.”
Für Alaska war dieser Vergleich alles andere als schmeichelhaft.

試訳:
「あるいは」カリブソは依然、懐疑的だ。「きみたちはすべてを突破し、占領するためだけに創造されたのかもしれないな。だれががきみらのために場を整え、きみたちは収穫を手にする」
 アラスカにとって、その比較はとうてい好ましいものではなかった。

要するに、ぜんぜん寄生虫扱いから脱却していないのだ(笑)
訳文は、なんでかしらんが、アラスカの話になってしまっている。なんで「きみたち」 ihr 単数扱いになるのかねえ。

ハヤカワ版:
「たしかに」転送障害者は種族を弁護した。「大群はわれわれの援助があって、はじめて本来の機能をとりもどしたのだからな」
「それはいずれ起こったことだ」小人はこの話に関心を失ったようだ。「ポジティヴでない発展が、長期にわたりつづくことはない。すべては必ず発展するのだ」
原文:
“Immerhin”, verteidigte er sein Volk, “haben wir mitgeholfen, den Schwarm wieder seiner ursprünglichen Bedeutung zuzuführen.”
“Das wäre früher oder später sowieso geschehen”, meinte der Zwerg gleichgültig. “Keine positive Entwicklung kann auf die Dauer unterdrückt werden. Alles entwickelt sich weiter.”

試訳:
「とにかく」と、アラスカは自分の種族を弁護して、「われわれ、大群が本来の意味をとりもどすのを援助したのだ」
「それはいずれ起こったことだ」小人はどうでもよさげに、「ポジティヴな展開を、長期にわたり抑圧しつづけることは不可能だ。すべては必ず発展するもの」

前の段落の修正にともなって、アラスカの弁論冒頭も変更される。
あと、さすがに「ネガティヴ」とまではできなかったのか。そのくらいなら、素直に訳せばよいと思うがなあ。

ハヤカワ版:
 異人にとって、この百万年は完全に無意味だった。黄色い偽神がこの二倍の期間にわたって、大群を乗っ取っていたとしても、結果は同じだろう。カリブソにも、それを阻止することはできなかったのだ。
 だが、それだけだろうか?
 その背後に、さらにかくされた意味があるのではないか……?
原文:
Eine Million Jahre waren für Calliboso offenbar bedeutungslos. Die Überzeugung, daß auch eine doppelt so lang anhaltende Machtübernahme der Gelben Götzen im Schwarm im Endeffekt nicht andrers geendet hätte, war fest in Callibso verankert. Der Lauf der Dinge ließ sich davon nicht aufhalten.
Aber wohin führte das alles?
Welcher Sinn verbarg sich dahinter?

試訳:
 百万年など、カリブソにとっては明らかに無意味。たとえ、黄色い偽神による権力掌握がその二倍の期間にわたってつづいたとしても、最終結果に変わるところはないと、深いところで確信している。ものごとの流れは、とめられるものではないのだ。
 だが、そのすべてはどこへつづいていく?
 その背後に、いかなる意味がかくされているのか?

einとderの法則じゃないが、不定冠詞が枕なので、不特定、任意、てきとーにピックアップした百万年が対象になる。

発展をつづける、その行く末は、じきに登場する、宇宙進化のたまねぎモデルへといたる。進化のはて――その意味を問いかけつづける、フォルツ宇宙のはしりである。

4/26追記:
脳みそログ・ファンザーな部分を削除。
GW前に終わらせたいと焦ったのが如実にあらわれてるなーm(_ _)m

……。
うーん、明らかに、原文ぜんぶ読んで(読めて)ないよね――というミスが多すぎる気がするんだが。あとは……時制の話は、もう何度も言ってるしなあ。名詞の性と数と格と、動詞の時制がわかれば、そうめちゃくちゃな訳になることはない、はずなんだけどね。仮にもプロ相手にいうことかいな。

時間超越 -9- part3

「時間超越」9章、予告どおり3回目でなんとか~。
多少駆け足になっているのはご愛嬌(ナワケネーwww)

とりあえず、人形のガワをかぶった本物のカリブソと、とうとうアラスカはご対面――

■234p

ハヤカワ版:
 気がつくと、あたりは明るくなっていた。霧が晴れたのだ。都市に目をやると、通りに住人“”がいる。いずれもぎこちなく、同じ速さで動いているようだ。
原文:
Inzwischen war es fast hell geworden. Der Nebel über der Stadt begann sich zu lichten. Auf den Straßen tauchten vereinzelte Gestalten auf. Sie bewegten sich ruckartig und mit gleichförmiger Geschwindigkeit.

試訳:
 いつのまにか、あたりはかなり明るくなっていた。都市を覆っていた霧も晴れはじめて、通りにはちらほらと人影があらわれていた。一様にぎこちなく、おなじ速さで動いている。

これ、明るくなったのって、単に朝になったからでしょう。もともと夜だったこと、ひょっとして忘れた?
動詞 lichten は、名詞 Licht 「光」と同根で、「明るくなる、(薄くなって)透ける」等の意味がある。霧が薄くなり(都市の詳細が透けて)人影が見えた、のだ。前半だけ取り分けて、前の文章の理由にするから、おかしくなる。

ハヤカワ版:
 それに、素材をどこから入手したのか、それもわからない。あるいは、カリブソの種族は、物質を自由に変化させる能力を持っているのだろうか?
原文:
Dabei wußte er allerdings nicht, welche Möglichkeiten Callibso zur Verfügung standen. Vielleicht beherrschte Callibos Volk alle Möglichkeiten zur Veränderung der Materie.

試訳:
 もっともアラスカは、カリブソがどんな手段を有しているのかを知らない。ひょっとしたらカリブソの種族は、物質を自在に変化させる方法を駆使しているかもしれなかった。

Möglichkeit は「可能性」で、経験的に「手段」と訳せる。……素材?
zur Verfügung は「~の意のままになる」で、アラスカも初登場時に、アトランにこう言っている。別に、「わたしを閣下の好きにして」じゃないよ?(笑) ともあれ、これを踏まえて上記の文節を直訳すると、「どんな可能性がカリブソの意のままになるか」となる。

ハヤカワ版:
 自分はカリブソに由来する“出来ごと”の渦中にいる。それはたしかだ。だが、もしかすると、まだ逃れられるかもしれない。なんといっても、殲滅スーツは本来の所有者のもとに、もどってきたのだから。
原文:
Alaska ahnte, daß er bereits zu tief in die Ereignisse verstrickt war, um sich noch zurückziehen zu können. Der Anzug der Vernichtung selbst hatte ihn zu dem ursprünglichen Besitzer des Kleidungsstücks zurückgeführt.

試訳:
 アラスカは、自分がもはや引きかえせないほど深くこの事態に巻きこまれていると予感した。殲滅スーツ自体が、その本来の所有者のもとへもどろうと、かれを誘導したのだ。

ひきかえせるかというと、すでに too deep なのだ。これを逆に読むのって、ある意味、信じられないのだが……。

ハヤカワ版:
 サイノスのシュミットは、こういう展開を事前に予想していたのだろう。だからこそ、自分を“運搬者”に選んだにちがいない。
原文:
In Alaska stieg der Verdacht auf, daß der Cyno Schmitt diese Entwicklung bereits vorausgeahnt hatte. Für Imago I war Alaska nur der Überbringer gewesen.

試訳:
 アラスカの胸中に、サイノのシュミットはすでにこの展開を予感していたのではという疑念が浮かんだ。イマーゴIにとり、自分は“運搬者”にすぎなかったのだろう。

ここが「運搬者」Überbringer とされる唯一の個所。あとは、このちょいと後で Bote が用いられているが、これもだいたい同様の意味。

ハヤカワ版:
 このとほうもない“宇宙的関連”のことを考えると、息がとまりそうになる。イマーゴIと名乗る生物は、成就まで数百年かかる長期計画を、いともかんたんに立案したのだ。これまで、おのれが“宇宙的な力”の道具であることを、全力で否定しようとしてきたが……結局、なにも変化させられなかったようだ。
原文:
Alaska stockte der Atem, wenn er an die unglaublichen Zusammenhänge dachte. Wsen wie Schmitt konnten über Jahrhunderte vorausplanen. Alles in Alaska sträubte sich gegen die Vorstellugn, letztlich nur das Instrument kosmischer Mächte gewesen zu sein, aber er konnte nichts daran ändern.

試訳:
 想像を絶するつながりを思うと、息づまるものがある。シュミットのような存在は、幾世紀もの先を予測して計画を練るのだ。アラスカのすべてが、結局自分は宇宙的勢力の道具にすぎなかったという想像にあらがったが、だからといってそれが変わるわけでもない。

考えるのもイヤだけど、事実は否定できないのだ。
あと、抵抗しているのは、地の文で過去形なので、作中の現在時。過去完了形ではないから、「これまでずっと……」というニュアンスはない。過去をふりかえって、いま想像して、いま抵抗しているのである。訳文、文節ごとの時制がごちゃまぜだ。

■235p

ハヤカワ版:
 シュミットは殲滅スーツを本来の所有者のもとにもどすため、複雑だが効果的な方法を考えたのである。アラスカはメッセンジャーにすぎない。イマーゴIはおのれが消えるのにさいし、その役をひきつぐ存在として自分を選んだ。その結果、自分は“宇宙的生物”になったのである。そう考えても、不快ではない。
原文:
Auf eine komplizierte, aber wirkungsvolle Weise hatte Schmitt veranlaßt, daß der Anzug der Vernichtung wieder an seinen rechtmäßigen Besitzer überging. Alaska war der Bote gewesen. Damit er seine Rolle übernehmen konnte, hatte er sich gewandelt, war zu einem kosmischen Wesen geworden. Der Anstoß war nicht aus ihm selbst gekommen.

試訳:
 複雑だが効果的な方法を用いて、シュミットは、殲滅スーツが正統な所有者のもとへもどるようなさしめた。アラスカは使い走りにすぎなかった。その役割を背負えるよう、かれは変貌し、宇宙的存在となったのである。発端は、かれ自身から生じたものではなかった。

Bote はまちがいなく「メッセンジャー、使者、配達人」であるが、ここはあえて一番ひどそうな訳語を選んだ。むしろパシリにしたい(笑)
Anstoß は、「キックオフ、発端」のほか、「不快感のもとになるもの」という意味も確かにある。でも、これを「不快感のもとは自分自身のうちからくるものではなかった」って読む? しかもそれを、やけに爽やかな一文に変換する? 意味イコールじゃないよねえw

■236p

ハヤカワ版:
だが、いずれはこの新しい状況をうけいれるだろう……ほかに方法はないはずだ。
原文:
Alaska entschloß sich, dieses Wesen eine Zeitlang allein zu lassen. Callibso mußte Gelegenheit finden, die neue Situation zu akzeptieren.

試訳:
アラスカは、しばらくひとりにさせてやることにした。カリブソとて、新しい状況をうけいれるための機会が必要だろう。

アラスカの配慮がすっぽり消えうせているのはなぜ……?

ハヤカワ版:
いくらイマーゴIでも、スーツを返却したあとのことまでは計算していなかったにちがいない。つまり、これから先はおのれの意思で自由に決定できるということ。当然、恐れる必要もない。相手が神秘的な力を乱用するとは思えないから。
原文:
Bestimmt hatte Imago I über den Zeitpunkt der Erledigung dieses Auftrags hinaus keine Pläne mit ihm gehabt. Das bedeutete, daß Alaska jetzt, da er den Anzug zurückgegeben hatte, frei entscheiden konnte. Zum erstmal brauchte er nicht zu befürchten, von geheimnisvollen Mächten mißbraucht zu werden.

試訳:
イマーゴIとて、任務達成のそのあとまで、アラスカに関する計画があったとは思えない。それはつまり、スーツを返却したいま、アラスカは自由に決断できるということ。謎に満ちた勢力に使い棄てられるのをおそれる必要がないというのは初めてだった。

スーツ返還云々をひとまとめにしちゃうのは、シンプルでいいと思うが……その後が悪い。
頭から訳したって、「おそれる必要がない、~することを」なのに、なんで理由になってるの。しかもアラスカとカリブソが混同されてるし。

ハヤカワ版:
 運命について考えても、しかたがない。それこそ、無意味だ。
 いや、そういう考えに与したくはなかった。
原文:
Man hatte ihn benutzt und sich über sein weiteres Schicksal keine Gedanken gemacht. Er war viel zu unbedeutend.
Dieser Gedanke erweckte seinen Trotz.

試訳:
 かれは利用され、しかもその後の運命を顧慮すらされなかった。無意味すぎる存在だ。
 そんな考えが、アラスカの反撥心をめざめさせた。

よくもそこまでゴミ扱いしてくれたなこの野郎――である。がんばれアラスカ! だけど訳者はきみの味方じゃないぞ!(爆)

■237p

ハヤカワ版:
「わたしは帰りたい!」カリブソの注意をひくように、大声を出した。「ショックから立ちなおったら、そのことも考えてみてくれないか」
原文:
“Ich komme zurück!” rief er Callibso zu. “Solange du dich erholst, werde ich mich weiter hier umsehen. Denk darüber nach, ob du nicht etwas für mich tun kannst.”

試訳:
「また戻ってくる!」と、カリブソにむかって叫ぶ。「あなたが休んでいるあいだ、このあたりを見てまわるから。わたしのために何かできることはないか、考えてみてくれないか」

いや……8章あたりのローダンのセリフも、やたらと「~したい」になっているのは気づいてたんだけど。ここまでくると、ぜんぜん意味ちがってるからなあ。

ハヤカワ版:
 壁に近づき、“オリジナル”のカリブソが、さまざまな世界から持ち帰った“土産”をチェックする。
原文:
Die Gegenstände an den Wänden ließ er dabei unberücksichtigt, denn sie stammten von anderen Welten und gehörten sicher nicht zum ursprünglichen Besitz Callibsos.

試訳:
 その際、壁にかかった道具類は無視する。雑多な世界に由来するそれらは、カリブソ本来の所有物ではありえない。

逆だって。
まあ、カリブソ本来の持ち物でなくとも、井戸関連の情報を含むものはありそうだと思うんだけどねえ。

ハヤカワ版:
人形がかぶっていたものだ。
原文:
wie ihn die Puppe ebenfalls trug.

試訳:
人形がかぶっていたのと同じものだ。

人形は、オリジナルのカリブソ(擬)とそっくりであるから、シルクハットも同じものが用意されている……ただし、中身なしで。そう考えないとヤバすぎるでしょw

ハヤカワ版:
 それをテーブルに載せて、ためつすがめつ調べる。
原文:
Überrascht ging Alaska zum Tisch und stülpt den Zylinder um. Als er ihm wegnahm, lagen ein halbes Dutzend merkwürdiger Instrumente auf der Tischplatte.

試訳:
 驚いたアラスカはテーブルにいき、シルクハットをひっくりかえして伏せた。それから持ちあげると、卓上に半ダースの奇妙な道具類があらわれた。

調べているのは、帽子ではなく、道具類である。非常に古ぼけたシルクハットで、しかもまったく異質な文明の産物に見える――って、どんなんだろね。

ここで中身が出ているのに、帽子観察ばかりしている(笑)から、あとの段落で、ちがう文章を「帽子に小型機器をかくしていた」と、原意とぜんぜんちがう翻訳をするハメになるんだよ。

ハヤカワ版:
カリブソはこの帽子に、さまざまな小型機器をかくしていたようである。いろいろためすうちに、ちいさな透明キューブが出てきた。メビウスの環を彷彿させる“リボン”がついた輝く球体、八角形のクリスタルも。しかし、その三つを調べる前に、扉が開いた。
原文:
Er war überzeugt davon, daß Callibso mit diesen kleinen Apparaten eine Menge anfangen konnte. Vor Alaska lagen ein transparentes Röhrchen mit leuchtenden Kugeln darin, eine Metallschleife, die ihn an einen Möbiusstreifen erinnerte und ein achteckiger Kristall mit zahlreichen Auswüchsen. Bevor er die drei anderen Gegenstände näher in Augenschein nehmen konnte, lenkte ihn ein Geräusch am Eingang ab.

試訳:
カリブソがこれらの小型機器でさまざまなことが可能なのはまちがいない。アラスカの前にあるのは、輝く球体がちりばめられた透明なチューブ、メビウスの環を彷彿させる合金製のリボン、無数の突起のある八角柱クリスタル。残りの三つを仔細にながめる前に、入口の方からの物音に注意をそらされた。

最初の一文については、前に書いたとおり。意味、ちがうから。
ええと……前の文章で「半ダース(6個)」の記述があり、いま3個見たので、当然あと3つ(drei anderen)あるわけで。しかも、見た3つも、なんだか描写がいりみだれてるぞ?

■238p

ハヤカワ版:
 カリブソが扉の前に立っていた。
原文:
Callibso stand in der Tür.

試訳:
 カリブソが戸口に立っていた。

誤訳というか、想定の差だけなんだが。前のページで、「強引に扉をこじあけた」わけだけど、ひょっとしてその際に、扉こわれてるんじゃないの?

ハヤカワ版:
その用途や機能を知らないのではないか……最初はそう思ったが、どうやら違うらしい。使い方を心得ているようなあつかい方である。
原文:
Alaska ahnte, daß es nicht klug gewesen war, dem Kleinen diese Utensilien zu überlassen, aber dieser Fehler ließ sich nicht mehr korrigieren. Mit den Instrumenten als Faustpfand hätte Alaska vielleicht etwas erreichen können – so war er dem Fremden ausgeliefert.

試訳:
道具類を小人にわたしたのはまずかったかな、とアラスカは思った。だが、いまさら手遅れだ。機器をしちにすればなんらかの譲歩を得られたかもしれないが――こうなると、異人の出方しだいだ。

ここの訳は、正直むずかしい。はたして試訳で正解かも微妙だが……あくまで最後の一文だけであって、訳文がおかしいことは確実だ。カリブソの中身が、すでに元の人形のものではないことを認めていながら、なに考えてるんだ、このアラスカ(笑)

※4/24追記:最後の一文の試訳訂正
かれ=アラスカの命運はカリブソの掌中にある、くらいの意味と読んだ。

ハヤカワ版:
「ぜんぶ“もと”のあなたの持ち物だ」と、声をかけてみる。「持っていればいい」
原文:
“Es sind Teile deiner ehemaligen Ausrüstung”, vermutete Alaska. “Das ist alles, was dir noch geblieben ist.”

試訳:
「それはかつてのあなたの装備の一部だな」アラスカは推測して、「いまなお残っているのは、それだけなのか」

訳文のアラスカ、何様や……(笑)
この文章は、なんつーか、それだけしか、当初の装備が残っていないほど、長い永い歳月がすぎていることを、アラスカに感じさせたかったんじゃないのかと思うんだが。

■238p

ハヤカワ版:
「どこに向かえというのだ?」
原文:
“Wo würde ich herauskommen?”

試訳:
「どこに出るんだ?」

抜けた先はどこになるのか、である。

ハヤカワ版:
どの世界に向かうかは、時間の井戸が決定するのだ!」
原文:
Auf jeden Fall auf einer Welt, auf der sich ebenfalls ein Zeitbrunnen befindet.”

試訳:
とにかく、そこにも時間の井戸がある世界にだ」

決定するのだ、というより、運しだい、といった方がわかりやすいんじゃないか(笑)
というか、アラスカがティワナクにあると思いだした似たような石像、という伏線はここにつながってくるのだが……。

ハヤカワ版:
「待ってくれ。まだ旅立つ準備がととのっていない」と、マスクの男。「わたしは特定の目標をめざすが、あなたの援助がないかぎり、そこに到達できないだろう。条件をしめしてもらいたい」
原文:
“Ich bin nicht bereit, Derogwanien unter diesen Umständen zu verlassen”, verkündete Alaska. “Ich habe ein bestimmtes Ziel. Solange du mir nicht hilfst, es zu erreichen, wirst du dich mit meiner Anwesenheit abfinden müssen.”

試訳:
「そんな条件下では、デログヴァニエンを離れるわけにはいかない」アラスカは宣言した。「わたしにはここぞと決めた目的地がある。そこへたどりつけるよう手伝う気がないのなら、わたしがここにいることをうけいれてもらうしかないな」

アラスカはテラに時間の井戸があることを疑っていて、また、カリブソに不特定の接続のなかから任意のものを選別する力があることも確信している。そこに「手伝ってくれないかぎりうざったく居候しちゃうぞ作戦(10章part1参照w)」が発動する余地があるわけだ。

……。
いや、そろそろ論評するネタも尽きてきたけど。
よく投げ出さないな(笑) >自分

時間超越 -9- part2

えーと、予定では、9章分は次回で終了。Zeitlose考やって、10章も3~4回かなあ。
終点が見えてきたようで、実際には5月まで食い込むことが事実上確定したので、ちょっとorz状態。

ま、まあとりあえずっ。今回は人形カリブソとのかみ合わない会話編。

■230p

ハヤカワ版:
「感謝するよ」と、くすくす笑いながら、「知ってるぞ。あんたの無知のせいで、こうなったんだよな」
原文:
“Ich sollte dir dankbar sein”, kicherte er. “Aber ich weiß, daß du aus Unwissenheit gehandelt hast.”

試訳:
「あんたに感謝するところなんだろうけど」と、小人は、きしし、と笑って、「でも、知ってるよ、無知から出た行動なんだよね」

相変わらず、文章を結ぶ aber を無視してるなあ。これを加味すると、感謝なんてしてないことになるんだが……。

ハヤカワ版:
「ちゃんと考えるんだ! わたしはカリブソが存続しつづけるための、最後の可能性なんだぞ! わたしを傷つければ、すべてが失われる。わたしの生命と、非物質化した残存物……つまり、魂と、どっちがだいじなんだ?」
原文:
“Überlege, was du tust! Ich bin die letzte Möglichkeit für den wirklichen Callibso, hierher zurückzukehren. Wenn du mir etwas tust, wird er endgültig verloren sein. Letzten Endes wird er ein Leben in mir der völligen Entstofflichung vorziehen.”

試訳:
「よく考えて行動しなよ! あたしはほんもののカリブソがここへと戻るための最後の手段なんだ。あたしになんかしでかしたら、やっこさん、今度こそお陀仏だよ。最後の最後には、完全に非物質化するよりは、あたしのなかで生きることを選ぶだろうさ」

letzten Endes は熟語として「最終的には」。最後の最後に、とやったのは、語感からの趣味といっていい(笑)
また、vorziehen A(IV格) B(II格) で、BよりAを選ぶ、となる。それを、どっちを選ぶ、と解釈しているんだろうか。

うーん、残存物とか魂とか、謎の自分解釈はよくわかんにゃいねぇ。

ハヤカワ版:
「ちいさな怪物というわけか!」と、吐き気をこらえながら、「それで……いまその人形が、本当にその役割を演じるわけか?」
原文:
“Du kleines Ungeheuer!” stieß er angewidert hervor. “Wer bist du wirklich – und welche Rolle spielst du?”

試訳:
「ちびの怪物め!」と、嫌悪が口をついて出た。「いったいおまえは何者で――どんな役割を演じているんだ?」

なになに、怪物の役割を演じるとか、そう読んだの? なんかすごい変化球な読み方してんなー。それとも、ここでも「超自我による演技設定」が頭をもたげたのかしらん?

ハヤカワ版:
「わたしはつまらない人形だった! つまらない実験につきあって……あのあばら屋に“住む”ことを許されたんだ!」
原文:
“Ich war immer nur eine armselige Puppe, mit der er herumexperimentierte. Dabei durfte ich die Hütte oben am Hang niemals verlassen.”

試訳:
「あたしは、やっこさんが実験をくりかえした、哀れな人形の一体でしかなかったとも! おまけに、坂の上のあの小屋を離れることも許されなかった」

この試訳だと、実験に使った人形がいっぱいいるようにも読めてしまう。でも、まあ、人形は千体単位でいるわけだし、いいか(をひ)
小屋を離れる(verlassen)ことが許可されない(dürfen + niemals)。外出禁止令の理由は、まあ今回の顛末を見ていればわかろう。

■231p

ハヤカワ版:
自分の似姿がほしかったんだ。危険な状況に乗りこんでいかないとならないから。姿を似せたのは、アイデンティティをたもつためだな」
原文:
Er wollte mehrere Ebenbilder seiner selbst schaffen und sie in gefährlichen Situationen einsetzen. Sie sollten ihm gleichen, ohne seine Identität besitzen.”

試訳:
自分のコピーをたくさん造って、危険な状況に投入しようってえのさ。アイデンティティを持たないだけで、自分と同等のやつでないとね」

察するに、これら人形も、“監視者”や“意識ある夢”とおなじく、殲滅スーツ探索のための方策としてスタートしたのかもしれない。メンタルディスロケーション能力に近いものがあったのかもなあ、カリブソ。(注:→ゴン=オルボン)

ハヤカワ版:
「どうも、告発のように聞こえるな」アラスカはそういうと、考えこんだ。さしあたり、殺人については不問にすると決める。もしかすると、理解しているつもりの状況が、見当違いなものかもしれないから。
 それにしても、この死者、こうしてグロテスクな状況で終わりを迎えるような、大罪をおかしたのだろうか?
原文:
“Das hört sich wie eine Anklage an”, stellte Alaska fest. Er war jetzt wieder ruhiger. Der Mord hatte ihn zunächst völlig aus der Fassung gebracht. Vielleicht beurteilte er die Situation völlig falsch.
War am Ende der Tote schuldig für diese groteske Situation?

試訳:
「まるで告発めいて聞こえるな」アラスカはかなり落ちつきをとりもどしていた。あの殺人で、まったく度をうしなっていた。ひょっとしたら、状況にまったくあやまった判断をくだしているかもしれない。
 結局のところ、このグロテスクな状況は、死者の責任なのだろうか?

schuldig は英語でいう guilty (有罪)だが、一般的には責任として使われる方が多い気がする。
あと、訳文みたいな構成になるには、so schuldig, daß ~な感じの原文になるんじゃない?

ハヤカワ版:
「それがほんもののカリブソなのか?」
原文:
“Wer ist dieser wirkliche Callibso?”

試訳:
「そのほんもののカリブソとは何者?」

訳文、文頭の Wer を完全無視だな(笑) ある意味とっても豪快だが……。ああ、230pの人形のセリフで、「ほんものの~」をカットしちゃってるから、つながり具合が悪くなってるのかな。

ハヤカワ版:
“永遠の同盟”
原文:
Verbund der Zeitlosen

試訳:
“時知らざる者の同盟”

訳文は、過去登場した Verbund der Ewigen のときの訳語そのまま。だいたいこの訳だって、「永遠人の同盟」になるはずなんだがな……。Ewige 単数だと男性名詞だし。
Zeitlose の訳については、別項目を立てて取り扱う予定。

■232p

ハヤカワ版:
「話を聞くんだ! あんたは恐ろしい殺人をおかした。わたしとしては、不安を払拭しておきたい。最後はわたしも殺そうとするんじゃないのか?」
「わたしには関心がないんだな」と、人形がうなる。
「大群のことを話しただろう?」転送障害者はいささか混乱しながら、
原文:
“Ich will, daß du mir zuhörst! Du hast einen grauenvollen Mord begangen. Wie kann ich sicher sein, daß alles stimmt, was du mir erzählst? Am Ende wirst du versuchen, mich auch noch umzubringen.”
“Du bist mir gleichgültig.”
“Dieser Schwarm, von dem ich gesprochen habe”, fuhr der Transmittergeschädigte unbeirrt fort.

試訳:
「話を聞くんだ! あんたは恐ろしい殺人をおかした。そのあんたの言うことが、ぜんぶ正しいと、どうして納得できる? 最後にはわたしも殺そうとするかもしれない」
「あんたには興味ないね」
「いま話した大群のことだが」転送障害者は惑わされずにつづけて、

訳文、なんだか人形がスネているようで笑える。ないがしろにされているのは、むしろアラスカの方なんだけどねw

■233p

ハヤカワ版:
アラスカは目眩をおぼえながら、
原文:
Alaska hatte das Gefühl, sich im Kreis zu bewegen.

試訳:
アラスカは堂々巡りをしている気分だった。

木村・相良でも sich im Kreis bewegen は「回転する、循環する」だが、語義的には nicht vorwärts kommen ……「前に進まない」なので、「堂々巡り」と訳した。このへんは、昔の〈警告者〉がらみの経験からでもある。
まあ、ぐるぐるまわる→目がまわる、という判断は、そんなにまちがってない気もするんだが(笑)

ハヤカワ版:
ほかの世界で活動する場合は、わたしの姿を好んだ。
原文:
Wann immer er auf Welten zu tun hatte, sah er aus wie ich jetzt.

試訳:
ほかの世界にかかわるときには、ちょうどいまのあたしと同じ姿をとったものさ。

真・カリブソの偽装(擬態?)が、人形カリブソの原型である。

ハヤカワ版:
「最後に成功するところだったわけか」と、テラナーは考えながら、「だが、結果的にそうはならなかった。もう一歩のところで、あんたが殺したから……カリブソはどのくらい、ここに滞在していたのだろう?」
原文:
“Das ist ihm offenbar endlich gelungen”, sinnierte Alaska. “Allerdings kann er sich seines Erfolgs nicht mehr freuen – du hast ihn vorher umgebracht. Wie lange lebte er schon hier?”

試訳:
「ついにそれに成功したわけだ」と、アラスカは思案しつつ、「もっとも、その成果を祝うことはできなかったが――その前に、あんたが殺したから。かれはどのくらいのあいだ、ここで暮らしていたのだろう?」

成功したのかしないのか。最初のスタート地点からちがうので、後半が変わるのは、当然といえば当然だが。なぜ変えるんだ、スタート地点www

個人的には、なんもかんも三点リーダーというのが、一種生理的にイヤなんだよね。しかも上記の訳文だと、ハイフンの個所は普通に文章切ってしまって、別の文章と三点リーダーでつなげているという。うーん。

ハヤカワ版:
「いいタイミングの質問だ」
原文:
“Das fragt du ihn am besten selbst”,

試訳:
「そいつは自分で訊ねるがいいさ」

それを・訊ねる・あなたが・かれを・最良・自分で。一瞬、訳文でよさそうな直訳語列(謎造語w)だが、よくよくみると、そこには時間に関する要素はない。

……。
時間が足りないんだろなぁとは思うが……この翻訳、胸はって「わしがやった!」って言えるのかね。頼むから、「すんません、わしがやりました…」みたいな代物にはしないでにゃ~。